第86話 魔境をゆくもの
「なんともまあ、ぶっそうじゃの」
ひょこひょことユウトの家の庭を進むばっちゃん。その手にはいつの間にか杖が握られていた。
ユウトが眠りに堕ち、オボロが受肉をはじめて僅かの間に、ユウトの家の庭は変貌していた。
まるで抑えとなっていた重石が、外れてしまったかのように。
「やれやれ。これはまず、無事に家宅にたどり着けるかからか、のっ!」
ひょいっと手にした杖をくるりと一回転させるばっちゃん。
それは、もし常人が見ていたとしても何が起きたのか把握できなかっただろう。目黒
ばっちゃんが生死の境をギリギリで進んでいることに。
ばっちゃんが杖の先で距離を取るように撥ね飛ばしたのは、一匹の蟻だった。
ユウトがよく駆除しているものより、数段ランクの下がる強さ。とはいえ黒級ダンジョンのモンスターたる、蟻だ。
杖の先にのせたそれを、杖を回転させることでばっちゃんは数メートル先へと吹き飛ばしたのだった。
「あれに一噛みされたら、こんな老体じゃイチコロじゃな。やれやれ。それにしても、ざわざわと騒がしいことじゃ」
そういって、とんっと杖を地面に突くと、軽やかに宙を舞うばっちゃん。
その直前まで立っていた場所が、次の瞬間、地面を這い寄る何かの植物の蔓で覆われる。
空中へと避難したばっちゃんめがけ、地面を覆った蔓が何本も何本も伸び上がるようにして襲いかかってくる。
空中で身を捻ったばっちゃんが、杖の先で迫り来る蔓へと、突きを放つ。目に求まらぬ高速の突き。
硬質な、まるで金属同時を叩き合わせたかのような音が連続して辺りに響く。
蔓へダメージは一切通らない。それどころか全く怯んだ様子すら見せない何本もの蔓。
しかしばっちゃんの狙いはそれではなかった。
蔓と突き合うことで生じる、反作用。その力で、ばっちゃんの体が空中を移動していく。
何本もの蔓の中から選びながら、連続して突き、空中を自らの望むままに進むばっちゃん。
いつの間にかその体は庭の半分も進んでいた。
そこで蔓の猛攻がぴたりと止まる。
まるでこれ以上は我が身が危険だと認識しているかのように。これから先は、より強大な力を持った存在のテリトリーだと言わんばかりに。
くるりと縦回転して、無音で地面に着地するばっちゃん。
そのまま首を振りながら、振り向く。
「やれやれ。ありあちゃんの用意してくれている一服、飲めるか怪しくなってきたの」
前を向いてひょうひょうと告げるばっちゃん。
その視線の先には蚊の大群が蚊柱となって、いく手を塞いでいた。
いつの間にか、ばっちゃんは両手にそれぞれ一本ずつ杖を持っていた。
「色氏族が次席、目黒が
二本の杖を交差させるように掲げると名乗りをあげる、ばっちゃん。その名乗りが発動のトリガーだったか、瞳が変色し始める。
バーミリオンの色合いへと。
そしてばっちゃんは、蚊柱へと突っ込んでいった。
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