僕は男の子だけど王子様に愛されたい

未明

1

 初めて本田真仁を見たときが僕の初恋だ。そのときから何もかもが動き出したような、ちょうど王子様が新しい世界へ連れて行ってくれるような心地がした。ずっと憧れていたところへ行く望みを、王子様は鮮やかに与えてくれた。


 ある日の昼休み、僕は、先生の手伝いで重い教材を抱えて教室へ向かうところだった。廊下は窓からの日差しで明るい。日差しはすみっこのほうで固まっていたほこりをも暖かく照らし出す。どことなく空気がふわふわしていた。

 突然、うしろから誰かにぶつかられて僕は大きくのけぞった。新しい理科の問題集が廊下にバラバラと散らばる。僕が呆然としている中、ぶつかってきた男子は何事もなかったかのように誰かとふざけ合いながら走り去っていく。

「大丈夫?」

 一人だけ、散らばった問題集を拾ってくれた人がいた。僕の知らない他クラスの男子だった。

「あ、大丈夫です。自分で拾えるんで」

 あわてて僕は問題集を拾って抱える。その間に彼も半分ほどを拾いあげ、すくっと立った。「これ、二組に運ぶのかな」と言って歩き出す。

「あ、いや、一人で運べますから」

 彼のうしろに何とか追いつく。

「すぐそこじゃん、運ぶよ」

「いや、そんな」

 そうこうしているうちに二組の前までついてしまった。ありがとうございます、とつぶやいて彼から教材を受け取ると、彼はじゃあね、と一度振り向いて消えていった。

 その声と、笑った口元がいつまでも忘れられなかった。そんなささやかな出来事が、本田真仁との出会いだ。


 その日から、彼は廊下で会うと笑いかけてくれるようになった。ほんだまひと、という名前は名簿で調べて分かった。僕は毎日彼に会うために学校へ行った。

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