成り行きで女子を助けたら露骨にアピールされて困る~何故かハーレムっぽくなってるが多分気のせい~

相馬

プロローグ

プロローグ1

 俺、白石和泉しらいしいずみは特別な子供だった。


 特別容姿が整っている、確かに整っている方ではあるが、誰もが振り返るような整った顔立ちをしている訳では無い。

 特別頭が良い、確かに頭は悪くないが、特段秀でているわけでもない。

 ではどうして俺が特別なのか。それは直接手で触れている相手の心が読めるからだ。


 俺がこの力が特別な物だと気が付いたのは、五歳の頃だった。キッカケは通っていた幼稚園でのよくある一幕。


 それは幼稚園での片付け時間の出来事だ。遊び時間は終わり、おもちゃを片付ける先生のピアノの音が鳴り止んだ。いつもなら綺麗に片付いた教室を見渡した先生が皆を褒めるハズなのに、何故かポツンと積み木だけが寂しげに残っていた。それを見た先生は園児達に尋ねた。


「片付けなかった子はだぁれー?」


 素直な園児達は先生の言葉を聞いて一人に視線を向け、先生は誰が犯人なのかを理解した。けれどその彼、だいすけ君はこう言うのだ、「ぼくじゃない」と。


 先生は頭ごなしに「嘘をつくな」としかるのではなく、ちゃんと向き合って話をした。

 

「お友達のみんなはこう言っているけど違うの?」

「でもお片付けが出来ないと皆がお弁当を食べられないなぁ」


 だいすけ君が自発的に謝るか、過ちを認めて片付けてくれる様に促そうとするが、当の本人はぼくじゃないの一点張りだ。園児たちもそんな彼に対して徐々に不満を募らせていく。このままでは泣き始める子供も出てくるだろう。


 (早く手を繋げばいいのに)


 俺は手を繋げば相手の心の声が聞こえる事は知っていた。だがそれは皆も当たり前に出来ると思っていたのだ。普段自分が当たり前にしていた呼吸を、他人もしているか聞いて回って確認する事などない。幼かった俺が、自分が特別だと気が付かなかったのも無理はなかっただろう。


 焦れったくなってしまった俺は、だいすけ君の手を取って心を読んだ。


(怒られるのが怖くてうそついちゃった。どうしよう)

「先生、だいすけ君嘘ついちゃったみたいだよ」


 突然隣にやってきて手を繋いだと思えば、お友達を嘘つき呼ばわりし始めた園児を見て、保育士は黙っていないだろう。だいすけ君が嘘をついているのは大人の先生から見れば明白だが、それを証拠もなしに嘘つきと呼んでいいかは別の問題なのだ。


 標的はだいすけ君から俺へと移った。どうしてお友達を嘘つきと言ったのか、そんな風に言われたら先生も傷付いちゃうかもしれない、と何が良くなかったか子供にも分かるように話しかけてきた。

 だが、俺も疑問に思った。手を繋いだのだから、嘘をついたかどうかはわかって当然だ。それを先生がしなかったから自分が代わりにやったのに、何故自分が悪い事をした様な扱いを受けているのか。


 不満に思った俺はだいすけ君と先生の手を取り、繋いでやった。これでだいすけ君が嘘をついたかわかるだろう、と。

 だが予想に反して、先生もだいすけ君もそんなのわからないと言うのだ。俺にとって、嘘つきは二人に増えた。


 俺は癇癪を起こしたように、この出来事を母親に伝えた。手を繋げばわかる事なのにだいすけ君も先生もわからないって嘘を吐いたと、半ば泣きべそをかきながら必死に訴えたのだ。

 だが母親はまともに取り合う事もせずに「和泉はわかるなんて凄いね」と雑に褒めるだけだった。


 それがキッカケでこの力が特別な物だと気付いた俺は興奮した。まるでスーパーパワーを持ったヒーローになった様な高揚感に包まれ、この力で沢山の人を助けようと心に誓った。


 それからは、能力を使って幼稚園の沢山の友達を助けた。トイレに行きたいのを言い出せない子をトイレへ連れていき、具合の悪い子を先生に報告した。忘れ物をして言い出せない子にそっと貸してあげる事もあった。


 そんな俺をお友達は「カッコイイ」「凄い」と褒め讃え、先生も「和泉くんは皆のリーダーね」と褒めてくれた。


 手を繋げば困っている人の助けを呼ぶ声が聞こえてくる、それは正しくヒーローに与えられた力だ。だから自分は正義のヒーローなのだ、と少なくともこの時の俺そうは思っていた。


 俺にとっての正義はカッコイイもので、悪は倒さなければならない物だ。好きなアニメでも、好きな戦隊モノでもそうだった。

 


 では悪とは何か。盗みや殺人、教義に反する事、人を傷つける事など、人によって様々な悪が存在するだろう。

 だが五歳の俺にとっての悪は、嘘をつくことだった。なんてことはない、狭い世界で生きる子供の考えうる悪なんてその程度の物だ。


 

 だからヒーローたる俺は、この日も迷わず正義を為した。いや、為してしまった。


「パパはお仕事に行くって言ってるけどなんで嘘をつくの? ミカって人に会うんでしょ? 嘘はいけないんだよ」


 こうして俺は悪を正し、正義を為した。幼稚園でやっていることと一緒だ。この後はごめんなさいと謝って、良いよと許し、ボール遊びをすれば仲直り。当時五歳の俺にとって、世界というのはそういうキラキラした物だったのだ。


 だが大人達は違った。俺の言葉を聞いて母親は烈火のごとく怒りだした。あらん限りの汚い言葉で罵り、父親が謝ろうとも決して許す事無く喚き散らしたのだ。


 謝ってるのに許さない母親もまた、俺にとっては正すべき悪だった。だから悪を成敗する為に、こう言ってやったのだ。


「ママだって僕が寝た後、内緒でリョウジさんって人の所へ行ってるじゃん。自分も悪い事をしてるのに謝らないのはおかしいよ」


 それからの出来事は単純だった。世間体を気にして離婚こそしなかったものの、夫婦の仲は冷めきってしまった。そして両親は俺をまるで化け物でも見る様な目で見たのだ。


 己の正義に従って事を為したが、幼児向けアニメの様にハッピーエンドにはならなかった。


 これが特別な力に気付き、ヒーローになったキッカケだった。


 

 小学校に入学しても、俺は力を使い続けた。自分はヒーローだから沢山の人を救う使命があるのだ、そう信じて。


 困っている子がいればそっと助け、嘘をついたことに気が付けばそれを注意した。幼稚園でやっていた事と何も変わらない。特別な力を使って自身の正義を為し、人を助け続けた。


 だが俺自身が変わらずにいても、時の流れの中で周りの人達が変化していた事に当時の俺は気付けなかったのだ。


 小学校入学から数年、思春期を迎え始めた子供たちにとって、正しいというのは時に窮屈で、正しいというのは時に鋭利な刃物にもなった。

 かつて悪い事は良くない、と注意をすれば反省していた人たちも、いつしか正義を疎ましく思い始めていた。

 それでも俺は自身の正義を信じ、正しい行いをし続けた。何故なら自分はヒーローで、困っている人を助けなくてはならない使命を負っているから。それだけが俺の支えで、それだけが自己肯定感を高めてくれた。


 だがある日の放課後、クラスメイト達に呼び止められてこう言われたのだ。


「良い子ちゃんぶってんじゃねーよ」


 何を言われているのかわからなかった。俺は正しく良い子であるのに良い子ぶっているとはどういう意味か。


「俺は間違った事をしていない、いつも間違った事をしてるのはお前たちだろ。だから俺はそれを正しているだけじゃん」


 俺が反論した事が許せなかったのか、暴力こそ無かったもののクラスメイト達も、不満をぶつけ、大喧嘩に発展した。それでも俺は理解してくれると信じて、「自身の正義に従って、なすべきことを為して居るだけだ」と一生懸命伝えた。


 だが――


「お前の正義のせいで皆が困ってんだよ。何だ正義って。皆が困ってたらそんなの正義じゃないだろ」

「白石くんってまるで心を読んでるみたいで気持ち悪い」


 気付けば沢山の人を助けるはずの正義は、沢山の人を困らせていたようだ。それはどちらが正しい正しくないとは別の話だった。

 クラスメイト達に向けられた視線は、在りし日の両親を彷彿とさせた。

 俺はいつしかヒーローではなく、ヒーローに倒される怪物になっていた。正義正義と皆が分からない言葉を口に出し、周りの皆を困らせる気持ち悪い生き物、中々どうして怪物ではないか。そう思ってしまった俺はまるで足元から崩れ去っていくような感覚に襲われてしまった。


 その日をキッカケに、手袋をする様になった。人の世界に紛れ込んでいた怪物は自らを鎖に繋いだのだ。

 俺が特別な力を使って成し遂げた事は二つ、家族をバラバラに引き裂いた事と、皆に嫌われる事だけだった。


 信じていた正義は時の流れの中で悪へと代わり、自身を正義たらしめていた力も封印した。俺はこの日、全てを失って少しだけ現実を知った。

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