28 火竜の戦い

 火竜の両翼からほのおの渦が放たれる。

 とっさに横に身を投げ、やり過ごすも、すさまじい熱気にゼノは舌打ちする。

 この場に立っているだけで、肌が焼ける。さきほど自身がいた場所には、草の一本も残っていない。焦げついた土が痛々しい。


「いきなりかよ!」


「当然。いま話すより、捕らえてから聞き出した方がいいからね。なに、大丈夫さ。友人に拷問なんてかけないし、自白剤でも用意させよう!」


「なっ!」


 大きな紅蓮ぐれん球弾きゅうだん

 火竜の口から吐き出されたそれは、ゼノめがけて飛んでくる。反射的にしゃがんで転がり避ければ、そのうえを火竜が通過した。

 ぱらぱらとふりかかる火の粉。ゼノはローブのフードをざっと被り、叫んだ。


「お前馬鹿か! ここ森だぞ! 火の魔法なんか使って、森燃えたらどうすんだよ!」


「心配ない。僕の火竜は賢いから、そんなへまはしないよ」


(いや、思いっきり、そこの草燃えてるけど⁉)


 ペリードの後方。樹木に絡みついたツルに火がついている。

 その炎が広がり、ぼっとぜた。ぱちぱちと黒煙をあげ、見事周りの木々へと転火てんびしていく。


「しまった。少し、威力が強すぎたようだね」


 驚きを含んだペリードの声。同時に、炎に包まれた樹木がぐらりと傾いた。

 その下には金髪の少年がいる。


「危ない!」


 間一髪。すんでのところでリィグの手を引き、倒木とうぼくを避ける。


「ごほっ」


 熱い火の粉と砂塵さじんが混じり、呼吸が苦しい。


「おま、ぼさっとすんな!」


「あ、ごめんごめん。すごい燃えてるなぁと思って」


 コイツ……。

 カーくんの火みたいだ、などと口に出しながら、火竜を見上げるリィグに呆れを通り越して、ある意味感心する。


(よくこんな緊迫した状況で落ちついていられるよな、コイツ)


 かなり肝が据わっているに違いない。


「ねぇ早く火、消したら? 森が燃えちゃうよ」


 隣に立つリィグの指摘通り、火竜が吐いた炎は木の葉を赤く染めている。あのままでは、火が燃え広がってしまう。しかし。


「無理だよ。オレ、水の魔法は使えないし」


 この身は風の魔法しか使えない。それでは逆に火が燃え広がるだけだろう。襲いくる火竜の爪を避けながら、ゼノは答える。

 するとリィグがすぐ近くで、不思議そうに首を曲げた。とりあえず、邪魔だから向こうのほうに避難していてほしい。


「なんで使えないの?」


「なんでって! この腕輪、風しか使えないからだよ」


「腕輪?」


 足もとに炎弾えんだんが落ちた。やたらとしつこい火の竜から逃れ、ペリードをみやる。

 倒木の先。剣を抜き、なにか呪文を唱えている。


「魔導品! 壊れてるけど、魔力を通せば使えるから使ってる。オレは魔力の制御が苦手だから! 魔導品を媒介に魔法を発動しているんだよ」


 空飛ぶ火竜から距離を取り、息を整える。熱気が肺に流れ込んで、咳が出た。熱い。


「魔導品? うーん、それが何かはよくわからないけど、じゃあ仕方ないね」


 隣でリィグが頷いた。二度目だが、邪魔だ。


「いやあのさ、さっきから危ないから。下がっててもらえる?」


「なんで? 戦うなら一緒にやるよ」


「はぁ? さっき、手伝わないって言ってただろ」


「うーん、気が変わった」


 リィグはさっと腕を横に振ると、「森を燃やす奴には、天罰をあたえないとね」と呟き、氷の弓を顕現けんげんさせた。


 炎に照らされ、ひときわ輝く美しい氷弓ひょうきゅうだ。


 よく溶けないなと、驚いているとリィグが氷矢ひょうやを放った。

 同時に広がる冷気。頬にひやりと張りついて、焼けつく熱気を冷ましていく。


「なに! 馬鹿な!」


 ペリードが驚愕きょうがくの声をあげた。

 氷矢が火竜の両翼を打ちぬき、穴が開いた箇所から、徐々にその身を凍らせている。ぱきぱきと竜体のうえを氷華ひょうかが走り、やがてバリンと、ガラスが割れる音がして落下した。

 白い砂煙が舞う。目をつぶって、煙風えんぷうを受け流す。


「そんな……! 炎を凍らせるだって……?」


 目を見開くペリード。珍しく間抜け面をさらしている。

 無理もない。ゼノだって驚いた。

 空からこぼれ落ちた氷塊ひょうかいは、きらきらと氷の粒へと変わり、風のなかへ溶けていった。


「ま、こんなもんかな。ついでに森の火も消しといたよ」


 リィグに言われてあたりをみれば、先ほどまで木々を包んでいた炎は消え、代わりに水露すいろしたたる草木が見えた。


「水……?」


 まるで、雨でも降ったかのようなずぶ濡れ具合だ。周囲のうだるような熱さもなくなり、ひんやりとした空気が、この場に満ちている。

 はじめは氷が炎で解けて水になったのかと思ったが、どうも違うらしい。


「僕、本当は水の魔法が得意なんだ。汚れるから駄目だって言われてるから、あんまり使わないんだけどね」


 リィグが宙に水の球を出す。

 ふよふよと浮かぶそれを見ていると、なんだか心が落ちついた。


「まさか……魔族か」


 集中しなければ聞こえないくらいの音量で、ペリードがかすかに呟いた。


「魔族?」


 ゼノが問うと、ハッとしたようで頭を振って、彼は再び手をかざした。

 火の狼が二頭あらわれる。


「何でもない。それよりもこれほどの魔法。てっきりライアス様の近侍ペイジか何かだと思っていたけれど、さぞや名のある家名の出なのかな」


「僕? 僕はリィグ。星霊さ」


「星霊……?」


 ペリードが眉をひそめた。


(そりゃ……そんなこと言われてもそうなるよな)


 案の定、ペリードはいぶかしげな視線をリィグに向けた。


「……まぁいい。これで終わりだと思わないことだ。兄上たちには劣るけれど、これでも魔力は高いほうなんだ……!」


 二頭の火狼が地を蹴り、リィグめがけて飛びかかる。


「——無駄だよ」


 リィグが手のひらから水の弾を放つ。が、火狼は右に左にと避け、がうっと大きくえた。


 とたん水がぜ、一瞬にしてきりとなってかき消えた。


「ありゃ?」


「はは。残念だけど、この子たちは火竜と違って、小柄で素早い。そんなものは通用しないよ」


「なら、これならどうだ!」


 ゼノは風の腕輪に魔力をそそぎ、大きな竜巻をリィグの前に展開した。

 火狼たちがそこに勢いよく飛びこむ。結果、竜巻の風圧に阻まれ、彼らの姿は四散しさんした。


「風の威力で炎を吹き飛ばしたのか」


 ペリードがゼノをきつくにらんだ。その横を、リィグの氷矢がかすめる。

 血のしぶきが地面に落ちた。ペリードの右腕に浅い切り傷ができて、リィグが「あっ」と叫んだ。


「ごめんごめん。あのひと、君の友達なんだっけ」


「は? 違うけど」


「え、そうなの? 彼、君のこと友人だって、さっき言ってたけど……そうならそれで、手を抜いてあげないと。友達は大切にするものだからね」


 うんうんとひとり頷くリィグに、いやそんなこと言っている状況じゃないから、と思いながら、ゼノは燃えさかる倒木の先に槍を向けた。

 そこには悔しげな表情の同僚が立っている。


「ペリード諦めろ。魔法の相性が悪い」


「……っ、僕は負けるわけにはいかない。殿下のためにも!」


 ペリードがふところから何かを取り出した。

 血のように赤い、飴玉ほどの大きさの丸薬だ。それを自らの口に放り投げた。

 瞬間、彼の全身から凄まじい闘気がほとばしる。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「なっ!」


 獣のような慟哭どうこく。耳につんざく声にゼノは耳をおおった。

 いったい何が起こった?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る