DIYになれない私達について。

赤尾歩夢

第1話 畝間苗太の過去

 数ヵ月前の事をふと思い出す。


 これがいい思い出ならどれほど良かっただろうか。

 思い出すのは人生における一世一代の決断。


 決断と言ってもそんな大袈裟なものではなく、思春期の男女によくあることだ。


 ぶっちゃけ言ってしまえば、そう、告白である。


 俺こと畝間苗太うねまなえたは、初めて女の子に告白をしたのだ。


 相手は栗色の髪をしたセミロングの快活で明朗な印象の普通の女の子。


 よく話す間柄でお互い色々なことを相談し合う関係。


 思春期の男子とは、振り子よりも単純に出来ているのか、それ故に彼女のことを恋愛対象として見てしまうのは当然の帰結であろう。


 決して「好き」であるということを察知されないように、気づかれないようにしながらの日々。


 しかしながら、好きという気持ちや彼女への恋慕は募り、累積する一方で次第に押さえられなくなった。

 そして、俺は栗色の髪をしたセミロングの彼女に告白することにした。


 あれは、忘れもしない3月9日。


 なお、レミオロメンの方だと思ったやつは職員室まで。


 何はともあれその日が俺、畝間苗太にとっての分水嶺となったのだ。


 今でも告白したときの情景が思い浮かぶ。瞳を閉じれば彼女が瞼の裏に居ることで、涙が出てくるほどのことだった。


「ずっと前から君のことが好きでした。僕でよければ付き合ってください」


 心臓の鼓動が外に漏れそうなほど高まる。息は途切れ途切れであまり落ち着いてはいない。告白をしてから何秒か経過した後、彼女は答える。


「……ごめんなさい。畝間君のことは友達としては好きだけど、あくまでも友達としての話。畝間君とは、付き合えません。……話はこれだけかな? じゃあ、バイバイ」


 制服姿の彼女が遠ざかっていく。視界が霞み、桜が舞い散るようにひらり、ひらりと去っていく。


 時は無常にも現在から過去へと移り変わり、容赦も呵責無くて。


 時間は擬人化したならば歩を進めるようだと柄にもなくそう思う。

 どんどんと進み後ろ姿を見せる彼女。

 対称的に茫然自失、無我の境地に至る自分。


 彼女が足を進める度に踏み鳴らした砂利の音が、耳に焼き付き、反響し、今日起きたことを現実であると脳の中枢神経、海馬に至るまで染み込ませる。



 例えばの話だ。


 例えばこれが、恋愛シミュレーションゲームだったならどんな結末を迎えただろうか。


 好感度や信頼度等のパラメーターを際限無い程上げまくり、クイックセーブや選択肢のやり直し、チートも節操無く使う筈であろう。

 そうすれば理想の相手と恋仲になることも容易い。しかし、現実とは不可逆的なものでやり直しは無く、セーブ機能も無い。


 当然ながら人生の難易度は人によりけりで、畝間苗太の場合は、栗色の彼女との友達ルートしか最初から用意されていなかったのだ。早い話無理ゲーということだろう。


 正直悔しいという気持ちと、絶望感が綯い交ぜになった感情を味わう。

 自分という存在は彼女にとっては「友達」で、その中でも「脇役」なのだ。どう足掻いても「脇役」が「主人公」に敵わないのは自明の理であり、この世の摂理である。


 普通の人間なら、ずるずると片思いを続けるか、きっぱりと割り切って次の恋に向かうか、どちらにせよ選択するであろう。


 人生とは有限であり、読んで字の如くという言葉から分かるように限りがある。

 賢い人間なら報われない恋か、

 可能性の未知数な恋。


 どちらかを選ぶならば、十中八九、後者。


 俺もそれくらいの道理は弁えている。もちろん、新たな恋に向かいたい。


 だが、ふと思ってしまう。


 新しく好きな人を見つけても、その人と恋人になれなかったら。そんなネガティブなぺシミスティックなことを考えてしまう。栗色の彼女に振られたという過去が自身の行く末を邪魔する。そんな鎖のような、足枷のようなそんな感じであろう。

 元々、人間関係において少しだけ「臆病」だったのが拍車をかけてよりネガティブになった。


 とにもかくにも畝間苗太の恋は、ピリオドを打ったのだ。


 奇しくも端から見た姿は、桜が散ることよりも無惨に見えただろう。


 桜は散り、季節は移ろい、童心と恋心も感情という瀑布に流されていく。


 季節は、春。


 始まりと別れの季節。


 アンビバレンスな心が良くも、悪くも揺れ動き、水のようにたゆたう、季節。


 天気は晴れ、心は曇天。

 明けない夜はないし、晴れない空も同じく無い。


 いずれこの曇天も燦然と輝く太陽に圧倒されるように、晴れるのだろうか。


 斯くして自身の思いとは解離し、新たな物語は等速で全ての人々に訪れ、始まりと終わりを迎えていく。

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