第3話 魔王軍襲来・前編

「魔王様から命を受け、この地に来た。」


 自身をアウモスと名乗った剣士は、僕らに語り掛ける。しかし、僕らはそれどころではない。この街は魔王列島から星を約半周分…一番離れているとも言える。魔王の目撃情報なんて、約1,000年間ないとさえ聞く。


「ぁ…はぁ…はぁ……」


 スペルが先程に近い状態になっている。つまりこの男がなのだろう。


「王国などとは違い、冒険職は初級や低級ばかりが集まる駆け出しの街。魔王様の為にも、若い芽を摘ませていただこうか。」


 距離を詰め、僕らのもとに迫る。そしてそのまま、テインの頭めがけて大剣を振り下ろす。

 僕は右の鞘から折れた刀を二本抜く。振り上げ、攻撃を受け止め阻む。圧力により地面が少し窪んだ。刀の一本は、完全に破壊されてしまう。


「その鈍らでは、保たないだろう。」


 クロルを呼ぶ。彼女は直ぐ様矢を抜き、弓を構える。


「『火舞カーマイン・ショット』!」


 炎を纏う矢は揺らぎながら進み、男の脳天に直撃する。しかし、突き刺さることなく弾かれた。

 彼女は再び弓を構えつつ、数歩後ろに下がる。僕は畳み掛ける。


「〝一刀流 波紋はもん〟っ…!!」


 かなり力を込めた突き技だが、びくともせず睨むように見下ろす。刀にヒビが入り、もう使い物にはならなくなってしまう。

 一度僕らは後ろに下がる。念のため周囲を見るが、やはりはいない。


「これやらなきゃダメだよね…」


 クロルが静かに返事をしながら頷く。無いよりマシだろ、といいながら腰に携えていた自身のナイフを僕に手向ける。ダッシュも『収納インベントリ』からナイフを僕に渡す。

 クロルが指揮役を担い、メンバーをまとめる。僕はクロルの前に立ち、刀を構える。後方にはダッシュが敵を観ながら、スペルがそれを庇うように立っている。テインは球体オーブスタイルになり、僕の横にいる。

 クロルが数発矢を放つ。敵はそれを構わず受け、鎧に刺さることなく弾く。


「『浄化ヘブンズ』!」


 後ろに回り込んだテインが人型に戻り、魔法陣を展開する。

 敵は少し苦しむような素振りを見せるも、変わらず威圧感を放っている。

 『キュアー』によってナイフの片方を頑丈にする。受け取ったもう一本は腰に仕舞う。

 攻めようと思い、真っ直ぐ進む。横から大剣が迫る。前のめりの姿勢のまま、どうにかナイフを構え受ける。吹き飛ばされ、地面に転がる。受けた際のダメージと握力によりナイフは砕けてしまった。

 視線を向け確認すると、敵は皆の方へ迫っていた。スペルとダッシュを睨んでいる。


「ダッシュっ…さがって!『フラワー・スクリュー』!!」


 敵は放たれるスペルの魔法術に対して掌を向ける。おそらく魔術の効果により、触れたところから腐敗が始まる。

 『フラワー・シャワー』の高威力版であるスクリューは、ある程度の浄化効果も付与されている。並のアンデッド程度なら倒せる威力も有している。だが、腐敗による侵食で花びらごと朽ちてしまい、瞬く間に塵となり消えていく。

 スペルは周囲の植物を操作して拘束を試みる。僕も皆のもとに掛ける。


「腐らせるまでもない。」


 魔術を使われることもなく、強化された植物の拘束を容易く引きちぎられてしまう。一瞬の隙を突くかのように数発の矢が敵へと飛んでいくも、大剣の刃を盾のようにされ防がれてしまう。


「『ショット』!『ショット』!!」

「狙いはいい。だが…」

「『クリムゾン・ショット』!!」

「こうはどうだ?」


 二発の矢を弾いた後、燃える矢の軌道から避ける。その矢が進む先にいるのは…


「えっ…」

「危ない!」


 僕はテインの元に駆けつけ、鞘で矢を防ぐ。矢はテインには当たらなかったが、クロルは情緒と呼吸を乱す。

 彼女に前では、怪しく光る大剣が振りかぶられている。


「『痛裂グリフ』…」

「〝守れ〟っ…!」


 地面から樹木の根が現れ、振り落とされる大剣からクロルを守る。続けて樹木はクロルを包み持ち上げる。


「あっ……はぁ…はぁ…!」

「テインのところまで…〝運べ〟!!」


 樹木はクロルを掴んだまま、僕とテインの所へと曲がりながら伸びてくる。


「先ほど以上に魔成を流し強化した植物の根か。だが、意味はないな。」


 樹木が斬撃箇所から壊れていく。クロルがここに到着したあたりで、完全に朽ちてしまった。


「ぐ、『痛裂グリフ』っ…生物をっ……裂いたとこから、いた、みと…損傷が伝播するっ…」


 ダッシュがスキルを伝えようとするも、皆それどころではなかった。クロルは精神が脆くなり、テインはそのクロルの回復に集中している。僕自身も攻撃の反動が強く、さらにナイフの強度の問題もあり戦いにくい。スペルは腐敗系統との相性が悪く、上手く立ち回れない。


「総員、威力も性能も凄まじい。なるほど…この程度か…。」


 敵はふっと息を吐き、大剣を振りかぶる。

 スペルが地面に手をついて、大きな魔法陣を展開する。


「大樹魔導!『大蛇オロチ』っ…!!」


 地面から、図書館の時よりも数周り大きな樹木が現れ、敵に集中して降っていく。


「破壊力や質量はある。申し分ないな。」

「〝砕け〟~!!」

「だが、場が整っていなければ……気にするまでもない。『固腐敗ゴオルド』。」


 敵の足元から魔法陣が広がったのを、一瞬だけ視認できた。すると触れることすらなく、近づいただけで樹木は朽ちてしまった。

 朽ちていった樹木達は塵となり、雨のように降り注いだ。敵は塵に包まれた空間から迫り切りかかる。


「『痛烈グリフ』!」

「危っ…!」


 ダッシュがスペルの服を引き、大剣の軌道から避けさせる。


「法治魔術…!地に足を付いてるときっ……一定範囲に『腐敗オルド』が機能し続ける…」


 説明を受け、樹木に〝押せ〟と指示を出す。自身とダッシュを植物によって敵から離れたところまで運ぶ。だが、途中で腐敗が始まる。

 スペルは地面に手を付く。手元が仄かに光り、スキルが発動する。


「土壌撹乱植物〝ザザッソ〟…『草咲サーチ』!」


 スペルから敵の方へ向かい、雑草の成長が広がる。そして、敵の周囲の雑草が腐敗する。おそらく、あれが法治魔術の範囲だ。

 敵はそれを意に介すことなく、二人のもとに歩いていく。歩みに伴い、雑草の腐敗も広がる。

 ダッシュがスペルに触れる。


「っ…『デリヴァー』!」

「っ!ダッ――」


 スペルはその場からシュンッと消え、僕らのもとに現れる。


「シュ!!」

「ダッシュ!?一人では…」


 敵は躊躇なく大剣を振りかぶる。だが彼女はまず魔法陣を展開し手を入れた。中から一つの道具を取り出した。


「『収納インベントリ』……〝信号銃〟!」


 彼女は信号銃を上に向かって放つ。その弾は紫の煙を纏いながら上空に飛んでいき、数十メートルまで上がった辺りで大きな音を立てながら光を放った。

 大剣が振り下ろされたが、一手早くのとこでダッシュは自身が作る黒い繭に包まれた。図書館の時と同じものだろう。

 ダッシュ自身が開発した魔術で、彼女の血がもつ魔術や魔力をベースにした自分だけを包む法治魔術。範囲と条件が極端な分性能は極めて高く、「外部からの影響」をほぼ全て遮断する。


「損傷も伝播もしないか…」


 敵は繭を数回斬るも、繭は微動だにしない。

 ただ、あの魔術は周囲からの光や音、空気さえも遮断する。中にあった空気を消費すれば呼吸はできないし、テレパス含め周囲との意思疎通もできず、完全な闇…重力と時間だけが繭の中に干渉するそうだ。


(早く決着をつけなければ…)

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