第19話 槍の夜⑦
『トレジャーランド四大貴石の一つ、忘却のジェット。馬車や船に利用されることが多い加速石で、数が多く真っ黒な見た目のため、人気がなく装飾品として扱われることは滅多にないの。でもツライことを忘れたいヒトへの御守りとして使われることはしばしばで、そういった意味では最低限利用価値のある宝石として親しまれている。思い出さないほうが良い事もあるんだよね。……世の中には』
男の顔面にそれが叩き込まれる時、バキリと音が鳴った。財宝からの音じゃない。衝撃にねじれ吹き飛ぶ男の顔面から鳴っていた。
「な……!」
「なんだ!?」
殴り飛ばされた男はきりもみ状に回転しながら、先を行く男たちを軽々と飛び越え壁に激突した。自分たちの間を飛ぶ流星に、ヤバい飛び道具だと勘違いした暗殺者らが振り向き武器を構える。
「フヒヒ」
彼らの目の前には、両手両足に不釣り合いなほどに重そうなヨロイを装着した小さき王が、手足をダラりと下げた状態で不敵な笑みを浮かべている。
「ジェットで殴られると、ヒトは忘却しちまうんだと。……けど、死人に問題はないよな?」
男たちは少女の軽口に戦慄した。
「財宝よ、“ジェット”
ギントがそう呟くと足元の鎧に小さな蒼雷がカケメグル。
一瞬にも思えた雷はギントの歩みを追いかけるように何度も
ガシャガシャガシャン──!
「は、速い!」
「来るぞ!」
暗殺者たちにとってそれは目で捉えられる限界の速度を超えており、すぐさま防御の体勢に入る。小さき王は自らの速度を抑え切れないのか、狭い地下の壁や天井を走る。
──ジェット──
レートF+(産出国補正H-)。
耐久硬度3.5
精神力アップ↑
回避率アップ↑
命中率ダウン↓
回復力ダウン↓
忍耐力ダウン↓
魔物との遭遇率が下がる。
強敵との遭遇率が上がる。
モノの加速力を上げる。
忘却のステータス効果あり。
駆け上がったギントは暗殺者らの間に飛んでくる。
「“レッドスピネル”
そのまま燃えるダブルラリアットを食らわし、二人が地面に延びた。
『挑戦のスピネル。新しいモノに挑戦し続ける者が付けるべき宝石で、魔導師を目指す人にはオススメ。色によって得られる効果は様々だけど、レートはほとんど一緒だから、色々試してみるといいかもよ?』
「重いな……体力の限界か」
震える自分の手を見て、残された体力が少ないと感じた少女は歩き出した。右腕の篭手は僅かにひび割れていて、そこから金色の光が漏れている。
「検証が必要だな。どのくらい消費して、どのくらい耐えれて、どのくらい補正が掛かるのか調べねーと」
新しいおもちゃを手に入れた子どものように、ギントは静かにワクワクしていた。
「しっかしここまで用意周到ってことは、内部に協力者がいるパターンだなこりゃ? チャイバルごとオレを始末するつもりだったのか知らないが、これくらいは日常茶飯事だったり……しないよな?」
王たるもの暗殺未遂なんて日常茶飯事である──。そんな最悪な妄想を、頭を強く振って払い除けた。
「“サファイア”
かなり大きめの甲冑の頭の部分を被ると、ギントは目を瞑った。兜が青く光る。
『慈愛のサファイア。精神を高めたい、もしくは鎮めたい時に重宝する宝石で、音の探知や傍受にも優れた石。これ付けて寝ると、頭の中がスッキリして気持ちよく起きれるんだよね。同じコランダム系には四大貴石のルビーもあるよ』
──周囲にある出口は三ヶ所。罠の気配は……なしか。
「ん? 二人、いや三人こっちに向かって来てるな」
ドドドド──!
階段を駆け下りる暗殺者たちの足音をいち早く察知したギントは身を隠してそれをやり過ごしたあと、なぜか数歩進んで足を止めた。
「おうおう、ガールたちじゃん。勇者の調子はどうだったよ」
楽しそうに腕を組み虚空にむけて話しかける。しばらくすると花壇や植木鉢の影から、先ほど撒いたはずの女たちが出てきて立ち上がる。
「ふん。答える義理もないが、一言で言うと脳筋だった」
「魔法を使わず腕力だけで私たちを逃がしてくれましたです」
「で、貴様はどうした? 逃げ場もないのに逃げ回って、それで時間稼ぎのつもりか? くだらない。お前の味方はやって来ないぞ」
メガネをくいっと勝ち誇る表情で言ってくるが、ギントは気にせず目の前にあった燭台にゆっくりと手を伸ばす。
「動くな!」
「それに触ったら本気で殺しますです!」
後ろ髪だけが長い金髪女と銀髪サイドテールが忠告してくる。
「殺す? 最初からその気だろお前ら。まるで助かる方法があるみたいに言いやがって……」
「あると言ったら?」
金髪からの意外な言葉に、ギントの片眉が上がった。
「あれだけ全力でタマ取りに来て、今更助かる方法があるって? 冗談は牢屋の中だけにしといてよオバサン」
「オバサンだとふざけるな。こちとら花も萎れるピチピチの18だよ」
「乗るな乗るな、安い挑発だ。あと萎らすな」
白藍髪が金髪につっこむ。
なんとなく彼女たちの関係性が見えたところで本題をつめる。
「で、オレに何しろと。助かるんなら幾らでも協力させてもらうけど?」
「まって! この王様変だよ!」
奥の方でじっと黙っていた黒髪黒目の女が急にギントを怪しみだして声を上げる。不意の糾弾にギントも口をきゅっと結ぶ。
「王様なのになんでひとりきりなの? 裏口のひとつやふたつ知っていてもおかしくないのに、どうしてそこから逃げようとしないの? おかしいよ」
「た、確かに。なぜだ」
「単純に知らないんだろ。こいつが
「「「……!?」」」
金髪がいちばんに核心を突いてきた。その他の連中は思いもよらなかったのか驚愕している。
「いやまて、資料にあった人相とは一致しているぞ」
「ホントに一致してるかね? 肌の色も全然違うし目も悪魔みたいだしイカれすぎマンでしょこれ」
「そうね。声の件もそうだけど、聞いてた仕草や性格からは大分かけ離れてる。こういうの何て言うか知ってる? 影武者と言うそうよ」
「ニセモノはだいたいそうだろ……」
先ほどからツッコミ役に回る機会の多い白藍も、さも当然ように影武者を口にするが、それは的外れなのでギントは腰に手を当て高笑いする。
「ハッハッハッハッハ!」
「何がおかしい!」
「的外れだ愚か者め! オレは正真正銘トレジャーランドの王だとも! そしてオレは、お前たち味方であると宣言しよう」
ギントが何かを企む時、その顔はより悪魔的になる。
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