前略、妙にタレントさんが余所余所しくなりました。

「相貌失認?」


こはくは聞いたことのない病名に首を傾げた。


「相貌失認っていうのは、人の顔を認知できなくなる脳の機能障害のことだよ。おそらく彼は女性恐怖症となるきっかけが起きた際に、それも発症したんだろう」


自分の理屈に納得がいったのか、ウンウンと照が頷く。


「しかし慶光院くん。どうやら相貌失認は脳の損傷によって起こるものであるらしく、心因性のものはフィクションのドラマくらいしかないみたいだが?」


「え゛」


話を聞いていた社長がスマホで調べてみると照の推理を根底から覆す衝撃の事実が明らかになってしまった。


「相貌失認ではなさそうだが、トラウマが認知障害を起こしている可能性が濃厚だね。で、ここからどうするんだい?砂原くん」


「とりあえず、葵ちゃんとこはくちゃんに連絡しようと思ってる。二人も協力してくれてるから、この考えを共有しないと。社長、このままこの部屋使ってもいい?」


「うーん、普通なら会議室を使って話してほしいことなんですが…公式スタッフとしての扱いにも関わりそうなので、使っていいですよ。特に来客の予定はありませんし」


「ありがとう」


ういがスマホで連絡を取ると、少しして2期生の二人が社長室に入る。


「社長、こんにちは」


「おじゃましまーす。照先輩もいたんですね」


「よく来てくれたね、二人とも。この名探偵が彼を蝕んでいる病を言い当ててみせたよ」


「灯織さん、病気なの、先輩」


照の自慢げな言葉を聞いた瞬間、基本無表情な葵の顔が色が抜け落ちたと勘違いするほどの能面になった。


「……落ち着くんだ葵。ただでさえ僕は無表情な君が苦手なんだから。そんな能面みたいな顔でゆっくりと近づいてこないでくれ…!」


「今すぐ、事情を説明して。私は今、冷静さを欠こうとしてる」


「ひいぃぃ…!う、うい!説明!」


「ちゃんと自分で説明しなよ……えっとね――」


怯みきった照に代わってういが見解を述べる。


話を聞き終わったこはくの顔には影が差し、葵に至っては目から光が失われていた。


「精神疾患由来なら明確な治療法とかって、ないんですよね。どうするんですか」


「どうするも何も、心の傷は治すのに時間がかかる。私達にできることがあるとするなら、彼の心の傷を抉らず、良好な関係を継続するくらいだ」


「そうだね。前に私がやらかしちゃったときは背後から肩に手をおいたときだから、不意に距離を詰めたりするのはダメみたいだね」


照の意見にういも同調する。


「じゃあこれをタレントの皆に伝えよう」


「フィスコードの全体で知らせる?」


「んー、灯織くんが無理に気を使われるのは嫌がるかも知れないから、灯織くんが入ってないルーム作ったほうが良いんじゃない?」


「それだったら私が一斉メールで送りましょうか。今から送れますし」


「ボディタッチ多いことかどうしますか?念入りに注意します?」


「あー、れーこちゃんとか赤ちゃんとか、慣れちゃったら翠ちゃんとかも結構距離感近いからねぇ。あと照」


「僕はしっかりとした距離感を保つよ?どういう人物かは探偵としてとても興味があるけどね」


「私達も、距離感見直したほうが良い?」


「いや、ういの話を聞く限りよほど距離が近くないと大丈夫なくらいには改善しているようだから、今までの接し方で拒否反応が出ていないなら大丈夫だと思うよ」


「ほっ…」


「でも心の片隅で留めておいたほうがいいね。普通に話せているように見えても、彼は心に傷を負っていることを」



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最近、タレントの人たちの様子がおかしい。


どこか余所余所しくなったと言うか、少し距離感が離れた感じがするのだ。


特に顕著だったのは砂原さん。


「こんにちは砂原さん」


「あっ…灯織くん、こんにちは。お昼?」


「はい。よかったら一緒に食べますか?」


「…うーん、そうだね。ご一緒しようかな」


二人で休憩室に続く廊下を歩く。


そこからも違和感は感じる。以前よりも半歩ほど離れた位置で隣を歩いているのだ。


俺の観察経験からして、人というものは口に出さなくても行動で態度や感情が現れるものだ。


だから砂原さんの距離感の変化には、なにか意味があるような気がする。


「砂原さんは最近どうですか?」


「んー、この前は1期生でハミングアスやったんだけど、それで結構頭使ったからか頭が重くてさ」


「知恵熱みたいな感じですか。大変でしたね」


確かいくつか役職を入れて更に複雑にしていた。もともと同期の中でも全員をまとめることが多い砂原さんはその分様々なことを考えながらプレイしていたのだろう。


「砂原さんは海原さんとしていつも頑張ってますよね」


「そーだよー、特にVTuberなんて癖強の塊なんだから。まとめるの大変だよ〜」


「そうですよね。いつもお疲れ様です」


「ん〜?まあ自分から望んでやったことだし、労われるほどのことじゃないよ」


「そうですか?少し疲れている気がしたんですけど」


「おっ、珍しく予想が外れてるね。私は特に疲れてないよ。今日も快眠だったし」


「いつもより足取りが重そうに見えますが」


「…」


「あと、距離、少し離れてますよね」


「…」


「何か、ありましたか?」


「…えへへ、灯織くんが気にすることじゃないよ」


「…そう、ですか」


休憩室に着く。


「なにか食べたいの決まってますか?奢りますよ」


「お、ほんと?だったらゴチになろうかな」


砂原さんの様子は少し変だとしても、配信の様子や体調は好調のようだし、直接聞いてみてもはぐらかされるだけなので俺からできそうなことは今はなにもない。


「何かあったら頼ってくださいね」


「…うん!もちろんだよ」

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