第14話

 下平一家は夫婦と小学生の男の子の三人暮らしだった。いたって普通の家族で、休日には親子そろって出かける姿が近所の人々に目撃されている。夫婦仲もよく、顔を会わせればきちんと挨拶をする。

 子どもの名前は下平裕介といった。裕介ちゃんが行方不明になった直後に出来た子に、いなくなった子どもと同じ名前をつけたものと思われる。裕介ちゃんを思う親心がうかがいしれるが、いなくなった(現在は死亡したと判明している)兄と同じ名をつけられた弟の気持ちはどんなものだろうか。しかし、当人は行方不明になっている兄がいるとは聞かされていなかったようで、警察の近所への聞き込みでも、明るくはきはきした活発な子という良い評判がかえってくるだけで、特に暗い陰のようなものは見うけられなかった。兄の裕介ちゃんの事件について、下平夫妻はいずれ時期をみて話すつもりだったのか、隠し通すつもりでいたのか。

 一家の行方の手がかりを得ようと、近所を聞き込みにまわっていた警察は、村上勇樹ちゃんの行方に関する思いがけない情報を得た。

 下の子が裕介ちゃんと同じ幼稚園に通っていた主婦の話である。主婦の子どもは一足先に中学にあがったため、今は挨拶をする程度の間柄だという主婦は、「私から聞いたとは言わないで」と前置きをし、聞き込みに訪れた刑事たちに長い話を始めた。彼女の話によって、一家が引っ越してきたころからの一切が明らかになった。

 X年X月、一家は引っ越してきた。一家に子どもがいると知ったのは大分後になってからだった。物静かな人々で、近所付き合いを積極的にする方ではなかったが、主婦の下の子がある日、ひとりで庭で遊んでいる裕介ちゃんをみかけて声をかけてから、子ども同士が遊ぶようになった。下平夫妻が裕介ちゃんを幼稚園に通わせていないと知った主婦は、うちの子もいるからと一家を誘った。子どもたちは幼稚園、小学校と、遊び仲間として親しくしていた。中学生と小学生とになってからは、ふたりの関係はやや疎遠になっているようだと主婦はいった。

「あの、それでね、私、気になっているんですけど。ワイドショーなんかで取り上げている村上勇樹ちゃん失踪事件ね。遺体がみつかったんですよね」

 遺体は村上勇樹ちゃんではなかったと刑事は言い、主婦も知っているとばかりにうなずいた。

「その事件について、前にどこかのテレビ局が特別番組を放送しましたでしょ? ほら、霊がみえる人を呼んでっていう。あの番組で骨がみつかる前、勇樹ちゃんがもし生きていたらって想像した似顔絵を公開していたんですけど」

 今の技術はすごいですねと主婦は感嘆し、話は別の方向へそれていきそうになるのを刑事が引き戻した。

「ああ、そうそう。その似顔絵が裕介ちゃんによく似ていたんです。でもよく似ているってだけなんです。そっくり同じってわけではなくて。主人もたまたま番組をみていて、似てない?って聞いたんですけど、主人は似てないっていうし……。でも、あとでご近所にちらっとその話をしたら、似ているんじゃないかってそう思った方が何人かいらして。あ、この話、私から聞いたってことはくれぐれも……」

 主婦の情報を得て、警察は色めきだった。すぐに村上勇樹ちゃんの成長した想像図と、下平裕介ちゃんの写真の検証が行われた。

 下平一家は慌てて出ていったらしく、自宅には多くのものがそのまま残っていた。裕介ちゃんが使っていただろうと思われる歯ブラシから得たサンプルと、村上勇樹ちゃんの両親のDNAを鑑定した結果、下平裕介ちゃんは村上夫妻の子、つまり勇樹ちゃん本人であると断定され、下平夫妻は一転、村上勇樹ちゃん誘拐容疑で全国に指名手配された。

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