第二将【男】
希死念慮
第二将【男】
第二章【男】
あれから、俺達はしばらく3人での生活を続けていた。
生活といっても、ゴミを漁ることがほとんどなのだが、大人たちに飼い慣らされていた頃に比べればマシだ。
「また減ったな。そろそろ行かないと」
「最近多くなったよな、街に行くの。顔も覚えられてきてるかな」
「まとまって動くのは止めた方がいいかもね。あと、前みたいに沢山を一気に運ぼうとすると、何かあったときに持ち帰って来れないかもしれないから、少量にするしかないかな」
「しょうがねえよな。盗みではなくても、俺達みたいなガキは、正当な理由無しに捕まる可能性あるしな」
「じゃあ、行こうか」
「・・・・・・」
「相変わらず返事しねえな!」
それは、夜8時すぎの頃。
いつもこんな感じで、橆令がおおかたの計画を立てて、悠都がそれに対して何か意見を言って、俺は聞いているだけ。
街に繰り出すと、俺達はそれぞれに行動をする。
前は昼に行動していたが、最近は昼間暑くて動くのに体力がいるため、大人に追いかけられると逃げ切れない危険性がある。
そこで、暑いときは夜活動するようにした。
この時期は8時過ぎでも多少の灯りはあるため、動くにはもってこいだ。
話を戻そう。
肉や魚なんかの生ものはすぐに悪くなるが、それでもたまには食べたいものだ。
今回、俺はそういう生もの担当になったから、店裏にあるでかいゴミ箱を漁り、出来るだけ加工してありそうなものを探す。
たまに、血肉なんかで袋が汚れてしまうことがあるため、俺が今回持ってきている袋は、三重になっている。
「こんなもんか」
ある程度の食糧を持って集合場所に向かっているとき、怪しい覆面男たちを見つけ、思わず身を隠した。
影からこっそり見ていたら、そいつらは何か盗み出そうとしていることが分かった。
とはいえ、警察に通報する手段もなければ、下手をしたら自分が屁理屈を並べられて捕まってしまうことも考えられたため、大人しく見ていた。
男たちは盗みを終えると、一旦は建物の影に入って覆面を外し、盗みだした何かを別の入れものに入れ替え、平然と街を歩きだした。
その時、警備員と思われる男たちが現れる。
「!!!」
タイミング悪く、そこに集合場所に向かおうとしていた橆令と悠都も現れる。
「この店で宝石が盗まれたんですが、怪しい人影を見ませんでしたか」
「ああ・・・。見ましたよ、あのガキです」
「なんだあの子供たちは!?捕まえろ!」
「!!」
橆令と悠都はあっさりと捕まってしまい、そこに俺は向かおうとした、俺に気付いた2人は、こちらに来るなと言う様に、首を横に振った。
その場で2人が持っていた袋の中身が調べられたため、解放されると思っていた俺が甘かった。
宝石など持っていなかったと分かったにも関わらず、警備員は警察を呼び、2人に罪を着せた男たちは、嘲笑を浮かべながら、まるで犯人逮捕に協力した善良な市民のような顔をして、その場から立ち去って行く。
俺は男たちの後を追って行ったが、途中で男たちは車に乗ってしまったため、それ以上は追えなかった。
急いでさっきまでいた場所に戻ると、すでに警察が到着していた。
夜に浮かぶ気味の悪い赤い光に、俺は嫌悪感を覚える。
「洌羽さん、犯人はこいつらだそうです」
「ガキだな」
「ええ。ここら辺のゴミを漁りに来るガキだそうです」
「親なしか。くだらねえ。宝石は?」
「それが、どこかに隠したのか持っていませんでした」
「宝石盗んで、今の生活から脱却しようとしたんだろうな。哀れなガキどもだ。さっさと連れていけ」
橆令と悠都は、そのままどこかへと連れていかれてしまった。
サイレンを鳴らしながら遠くなっていく車を眺めたあと、俺はハッとして、もう食糧の入った袋なんかどうでもよくて、とにかく今あの2人を行かせたら後悔すると思って、とにかく走った。
でも当然追いつけなくて、途中から雨も降ってきて、何度も転びそうになったし実際に何度も転んだ。
口に泥が入ったりもしたけど、味なんかどうでもよくて、ただ体力が続く限り、足が動く限り必死に走った。
―でも、ダメだった。―
一旦小屋に戻った俺は、さっきの光景はもしかしたら夢だったんじゃないかと思って、朝になってもう一度あの場所に行った。
そしたら、俺が棄てた袋もそのままで、盗みがあった店の前には人だかりが出来ていて、犯人は子供2人だって噂がもう流れてて。
それから数日間、俺は小屋にずっと籠っていた。
でもある日、焦げくさい匂いがして起きた。
小屋が、燃やされていた。
外に人影が見えたから、きっと誰かが火を付けたんだ。
俺は絶望とかそんなものに浸る余裕もなくて、その人影をひたすらに追いかけて、そいつらを何度も何度も殴った。
俺の拳からも血が出てきて、すでに相手の血なのか俺の血なのかもわからないくらい沢山殴ったけど、気持ちはちっとも晴れなかった。
そもそも、相手が年下か同じ歳か年上か、男だったのか女だったのか、子供なのか老人なのかも覚えていない。
寝る場所も無くなって、俺は街を徘徊していた。
「・・・・・・」
それが幸いしたのか、捕まったあいつらがどうなったのか、聞こえてきた。
「あの汚ねぇガキどもだろ?早く処刑にすりゃいいんだよ」
「随分拷問も受けてるみたいだけど、宝石盗んだことはまだ認めてないんだって」
「往生際が悪いねぇ」
「明日だっけ?広場で何かやるんだろ?」
「散々俺達に迷惑かけてきたんだ。最期くらい笑わせて死んでほしいもんだね」
どいつもこいつも、反吐が出る。
今この場にいる全員を殺したい衝動に駆られたが、なんとか耐えた。
空腹なんか、忘れていた。
翌日、俺は朝から広場の隅にいた。
頭から身体をすっぽりと布で隠し、さらには、口元も隠して目元だけがちらっと見えるくらいに顔を覆った。
周りの奴らは普通の生活をしている。
あいつらが捕まったことなんて気にもしてないようだ。
昼ごろになると、ぞろぞろと、身なりを揃えた男たちが現れて、なにやら準備を始めた。
組み立てられたそれは、まるで磔だ。
ひとつ気になるのは、十字に見えなくはないその磔だが、十字を逆さにしたような形になっている。
手に斧や剣を持った男たちがずらっと並んだかと思うと、1人の男が悠悠と歩きながら、特別に用意された椅子に腰かける。
「(あいつは、確か・・・)」
橆令と悠都が捕まったときに来ていた男。
優雅に足を組むと、周りの見物人たちを見て満足そうにしている。
「さて、そろそろ連れてこい」
「はっ」
男の命令で、動き出す。
「・・・・・・!」
歩くのもやっとなくらい、傷だらけの橆令と悠都。
2人が姿を現すと、周りからは批難とも歓声とも言えるような耳障りな音が聞こえてきて、そんな声も届いているのかいないのか。
表情を見ようと思っても、下を向いているため見られない。
2人は逆さにして磔にされると、ようやく顔が見える。
「・・・・・・ッ」
顔の腫れがすごい。
痣も傷も数え切れないほどだ。
ボロボロとはいえ服を着ているため身体の傷までは見えないが、きっと身体にも幾つもついているんだろう。
「まずは、罪状を」
椅子に座った男が言う。
「宝石の窃盗、および、食糧の窃盗です」
「あとあれだ」
「なんでしょう?」
「“生きていることへの罪”」
「はっ、すぐに付け加えます」
男が付けくわえた罪状に、周りの大人や子供は声を出して笑った。
「さて、今日までも罪の意識があるか猶予を与えたのだが、全く反省していないようなので、ここであらためて、話を聞いて行こうと思う」
男がくいっと顔を動かすと、2人の男が磔のすぐ近くまで行き、ガラガラと磔ごと動かした。
すると、橆令と悠都の顔どころか、胸あたりまで水に沈めていく。
苦しさでもがしている姿を見て、手を叩いて喜ぶ者もいれば、もっとやれと唆す声も聞こえてくる。
少しして一度水から顔を出させると、もう一度、男が問いかける。
「君たちは宝石を盗んだね?」
「だ、だから!盗んでねぇって!!」
「俺たちじゃ、ない・・・」
「もう一度だ」
そしてまた、水に入れられる。
それを何度か繰り返したあと、男はつまらなさそうに欠伸をした。
水攻めが終わり、俺はひとまず安心した。
しかし、吐き気を覚えることになったのは、この後だった。
「しぶとい奴らだ。斧」
その言葉を聞いて、ビクリとした。
単なる脅しのものではないことくらい、誰にでも想像がつくだろう。
斧を持っていた男たちが橆令と悠都の近くまで来ると、男の号令のような声に合わせて、まるで薪を割るかのように、斧を振り下ろした。
固定されているため逃げることも出来ないまだ子供のその腕からは、目を背けたくなるほどの大量の血飛沫があがる。
「うわああああああああああ!!!」
俺はその時、動けなかった。
一緒に飯を食ったあいつらが、今目の前で苦しんで、腕斬られて、血を流しているのに、俺は何も出来ずに立ち竦んでいた。
「罪を認めれば、許してやるぞ」
「やってないいいいい!やってない!!」
「なら仕方がない」
そう言うと、今度はもう片方の腕を斬る。
「ああああああああああああ!!!」
見たことの無い血の量が吹き出てきて、澄んでいたはずの水は、2人の血によって赤く滲んでいく。
呼吸は、どうやってするものだったか。
今、俺の肺はちゃんと機能しているのか疑いたくなるほど、酸素が体内に入って来ない気がする。
どういう感情が自分の中にあるのかさえわからないまま、ただ、2人が傷つけられていくのを見ることしか出来なかった。
両腕を斬られ、失神しそうになっていた2人は、なぜか応急処置を施された。
そして今度は、通常の磔の形にされると、男は舌舐めずりをして橆令と悠都の近くへと歩いて行く。
今度は何が始まるのかと思っていると、男は橆令の下に履いていたものをいきなり脱がした。
「・・・!?」
意識が朦朧としている橆令は、自分が何をされているのかさえ理解出来ていないだろうが、周りは違う。
露わにされた橆令のソレに、興味津々に身を乗りだす者もいれば、照れたように顔を背ける者、指さして笑う者。
「や、めろおおお!!」
「あ?」
「・・・!!」
やっとのことで声を出したのは、隣で吊るされている悠都だ。
悠都だって、意識を保つことに精一杯のはずなのに、隣で慰められようとしている橆令をなんとか助けようとしているのだ。
「お前は黙ってろ。後で同じようにしてやるから」
そう言うと、男は悠都を殴った。
その手で、橆令の剥き出しのソレに触れ、辱め始める。
俺は、顔を逸らした。
数回深呼吸をし、今出ていってしまったら、あの時、2人が俺を逃がしてくれたことが無駄になると思ったから、拳を握りしめてなんとか耐えようとしていた。
拳には爪が食い込み、血が出ていた。
2時間ほど経つと、男は飽きたのか、橆令と悠都を再び拘束してどこかへ連れて行こうとした。
だから、俺は今度こそ逃がすまいと、車のトランクに潜りこむ。
移動中も、俺は今抱え込んでいる感情を抑え込むのに必死だった。
しばらくして車が止まり、トランクを脱出用ハンドルを使って開け、男たちの様子を窺う。
気配が消えたところでこっそり出ると、扉へと向かい、がちゃがちゃとドアノブをいじってみるが、思ったとおり開かない。
上の方を見てみると、窓があいている部屋を見つけ、近くには木々も生えていたため、それを使って上っていくことにした。
「・・・くっ」
指先も足もプルプルしているが、諦めたらお陀仏だ。
なんとか上りきって部屋を覗くが誰もいないため、こっそり忍びこむ。
扉に手をかけそっと開けると、そこは広い廊下がずーっと続いており、そこには時折人の声が聞こえる。
ところどころに部屋があったため、部屋に入って隠れては部屋を捜索し、また別の部屋に入って隠れては詮索しを続けていると、男たちの話声が聞こえてきた。
「なあ、さっき連れてきた手がないガキ、いつ殺すんだ?」
「さあ?お偉いさんに気に入られるかもしれねえし」
「抵抗されないように腕斬ったんだろ?でも、正直あそこまで死にかけてると萎えるんじゃね?」
「それが好きって変態もいるんだろうよ」
「そういうもんか」
「しばらくはあの部屋に近づきたくねえな」
男たちが歩いてきた方の部屋をまた調べ始め、次第に男たちの数が減っていく。
もしかしたら遅い時間帯なのかもしれない。
急に近くの他の扉よりも少しだけ豪華な扉が開き、慌てて部屋に隠れる。
そっと扉に耳を預けると、会話が聞こえた。
「いや、私は気にいったよ」
「左様でございますか」
「しかし、腕がねぇ・・・。腕がないと不便なこともあるからねえ」
「では、処分ということになりますが、よろしいでしょか」
「明日も来て遊ぼう。それからにしてくれ」
「かしこまりました」
部屋を出て、その扉を開ける。
「へ・・・?」
俺は、何を見ているんだろうか。
これは、現実なのか。
橆令も悠都も、なぜか笑っていた。
涙の後もあるのに、笑っていた。
なんで笑っているんだろうとか、2人の周りにいる、気持ちの悪い大人たちは誰なんだろうとか、そいつらに何をしているのかとか、聞きたい事は沢山あった。
「あ・・・」
声が、言葉が、出てこなかった。
あまりの壮絶な光景に、俺は、恐怖で、逃げたくなったんだ。
でも、ふと2人と目が合ったとき、思わず身体が動いた。
「なんだこのガキは!?」
「楽しみの邪魔しやがって!追い出せ!!」
俺よりも動きが鈍間そうな奴らを殴って、殴って、殴って、そのときようやく、自分の手が震えていたことに気付いた。
殴っても殴っても大人たちは2人から離れようとしなくて、俺は警察だか警備だかは知らないが、男に取り押さえられても、それでも抵抗していた。
「なんだこのガキは?」
「す、すみません洌羽さん。いつの間にか潜りこんでいたようで」
「すぐに追い出しますので」
「!ちょっと待て」
男は何かに気付き、俺に近づいてきた。
そして、俺の顎に指を添えると、くいっと顔を上に向かせた。
「ほう!これはこれは」
「放せクソ野郎・・・!!」
「こいつ!!!」
髪の毛を強く引っ張られ、顔をさっきより上に強制的に向かされる。
男はニヤリと笑うと、こう言った。
「これは珍しい目の色のガキだ。高く売れるぞ」
「・・・・!!」
「連れて行け」
後ろの男に腕を拘束されたまま、俺は橆令と悠都のいる部屋から出され、別の部屋に向かうため廊下を歩かされた。
その間も、なんとかして逃げ出そうとしていたのだが、上手くいかない。
何か方法は無いか考えていると、ふと、俺のことを拘束している男たちの動きが止まり、急に敬礼をする。
もちろん、俺を拘束したままだが。
「・・・なんだ、その子供は」
「あ、いえ、侵入者でして。これから処罰するところです」
「処罰?それにしては、厳重な警備だな」
「あ、その・・・洌羽さんからのご命令ですので」
「・・・・・・」
目の前に現れた男は、俺を見ると目を細めて怪訝そうな顔をした。
俺もそいつを睨みつけると、男は少し驚いたような表情になったが、すぐに無になると、俺を拘束している男たちにこう言った。
「丁度、これから署に戻るところなんだ。俺が連れて行こう」
「いえ、滅相もございません。我々で」
「連れていくと言っているんだ。問題があるのか」
「しかし・・・」
「まだ子供だろう。いきなり処罰というのもおかしな話だ。一旦私が引き受ける。問題ないな」
「・・・・・・」
「洌羽にも伝えておけ。責任は私がとる」
男たちは目の前にいきなり現れた男に反論も出来ないようで、俺はその男に連れられて、ここに来た車とは違う車に乗せられそうになる。
「ほら、乗りなさい」
「・・・・・・」
俺を乗せようと背中に手を当ててきた男の手を振り払うと、俺はまた建物の中に戻ろうとした。
しかし、男に首根っこを掴まれ、強引に車に乗せられてしまった。
「てめぇっ!!!」
男に殴りかかろうとしたとき、男は俺の隣に座り、運転手に車を出すように伝える。
ドアを開けようとしたのだが、ロックされているらしく、びくともしなかった。
「大人しくしなさい」
「何言ってんだよ!お前らのせいで!!」
「君の友人のことは、把握している」
「・・・・・・!!!」
男の言葉に、俺は心臓を掴まれた気分になった。
「とにかく、危ないからちゃんと座るんだ」
何とも言えない男の威圧感に負け、俺は大人しく座った。
悔しくて肩で呼吸を繰り返し、膝の上で拳を作って口を噤んでいると、男は窓を開けて平然と煙草を吸い始める。
「すまんな。大人もストレス解消が必要なんだ」
「・・・・・・」
「君がさっき見たことは、忘れろとは言わんが、忘れたほうが君のためだ」
「・・・・・・」
「あの子らはもう戻って来れないだろう。両腕が無いからじゃない。心が、あちらに服従してしまったからだ。服従させられてしまったからだ」
「・・・・・・」
「君も見ただろう。私も、何度も見てきた」
「・・・・・・」
「助けてやれなくて、申し訳ない」
「・・・・・・」
「君のことは、私がしばらく面倒を見る。いいな」
俺は睨んで否定をした心算だったのだが、男はそんなこと気にしていないようで、続ける。
「牢屋にぶちこまれた方がマシか?止めておけ。お前は罪を犯していない。だから処罰もしない。何かおかしいか?」
「・・・・・・」
「何か言ったらどうだ。まあいい。私は今まだ独身だ。そろそろ結婚話も出てくるが、それまでは責任持って面倒見てやる」
「・・・・・・」
「名前は?」
「・・・・・・」
「可愛気が無いって言われるだろ」
それから、俺はこの男のもとで生活をすることになった。
どうせ、大人はみんな同じだと思ってた。
「・・・・・・」
「飯食わないのか?折角買って来たんだぞ、寿司」
「・・・・・・」
「高いやつだぞ」
「・・・・・・」
「値段言ったら急に喰いやがって」
この男の言う事を聞いてるわけじゃない。
腹が減っては戦は出来ないというから、これから先の戦に備えて、俺は美味そうな物は食べることにした。
その間も、毒が仕込まれていないかとか、男の行動を観察していた。
男は“斎御司”というらしく、しばらくは俺を連れて仕事場に行くこともあり、周りからは変な目で見られていたが、男、斎御司は気にしていない様子だ。
隠し子じゃないかなんて声も、俺にも聞こえてきたくらいだから、本人だって絶対に聞こえているはずなのに、大欠伸をしている。
「なんだ?さっきから見てきて」
「・・・・・・」
「もしかして、噂のこと気にしてるのか?」
俺は小さく頷いてみせる。
すると、斎御司は鼻で笑って言った。
「言いたいやつには言わせておけ。耳に入る言葉全部気にしてたらやっていけないだろ」
「・・・・・・」
「これから会議に出る。大人しくしてるんだぞ」
「・・・・・・」
斎御司が部屋から出て行くと、俺はしばらく大人しくしていたが、急に、どうしてあの男の言う事を素直に聞いているのかと、急に部屋を出ることにした。
廊下をすれ違うやつらも、俺の顔にはすでに見覚えがあるようで、特に何かしてくるということもなかった。
だが、こんな組織にも変な奴は必ずいるもので、俺にいきなり近づいてきて、わざとぶつかってくることもあった。
「おお、悪い悪い」
ケタケタと笑うそいつらが無性にいらついて、俺は喧嘩を吹っ掛ける。
「また喧嘩したんだって?」
「・・・・・・」
「一々相手にするなって言っただろ。あいつらわざとお前に手を出させようとしてんだからな」
「・・・・・・」
そんなこと百も承知だが、それでも、なんであんな奴らがのうのうと生きていて、一所懸命生きようとしてるあいつらがあんなことになってしまったのかと思うと、手を出さずにはいられなかった。
部屋から何度も抜けだそうとしたし、斎御司にも殴りかかったことがあるが、軽くいなされてしまった。
ある日、大雨が降った。
雨は嫌いではないにしても、出歩くのは多少億劫に感じるくらいの雨。
俺は斎御司が戻ってくるまでの間、相変わらず暇で窓からじーっと外を眺めていた。
斎御司の部屋は案外良いところで、景色を一望できるだけではなく、建物の出入り口も見えるため、誰が来たとか帰ったとか、そういうことまで丸見えだ。
椅子をぐるぐる回しながら適当に時間を潰し、また時々外を眺めるというのを繰り返していた。
午後になり、斎御司が置いていってご飯を食べてから窓の外を何気なく眺めていたとき、俺は見てしまった。
あの男が、この建物に入ってくるところを。
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