ひとり生き抜く覚悟
時をさかのぼること半年前、タッカード家の屋敷にて。
「ミュリル、お前ももう十八才になる。そろそろ身の振り方を決めておかなければ……」
「……はい、お父様。わかっております」
ついにこの日がやってきたのね。
そろそろそんなお話がある頃と思っていました。
「お前の道は二択だ。弟が結婚した後も、独身のままこの屋敷で暮らすか。もしくは、単身王都から離れた場所で人目を避けて暮らすか……」
そう話すお父様の顔は、ひどく曇っていて。
「……マルクの幸せを邪魔するような真似、私にはできませんわ。それに、私がこの屋敷で暮らし続けるのはお父様のお仕事にとっても、マルクの将来にとってもプラスになりません」
幼い頃から、いずれは独身のままひとりで身を立てて生きていくしかないことは分かっていました。
ですからその覚悟はとうにしていましたし、そのための能力もすでに習得済みです。
「では領地を離れ、ひとり寂しく暮らすと?」
「はい。そのためにこれまで色々と頑張ってきましたし、その準備も整えてありますからご心配には及びませんわ」
「しかし……。父親としてはそんな危険な人生を歩ませるわけには……」
お父様の憂慮も、もっともです。
若い女性が結婚もせず、家族と離れ単身で身を守りながら自活して暮らすのは難しい世の中ですから。
けれど、私にはそうせざるを得ない理由があるのです。
「私は楽しみにしているんですよ? 自分の食い扶持くらいなんとかなりますし、自然豊かな場所でのんびり暮らすのも、そう悪いものではありませんし」
なんといっても私は、便利で華やかな王都暮らしよりも自然に囲まれた暮らしの方が性に合っているのです。
「とはいっても、お前はまだ十八才の娘なのだし……。森で獣に襲われて怪我をしたり、ひどい嵐で家が吹き飛んだりしたらどうする?」
ずいぶんと極端ですね。お父様。
確かに森には熊やら鹿やらもいるでしょうが、そこまで森の奥深くにひきこもるつもりはないのですが。
「お父様ったら心配性ね。大抵の動物は、こちらから縄張りを荒らすようなことをしない限り襲ったりしません。もし嵐で家が壊れても、小さな一軒家くらいなら自力で建て直せます」
安心させようと、見た目はほっそりとした、けれど実はなかなかに筋肉質な二の腕の力こぶをお父様に見せつけます。
「これこれ……。一応お前も年頃の娘なんだから、そんなものを披露するんじゃないよ。ミュリル」
「私の自慢なのに。大事ですよ? 筋肉」
これでも結構努力したのです。やはり男性と違って女性は筋肉がつきにくいですからね。まして私は元々小柄で体の線が細い質ですから、随分苦労しました。
けれどたくましく生き抜くには、一通りのことを自力でこなせるだけの体力と筋肉は必須。
そのために、日々良い筋肉がしっかりつくよう鍛錬に励み、栄養バランスのよい食事もしっかりとりました。
おかげで今では、丈夫な身体と服に隠れてそうとは見えないしなやかな筋肉を手に入れたのですから。
そんな長年の努力の結晶でもある力こぶをそんなもの呼ばわりされてしまい、しょんぼりと肩を落とします。
「ああ……。それもこれもすべて、私のせいだ。あんな事件などなければ、今頃お前も人並みの幸せを夢見ていたかもしれないのに」
「お父様……。あれはお父様のせいなんかじゃありません。過去を振り返っても仕方ありませんわ」
「しかし、幼いお前から目を離したりしなければ、あんな目にあわずとも済んだのだ……。そうすれば、こんな苦労を背負わずに幸せに生きられたものを」
それは、これまで幾度となく繰り返されてきた後悔の言葉でした。
父親として子を守ることができなかった後悔は、きっとこの先も消えることはないのでしょう。
そしてその原因は、私があんな事件に巻き込まれてしまったから――。
こんな苦しみを愛する両親に与えてしまった自分のふがいなさに、私の心も暗くうち沈みます。
「お父様……。もう後悔はやめましょう。それにいつも言っているでしょう? 私は簡単にめげたりしませんし、心身ともにたくましいんですよ。きっとひとりで立派に幸せに生き抜いてみせますわ。だから安心して?」
いつものようにそうことさらに明るく言い切るけれど、お父様の表情は暗いまま。
「お前の口癖だな……。だからこそ、心配なのだよ……私は」
そんなお父様の物憂げなつぶやきを聞きながら、私はあの日の出来事を思い返していました。
そう――。
私の運命が大きく変わってしまったあの日の恐ろしい出来事を。
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