第29話
翌日の国際錬金術協会の総会も無事に終わった。
観衆の皆さんは、記者会見の記者たちとほぼ同じだったから、好意的に熱心に聞いてくれていたように見えた。
電子技術は各国に広がる。
技術はスフィト国にしか提供していないが、続々と他の隣国も追いかけてくるだろう。
今日この日から、世界は大きく変わる。
その日、私は王宮に招かれた。
今回の総会の成功を祝してのパーティらしい。
その前にエリザベス王女との面会がある。
「あれ以来だな」
正直、緊張している。
後ろめたい気持ちもある。
『才能も、運も、“環境”も、すべて手に入れた気持ちはどう?』
あの言葉が思い起こされる。
王宮の応接室に通される。
豪華な調度品、天井画、すべてが芸術品のような部屋。
「お待たせしました」
扉が開き、エリザベス王女が入ってきた。
「来てくれたのね!」
「王女様、光栄です」
深くカーテシーをする。
「やめて」
王女は微笑んだ。
「今日は、一人の女性として、お話ししたくて。お茶は何がお好み?」
「え、あ、ダージリンで」
とっさにダージリンと答えてしまった。
別のにすれば良かっただろうか。
いや、何に気を使っているのだろう。
「今、
王女様がキッチンに向かう。
「王女様、
「いいのいいの。ポープの影響でね。お茶は自分で淹れたほうが美味しいのよね。座っていて」
戸惑いながらも、言われた通り座る。
「はい」
私の前にダージリンティーが置かれる。
品質が違うのだろうか。
私の紅茶よりもいい匂いがする、気がする。
王女様が向かい合って座る。
瞳が、真っ直ぐ私を見つめていた。
「今日の演説、すごい良かった」
「ありがとうございます」
キュリー様と王女様は並んで主催者席にお座りになられていた。
二人してニコニコしながらお聴きになられていたのが印象的だった。
何をしゃべったのか覚えていないけど…。
「特に、『女性が仕事に情熱を注げば批判された』という部分」
なぜ祖国を出てこの国で錬金をしているのかと質問された。
当然の疑問だと思うが、研究の質問しか来ないと思い込んでいた私は戸惑った。
ヴェールランドでは男女関係なく錬金に打ち込める環境があると伝えたかったが、祖国ではそうじゃなかったという話をしてしまった。
結果、祖国をおとしめるような言い方になってしまったことを反省している。
でも意外だった。
王女様が、そんなことを感じるなんて。
「私も、似たような経験があるの」
「王女様が?」
「ええ。私は錬金が本当に好き。でも、『微笑みを絶やさず、常に美しくあれ』と言われて育てられたから」
その告白に、親近感を覚えた。
まるでかつての私だ。
「でも、あなたを見て勇気をもらった」
王女様は顔を上げた。
「自分の道を、堂々と歩んでいる。批判されても、諦めない」
「私は、ただ好きなことをしているだけです」
「それが、一番難しいことなのよ」
王女様は立ち上がり、背を向けた。
「マリさん」
「はい」
「ごめんなさい。あの時、あなたを傷つけるようなことを言った」
背中越しにそう言う。
「あなたを
「気になさらないでください!」
思わず立ち上がる。
「私は恵まれすぎてる。妬まれてもしょうがないんです」
それに。
「やりたいことよりも自分の使命を大事にされているエリザベス王女は立派です!」
王女様が振り返る。
長いまつ毛に涙がたまり、こぼれ落ちた。
「ありがとう」
ハンカチで涙をおさえる。
「優しいのね」
「優しくは、ないです。王女様のほうがよっぽど。私はずっと自分のために生きてしまっている」
「やめて。あなたは本当に優しい人」
王女様が手を握る。
「友達になってくれる?」
意外な申し出に、驚く。
「私なんかで良ければ」
この返答であっているのだろうか。
「やった!」
王女が無邪気に喜ぶ。
この人も、一人の女性なんだ。
「ねえ、友達の私のことを呼んでみて」
え、難しい…。
何が正解なんだ。
「エリザベス…さん?」
「かたすぎるわね」
あからさまに嫌な顔をされる。
違ったか…。
「じゃあ、エリーって呼んで」
一回で諦められたのだろう。
自分から提案してきた。
ホッとした。
「じゃあ、私はマリーで」
「なにそれ! 逆に名前が長くなってる!」
二人で笑い合う。
不思議な友情が生まれた瞬間だった。
紅茶を口に運ぶ。
「それで、ポープのことなんだけど」
思わず紅茶を吹き出しそうになる。
「あの人は錬金を愛している。きっと私は目に入ってない」
「そんなこと」
「正直、最初はそのほうが気持ちが楽でいいなと思ってた。しょせん、政略結婚だしね。縛られたり制限されたら嫌だなって」
思ってた。
「でも、私も錬金が好きだから、どんどん彼のことを知りたいと思っちゃって。で、どんどん知っていくと、彼のすごさが目まいがするほど分かる。公務だけでも大変なのに、錬金と錬金をとりまく政治も、すべて彼が引き受けている」
窓の外を遠い目で見つめる。
「切なすぎるほどの錬金への思いも痛いほど伝わってくる」
王女様は私のほうを向く。
「そんな彼が子どものように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます