【書籍化】レアモンスター?それ、ただの害虫ですよ ~知らぬ間にダンジョン化した自宅での日常生活が配信されてバズったんですが~
御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売
第一部 始動
第1話 知らぬ間にバズる
「また、こいつか」
俺は古びた台所でため息をつく。
自転車で片道二時間の高校へ通う俺は、毎朝四時半には起きて、弁当を作るのが日課だ。
そんな忙しい早朝から、それの相手をしないといけない。
「やけに頑丈なんだよな。しかしいくら山で、古い家とはいえ、虫、沸きすぎだろ。毎日じゃん……」
俺は台所に常備してある新聞紙を手に取る。ただの新聞紙ではない。きつくきつく丸めて棒状にした、これでもかと堅い逸品だ。
「名刀、新聞紙ソードの錆びにしてくれる──」
──独り暮らしの独り言って、むなしいとわかってても。こう、つい口に出ちゃうんだよな。
そんなことを考えながら、床をはい回るそれ──青っぽい色をした、短めの体躯のゲジゲジらしき虫──に狙いを定める。
俺は小さく振りかぶると、手首を使って鋭く新聞紙ソードを叩きつける。それもすばやく、三度。
逃げようとするそれへ、俺の三連続打撃がすべて決まる。静かな早朝に響く、バババンという音。その間、僅かコンマ一秒。
新聞紙ソードをどけると現れる、木っ端みじんの残骸。
「よっしゃ」
拳を握りしめ、俺は小さな勝利を味わう。
しかしすぐに時計を確認して、ため息をつく。朝は、忙しいのだ。俺はさっさと残骸を片付け、朝の準備を始めた。
◆◇
「なあ、ユウト」
「うん?」
二時間の自転車通学で軽く疲労した体を授業中に休めて、そのまま休憩時間に突入したところで、俺の隣の席の早川が声をかけてくる。
「ちょっと動画の配信、始めてみたんだ」
「へぇー。いいね。何系?」
「だろ。来年は大学受験だしさ。いまのうちに、やりたいことやっとこうかなって。まあ、まずは練習。機材の扱い方とか。で、いつかは、ダンジョン動画の配信やりたいと思ってるんだ」
「早川なら、そこら辺こつこつと、着実にやってのけそうだなー」
ダンジョン動画の配信は今、ちょっとしたブームが来ていた。十数年前に突如として出現したダンジョンの一部が、最近ようやく一般公開されたからだろう。
「ユウトはあんまり配信とか興味ない?」
「そんなことはないけど。でも、何を配信したらいいとか、全然わからないしな」
「楽しいよ。今ならほぼスマホだけでもできるし。ユウトなら、住んでる場所の周りを散歩する動画とか、山生活の動画とかでも見る人いるかも。そうだ。今度機材を新調する予定だから、古いのあげる」
「セレブめ。あと、断じて山生活ではない。その言い様だと、まるでキャンプみたいじゃないか」
「はいはい」
早川の家はそういえばなかなかの金持ちだった。片親で、しかも海外を飛び回ってばかりの、全然帰ってこないうちのバカ親とは雲泥の差だ。今の山奥の住まいも、その父の趣味だった。
「まあ、せっかくだし貰っとくよ。しかしさすがにいくら山奥の家だからって日常生活の動画? さすがに需要、ないだろ」
「そんなことないさ。要は見せ方」
「早川が、いっぱしの配信者みたいなこと言ってる」
「にひひ。今に有名になるからー。じゃあ、明日にでも持ってくるわ、機材」
「おう、よろしく」
ちょうどそこで休憩終わりのチャイムが鳴った。軽く手をあげて、彼女は自分の席に戻っていった。
◇◆
「これが機材か。まあ軽くて良かった」
そういって俺はカメラつきの小型ドローンをかえすがえす確認する。早川からもらったものを家で確認しているところだ。
「たしか、ドローンとスマホとマイクと連動させて。あ、何か出た。とりあえず全部OKと──できたできた。で、あとは動画投稿サイトのアカウントをつくって……。とりあえず名前は仮で『ゆうちゃんねる』とでもしておくか。よし、これであとはAI制御で自動撮影してくれるのか。最近のは、すごいな」
スマホを操作すると、俺の手のなかから、ふわりと浮かぶ小型ドローン。モーターとプロペラの音もそこまでうるさくない。
声は、耳につけた骨伝導マイクで録音するといいよと、早川から言われている。
「とはいえ、何を撮るかね。ああ。あれでいいか」
俺は台所へと向かう。
俺のスマホの位置情報を感知している小型ドローンがついてくる。
夕方のこの時間は、いつも夕飯の準備だ。そして朝と同様、いつも台所にはあれがいるのだ。
部屋に入りざまに俺は新聞紙ソードを手に取る。
そのまま流れるような動きで床をはい回るそれに叩きつけようとして、動きを止める。
「あー。これからあれを潰します」
ドローンのカメラの方を向くと、説明口調で告げ、新聞紙ソードを床へと向ける。
──これは、なかなか気恥ずかしいものがあるな。普段の独り言とはずいぶんと違う……
俺が内心恥ずかしさで悶えている間に、AI制御されたドローンは俺の動きとしぐさから判断したのだろう、床のそれへとカメラを向ける。
──AI、すげーな
俺はひとしきり感心すると、いつものように三連打をそれへと叩き込む。
あっという間に潰れるそれ。
新聞紙ソードをどかしたところへドローンが近づいてくる。
──へぇ。ちゃんと今が接写して写すタイミングとかも判断するんだ。
俺は再び感心すると残骸の片付けをする。
気がつけばその様子も撮影しているドローン。
「あ、忘れてた『撮影終了』」
俺の声にドローンが自動で俺の部屋へと戻っていく。充電器のところにでも行くのだろう。
「さて、今日の夕飯はっと」
俺はドローンが視界から消えると、すっかり意識からも消えてしまう。
俺はこの時、しっかりとドローンAIの設定を確認しておくべきだった。というのも、早川が使っていた時の設定のままとなっていたのだ。
早川は、撮影した際に非実行を告げないと、AIが撮影した動画を編集して、連動している動画投稿サイトのアカウントで自動でアップする設定にしていた。
俺がのんきに夕飯の準備をしている間に、着々と進む動画編集。その画像をもとに、投稿用タグが自動でつけられていく。
『新聞紙』『駆除』そして、『ブルーメタルセンティピード』
ただ、幸いなことに早川は個人情報保護レベルを最大にしていた。
この機能は俺の顔はもちろんのこと、動画内で身バレ、住所特定の手がかりになりそうな要素を自動で修正してくれる。
動画の俺の顔には、アニメ風の可愛らしいクマのアイコンが、被さることとなる。早川の趣味で。
「いただきます!」
俺がちょうど食事を始めたタイミングで、動画がアップされる。
しかしまあ当然、無名の人間の動画だ。ほとんど閲覧されない。
時が流れる。
俺が風呂に入り、翌朝の早起きにそなえて寝てしまった後のことだった。とある上位ランカーのダンジョン探索者がタグをたどって俺の動画を閲覧する。そう、『ブルーメタルセンティピード』のタグだ。
そして騒ぎが起こる。
◇◆
【とあるSNSサイト】
タロマロ@tar0mar0・30分…
|
|これってまさか、ブルーメタルセンティピー
|ドか?
|mytuve.com/yuuchannel/542875163/56
|
|◯25 ⇔221 ☆532
|
回下印焔@KaikainHO・29分…
|ちっす。タロマロさん。うわ、本物、これ?
|ブルーメタルセンティピードって
|経験値激高の超レアモンスだよね
|
|というか場所、台所にみえるんですが?
|◯1 ⇔25 ☆45
|
タロマロ@tar0mar0・28分…
|俺も台所に見える。あり得んことだが
|持ち帰ったのか?
|それに見たか、新聞紙で潰してるよな
|あの超堅いブルメタを
|◯1 ⇔10 ☆25
|
回下印焔@KaikainHO・20分…
|あー。確かに
|ちょっと動画解析してみたんすけど、
|合成とかじゃ無さそうっす
|しかもどうも一瞬で三連打してますよ
|こいつ、何もんすかね
|パクックマのキャラで顔隠してるし
|◯1 ⇔9 ☆22
|
タロマロ@tar0mar0・19分…
|もう解析したのか
|さすが仕事早いな、おい
|◯1 ⇔ ☆1
|
回下印焔@KaikainHO・18分…
|もっと誉めてくれていいっすよ
|とはいえ個人情報保護レベルを最大にして
|投稿してるみたいなんで、
|場所とかはさっぱりっす
|◯1 ⇔2 ☆4
|
タロマロ@tar0mar0・17分…
|おいおい、さすがに特定はまずいだろ
|
|だが、本物ならかなりの高レベル探索者のはず
|ユウか……
|◯1 ⇔ ☆1
|
【後書き】
連載版に変更するにあたって、少し短くなっております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます