第4話生老病死






暗紫色

生老病死



 第四章【生老病死】




























 協会から逃げ出したサラムたちは、どのくらい走ったか分からないが、大の大人が息を切らせてしまうくらい走っていた。


 心臓が渇いたようにドクドク波打ち、流れている川から必死に手で水を掬い、口へと運んで行く。


 「大我」


 「ん?なんだ?」


 大我も水を飲もうとしたとき、黒田に声をかけられる。


 いつも神妙な顔をしている黒田だが、いつも以上に神妙な顔をしている。


 大我は、黒田が何の話をするかを察知しながらも、へらへらと笑いながら何の用かと聞く。


 「お前、諜報部員だな」


 黒田の言葉に、大我の顔つきが一瞬変わる。


 本当にちょっとの時間だったため、黒田が気付いたかどうかはわからないが、黒田の目つきも変わったため、気付いたのかもしれない。


 すぐに笑いだした大我は、黒田の肩をばしばし叩きながらこう言う。


 「お前、本当に面白い奴なんだな!!俺が諜報部員?そんな風に見えるのか?俺はただ偶然サラムに会っただけで」


 「おかしいと思って調べたんだ。お前は警察内で働いているわけじゃなく、内密に仕事を請け負っている。簡単に言えば、期間限定で雇われた諜報部員だ」


 「止めてくれよ。俺そういう真面目な男に見える?見えないだろ?」


 「警察内のデータにも入っていないから、万が一正体が怪しまれても、警察の人間じゃないから内通者から除外されるってわけだ。生憎だが、俺の目はごまかせない」


 「参ったなぁ。本当に俺がその諜報部員ってやつだと思ってるんだ?」


 「ああ」


 真っ直ぐな目で見てくる黒田に、大我は後頭部をぽりぽりかいた。


 困ったように笑っている大我に向かって、黒田はさらに続ける。


 「サラムに接触したのも、その任務のためだろう。正直に言え」


 「・・・・・・」


 それまでヘラヘラ笑っていた大我だが、ここにきてようやく、目つきだけが変わる。


 口角は相変わらず上がり続けているものの、その目つきは明らかに以前のものとは違い、目の奥は笑っていなかった。


 「困ったなぁ・・・」


 「!!」


 次の瞬間、大我が隠し持っていた銃を黒田に向けてきたため、黒田も急いで銃を向ける。


 銃を向けてすぐ発砲すると、黒田の撃った弾が大我の腹に直撃し、そこからの出血を手で押さえながら膝を付けて倒れる。


 蹲るようにしてそのまま動かなくなると、黒田はサラムを連れてそこから離れることにした。


 サラムは、一部始終を見ていたため、抵抗することなく付いて行く。


 そこから去って行くとき後ろをちらっと見てみると、未だ岩のように動かない大我の身体がそこにあった。


 「やれやれ。また何の用ですかね、間ノ宮さん?」


 「まあ座れ、遠野」


 間ノ宮に呼ばれた遠野は、ひとまず仕事が無かったためすぐに訪れた。


 誘導された場所に座ると、新しい煙草を口に咥えて火を付ける。


 「例の男が見つかったんですか?」


 「それもある」


 「なんだか含みのある言い方ですねぇ。間ノ宮さんがそういう話し方をするときは、碌なことがなかったと思いますが」


 「全部片をつける。あの男も手に入れる」


 「それは楽しみです」


 ぷかぷかと、身体に良くない煙が部屋に充満する前に、間ノ宮は換気扇をつける。


 遠野を呼びだしておきながら、間ノ宮から何か話かけてくることが無かったため、遠野は伊達眼鏡をずらして部屋を見渡す。


 天井に向かって煙を吐くと、ふと何か思い出したように口を開く。


 「そういや、あの将烈といかいう男はどうなったんです?」


 「さあ。多分、生きてはいる」


 「多分って、そりゃまた難儀な。以前からどうにかしたいと仰ってましたもんね。これで死ぬなり権力を失ってさえくれれば、間ノ宮さんにとっては万々歳ですよね」


 「何のことだ。俺はただ、奴の罪を暴こうとしているだけだ。あくまで、正義の範疇の行為だ」


 そんな間ノ宮の返答に、遠野は喉を鳴らして笑った。


 「恐ろしいお方だ。全ては自分の為というわけですか」


 「俺がさらに権力を持つことで、世の中は上手く事が進む。それをあんな奴に邪魔されてなるものか。奴が手にしてきた全てを奪い取ってやる」








 「大丈夫か、サラム?」


 「・・・ああ」


 サラムと逃げている黒田は、辺りを警戒しながら進んでいた。


 あと少しで自分の仲間がいる場所に辿りつくとサラムに説明をすると、何かの気配を感じてすぐに身を屈める。


 息を殺していると、がさっと物影から出て来たのは野ウサギだった。


 「なんだ、ウサギか・・・」


 そう思ったのも束の間、サラムと黒田の周りには、教会で会ったばかりの男たちが並んでいる。


 あの教会で定室と清涼を撃った素澤が、ガムを膨らましながらサラムに近づいてきた。


 黒田が銃を出そうとしたが、別の男によって銃を奪われてしまい、身体も拘束されてしまった。


 素澤は自分と同じくらいの背丈のサラムに対し、足を引っ掛けて膝をつかせると、その銀色の髪の毛を強く引っ張った。


 「だから大人しくしろっつったろ。お前のせいでこっちも無駄な労力使ったっつーの」


 「そいつを離せ!!」


 「お前も五月蠅ェな。黙ってねぇとマジでブチ殺すからな」


 素澤はサラムの腕も拘束させると、黒田も一緒に間ノ宮のもとに連れて行くよう指示をした。


 腕組をして待っていた間ノ宮のもとにサラムが到着したのは、あれから4時間ほど経った、空が夜にさしかかったあたりだ。


 遠野はすっかり寝てしまっていたが、素澤の到着によって目を覚ました。


 素澤の部下によって連れて来られたサラムと黒田は、前以て用意していた椅子に座らされると、間ノ宮が立ち上がって二人に近づいて行く。


 「随分と手こずらせてくれたな。サラムとか言ったか」


 「・・・・・・」


 「生意気な目だ。いたぶり甲斐がありそうだな。素澤、始めろ」


 「はいはい」


 間ノ宮にそう言われた素澤は、サラムの正面に立つと銃を突きつけながら聞く。


 「照魔鏡ってのは何処にある?」


 「知らない」


 「隠すと自分のためにならねえぞ。わかってんだろ?お前がそういう頑なな態度を取るから、あいつらは犠牲になったんだ」


 「・・・・・・」


 「お前がそのまま黙ってても、例え本当に知らなくても、お前の未来には何もない。ここで大人しく全部喋った方が懸命だと思うけどな」


 「・・・知らない」


 素澤が耳元に手を軽く置くと、そこから声が聞こえてくる。


 《嘘ですね。脈拍も速くなってるし瞳孔の動きも確認済みです。ああ、汗の方も出てきてますから、確実に嘘ですね》


 「・・・お前が嘘を吐いてることは分かってる。この部屋はいやらしい部屋でよ、あちこちにセンサーやら何やらが設置されてんだ。お前が言ったことが嘘か本当かなんて、すぐに分かるんだよ」


 「知らない」


 「まだ言うか。なら、多少の痛めつけは致し方ねぇよな」


 「!!」


 渇いた音がふたつ、部屋に響く。


 素澤の足元には薬きょうが、先程の音と同じ数だけ落ちている。


 その音が向かった先は、サラムの腕と足だ。


 顔を悲痛に歪めたサラムは、きっと産まれてから初めて知ったであろうその独特の痛みに、声を出さないようにするので必死だった。


 ジャキ、と再び銃口をサラムに向けながら、素澤はもう一度同じことを聞く。


 「照魔鏡は何処にある?」


 「・・・・・・」


 唇を噛みしめていたサラムは、一度目をゆっくりと閉じたかと思うと、何かを決心したかのようにまたゆっくりと目を開ける。


 先程とは違う強い目つきに、素澤は何かを感じ取ったのか、銃を一旦下ろす。


 「・・・・・た」


 「あ?なんだって?」


 何かを言ったサラムだが、その声は小さかったため、近くにいた素澤にも聞こえなかった。


 ふう、と深い息を吐いてから、サラムはもう一度同じことを答える。


 「燃えて、無くなった」


 「・・・あ?」








 サラムの回答が気に入らなかったのか、素澤は銃でサラムの側頭部を殴る。


 「素澤、落ち着け」


 「ああ、すんません。なんかふざけたこと言った気がしたんで、つい」


 「サラム、詳しく話してもらおうか」


 素澤に殴られたところがジンジンするが、サラムはそこを手で押さえることも出来ずにいた。


 ただ間ノ宮や素澤たちの視線の方が恐ろしかった。


 「・・・サブワロールという先祖がいた。その先祖は、それまでの白魔女とは異なった血を持った白魔女だった」


 「?昔話で時間稼ぎか?」


 「素澤」


 「はいはい」


 サラムの話し出した内容に、素澤は銃を向けるも間ノ宮に止められてしまったため、銃をまた下ろす。


 それを確認してから、サラムはまた話す。


 「その先祖は、白魔女の血を自分で終わらせようとしていた。だが、悪魔の使いによってそれは叶わなかった」


 「悪魔の使い?」


 「大蛇だ。先祖は純潔でありながら、大蛇の呪いによって子を身ごもった。先祖は大蛇の正体を掴もうと、封印されていた照魔鏡を掘り出した」


 サブワロールは、自分が白魔女とはまた違った存在であることに勘付いていた。


 そのサブワロールと同じような状況にあった白魔女がずっと昔にも一人いたようだが、彼女もまた、大蛇によって子を身ごもった。


 通常よりもお腹が大きくなる速度も速く、また、大蛇にこんなことを言われたらしい。


 お腹の子を殺そうとするなら、サブワロール自身、一生死ぬことが赦されず、子を棄てようものなら一生大蛇のものとなる。


 しかし、愛情を持って育てたのなら、幸福を覚えて生涯を終えることが出来ると。


 大蛇の正体を暴くべく、サブワロールは照魔鏡を見つけ出した。


 それを持って大蛇のもとへ向かい、大蛇の正体を知った途端、サブワロールはその場で子供を産み落としたという。


 大蛇の正体を知ってしまったサブワロールは絶望し、それは誰にも知られてはいけないことだと、照魔鏡をバラバラに割った後、燃やしてしまったそうだ。


 「だから無い。この世にはもう、そんなものない」


 「・・・・・・」


 「俺にはもう用がないだろう。殺すならさっさと殺せ」


 「急に物分かりが良くなったな」


 サラムが話した内容に、間ノ宮は額を指でかいていた。


 照魔鏡の在処を探していて、サラムが知っていると思っていたが、その照魔鏡自体が無いということだと話は多少変わる。


 どうしたものかと間ノ宮が考えていると、眠そうにしながらも話を聞いていた遠野が椅子から立ち上がる。


 「殺されることを承知した上で全部話したってわけかい?」


 「どうせお前等は照魔鏡の在処が分かるまでは俺を殺さない。お前等の相手をしてるのは時間の無駄だ」


 「なるほどねぇ・・・。間ノ宮さん、この坊や、俺が貰っていってもいいんですかねぇ?間ノ宮さんたちにはもう必要ないでしょ?」


 そう言いながら遠野がサラムに近づくと、一歩下がった素澤が、その遠野の後頭部に銃を突きつける。


 口に煙草を咥えたままの遠野は、その状況にも焦ることはなかった。


 ゆっくりと煙を吐きながら、間ノ宮の方に視線を向けて、飄々さをそのままに尋ねる。


 「どういうことですかねぇ?間ノ宮さん?まさかあんた、最初から俺も消す心算でここに呼んだんですか?」


 「悪いが、不安要素は全て消し去りたいんだよ、遠野」


 「俺が不安要素ですか・・・。ああ!そうですよねェ。御自分の保身のためなら何でもするお方ですもんね。ですけど、あなたに関係してる方は他にもいるはずですが、そちらはどうなさるお心算で?」


 遠野の問いかけに、間ノ宮は平然と答える。


 「デイジーとベルガモットも抹殺し終えた。ザークのところにもすでに刺客を送ってある。今頃消されてるだろう。全ては俺の計画通り進んでいるんだよ、遠野。だからお前もここで消えてもらうしかないんだ」


 「それは残念ですね。せっかく仲良く出来ると思っていましたのに」


 「ドクロ、お前も座れ」


 銃を突きつけたままの素澤に言われるがまま、遠野は椅子に座りなおした。


 人生で最期の一本になるかもしれないと、遠野は箱に残っている煙草の数を数えると、丁度残り一本だったため、それを吸い始めた。


 中身が無くなった煙草の箱を握りつぶすと、目の前のあるテーブルの上にぽいっと投げる。


 遠野が最期の煙草を堪能していると、間ノ宮がサラムの方を向き、はあ、と大きなため息を吐いてからこう言った。


 「まさか目的の物が無くなっていたとはな。想定外だが、仕方ない。お前を高値で売ることも考えたが、お前の力が他の誰かのものになるのも癪な話だ。ここで殺して、白魔女を終わらせるのが一番だな」


 先程まで出続けていたサラムの血も、今はもう広がることはない。


 多少貧血状態にあるサラムだが、そんなサラムに体調を気にかけることもない素澤は、早速サラムを撃ち殺そうとする。


 しかし、それは間ノ宮によって止められた。


 「なんです?俺の愉しみ奪わないでほしいですね」


 「お前が殺したんじゃつまらないだろう。ここは、適任者に任せよう」


 「・・・ちぇっ」


 不機嫌そうに舌打ちをしながら銃を下ろした素澤は、サラムの前から離れて遠野の方に向かい、遠野に銃を向ける。


 「ここはお前がやるんだ、黒田」


 「え・・・」


 「さっさとしろ。素澤、こいつに銃を返せ」


 「へいへい」


 素澤は、黒田の銃を回収した部下に、その銃を黒田に返すように伝えると、黒田は銃を持って椅子から立ち上がる。


 その中に銃弾が入っていることを確認すると、困ったようにサラムを見る。


 「早く殺せ」


 圧力的な間ノ宮の声色に、黒田はゆっくりと銃口をサラムに向ける。


 「まずはお前からだ、サラム。お前を殺したあとで、遠野、お前も同じように蜂の巣にしてやるから、こいつがどうなるかそこで観賞でもしてるんだな」


 「そりゃ有り難いですね」


 サラムは目を閉じ、いつ来ても良いその衝撃に備えていた。


 黒田が引き金を引こうとした時、間ノ宮たちがいる部屋の電気が全て消えて、真っ暗になってしまった。


 暗闇の中、全てが動き出す。









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