30 リィグとの契約
「——痛っ!」
木に背中を打ちつけた。詰まる呼吸とともに土を握り、目を細めて前をみれば、白髪の男が立っていた。
「ペリード……か?」
短いはずの彼の髪が、みるみるうちに伸びていく。白い髪。ばさりと腰まで伸びてとまった。
まるで獣のたてがみのようだ。瞳だけが爛々と赤く、不気味に光っている彼の姿は、貧民街で戦ったあの男を想起させる。
「あぁ、最高だ。気分が
ペリードが声高に叫ぶ。
ぎらついた眼と、邪悪に歪んだ笑み。
いつもの彼とは違う。狂気に満ちた表情に、思わず一歩あとずさる。
「すごいや、変身したよ」
リィグがこちらに駆けよりながら、目を丸くした。
「でもあれはまずいね。
「
リィグの言葉にペリードから視線をそらせば、火の粉が舞う中を、
あんな場所にいて、あいつら燃えないのか?
実体があってないような
「どうしちゃったの? あれ」
リィグがペリードを指差した。
その先には声をあげて笑う狂人がいる。
「
「魔力暴走? 身体のマナバランスを狂わせるってこと?」
マナ?
聞いたことのない名前だが、なんだろうか。
「マナって?」
「きらきら光る粒子……ってそっか、流石に人には見えないか。魔法を使う時に必要なものなんだけど、とにかくそれが狂うってこと?」
「……? 多分、そうかな。さっき言った秘薬が一時的に魔力を高めるものなら、こっちは体内魔力を狂わせて極限まで力を引き出すもの。桁違いの魔力が放出されているのも、それが理由だったんだと思う」
もう少し早く気づいていれば、対処が出来たものを。
後悔に、ぎっと歯を噛む。そんなゼノのようすに、リィグが首を傾げた。
「もしかして、かなり良くない状況?」
「良くないどころか最悪だ」
あれは、死を
「
「うわぁ……怖い病気だね、それ」
そうだ。だからこそ、そうなる前に止めなければ。
「————」
ふいに、ペリードの笑い声がとまった。何かと思い彼を見れば、地面に手をついて顔を伏せている。
「ペリード?」
名前を呼ぶ。けれど
「がぁああああああああ!」
「なんだ⁉」
頭を抱え、急に苦しみ出した。口から発するそれはもう、自我を失っているようにみえる。なにを言っているのか理解ができない。苦しい。ただそれだけが、彼から伝わってくる。
「もう限界って感じかな」
リィグが残念そうにつぶやいた。
(どうする……)
あの様子。かなりの魔力が膨れ上がっている。周囲を
そう。あのとき森を焼いた、自分のように。
「くそっ!」
思い出される光景と、これから予測される光景に、ひどく
これは、あくまで可能性の話だ。
このあと彼から放たれるだろう魔力の塊が、どこにいるのかもわからない、王子たちに届いたらどうなる?
確実に死ぬ。
軽傷で済めばいいが、おそらくそうはいかない。
自分だけなら何とかなる。隣の少年を連れて、ペリードの魔力が暴発するタイミングにあわせ、風の腕輪で上空に飛び上がればいい。だけど王子たちは。
(……どうせもう、あれは助からない)
だったらいっそ、
生かしておいても、このさき敵になる男だ。王子の敵。
そうだ。
暗い湖の底。まるで水底に沈んでいくような感覚に、心がスッと冷えていく。
「……面倒だ。いっそ殺すか」
つめたい声が、自身の口からすべり落ちた——
「殺すの?」
「っ!」
ぱっと、光が入った。闇に溶けた意識が、ぶくぶくと泡を立てて浮上する。
リィグが、自分の顔を
「あ、いや……」
(違う。そうじゃない)
まだ間に合う。助けられる。きっと大丈夫だ。
なのになぜ、オレはいま諦めた?
「……っ」
血のついた槍の切っ先に目を落とし、ゼノは頭を振った。
「時間がない。ひとまずアイツを助ける。うえの竜をうまく避けて、オレとお前でペリードを気絶させる」
「気絶って……無理じゃない? あんな状態じゃあ、どのみちもう助からないよ」
上空の火竜に氷矢を放つリィグの先に、地面をのたうち回わるペリードの姿がみえる。髪の先から、かすかに風に乗る粒子。
薬学書で読んだ内容と一致している。もう時間がない。
「助ける」
「なんで? 別に彼、友達じゃないんでしょ? だったら放っておいて、さっさとここから逃げようよ。なんか危ないみたいだし」
リィグがゼノのローブをひっぱる。
「駄目だ。このままだと王子たちにも危険に及ぶ。それに——」
——僕の友人です。
サフィールにアイツが言っていた。
「あんなんでもあの馬鹿は、オレことを友人だって言うんだよ。いつも
アイツはサフィールの部下で、王子の敵だ。
本来ならば助けるどころか、このまま命を奪ったほうが都合がいい。
(だけど……)
苦しむペリードを強く
「さっき、お前が言ってただろ」
それは、隣に立つコイツが、ほんの少し前に口にしていた言葉だ。
「——友人は大切にしろ。そうだろう? リィグ」
ゼノが不敵に笑ってみせれば、リィグは大きく目を見開いた。
そして「友達……」とつぶやいて、空を見上げた。
迷うような、ほんのわずかな間。
一瞬だけ、もの悲しそうな顔をしたあと、ひとつ頷いて、リィグがこちらを見た。
「手、出して」
「手?」
リィグに言われ、左手を前に出した。そのうえにリィグの手が重なる。
「あとでちゃんとお菓子ちょうだいね? それが契約の
「は? 契や——」
——どくん。
「っ!」
鼓動がする。右手に重なったリィグの手。
そこから熱い波がつたってきて、身体の奥でどくりと脈がはねた。
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