第33話 剣帝ディハルトの矜持 3

「主よ。何なりと命じよ」


 烈剣王。かつて国の危機を何度も救った英雄で、国民からも絶大に支持されていた。

 王女との婚約の話も上がるほど王族からも信頼されていたけど、いつしか人々は烈剣王の強さに恐怖するようになる。

 その強さは人間はもちろん、ドラゴン相手にかすり傷すら負わずに討伐してしまうほどだった。

 烈剣王は戦いを繰り返すうちに、戦いの中でしか自分の存在意義を見出せなくなってしまう。

 戦いのみを渇望して、血肉躍る戦いを追い求めるようになる。

 だけどその頃には対等に戦える相手がいなくなっていた。烈剣王は更なる戦いを求めて歩く。

 王族は烈剣王を討伐対象とみなして彼を追い立てたけど、すでに軍隊すら相手にならない。

 当時、大陸内でも最強と呼ばれていた騎士団すら太刀打ちできず、烈剣王はかすかに残る自我の中で考えた。

 なぜこうなってしまったのか。答えを出した時、刃は王族の喉元に迫る。そしてたった一人の男に国が滅ぼされた。

 戦いに身を投じるうちに人を捨ててしまった烈剣王は今や立派な魔物だ。

 術騎隊の人達は烈剣王の登場に息をのんでいる。


「なんだよ、あれ……。化け物が現れたぞ」

「不気味だな。だけど、あいつが持ってるのは剣だ。魔術は使えなそうだな」

「フンッ! だったら怖いことはない!」


 好き勝手なことを言ってる雑兵は無視して、私は烈剣王とディハルトさんのほうを向いた。


「烈剣王、そこのディハルトさんにあなたの戦いを見せてあげてほしい」

「構わぬ。あそこの者達を斬ればよいのか?」

「そう。あなたは魔術を使えないけど当時は最強と呼ばれていた。だからディハルトさんにとっても、いい刺激になると思う」

「ディハルト……。そこの男か。なかなかいい目をしている」


 烈剣王を魔物にしたのは当時の王族や国民だ。烈剣王の強さに甘えて、自分達は何もしない。

 自分達は安全なところにいて、守ってもらうのが当然だと思っている。

 自分の身を自分で守ろうとしないから、代わりに烈剣王が戦うしかない。弱い国民は烈剣王に自分達の戦いを代行させていた。

 その事実に感謝しなかった人達が烈剣王という悲しい英雄を生み出してしまったと思っている。

 生涯、剣を手放さずに戦い続けたという烈剣王を見てディハルトが何かを感じてくれたらいいんだけど。


「あなたは……」

「我が名は烈剣王と呼ばれた者だ。若き騎士よ。剣は決して弱くない。魔術に勝るとも劣らん」

「烈、剣王? 古代ソギリア王国最強の英雄と称えられた……」

「人間の成れの果てだ」


 烈剣王が構えると術騎隊の人達が一人、二人と戦いを挑んだ。二人の胴体が真っ二つになり、更に千切りみたいに輪切りになる。

 輪になった体が更に肉片になってほぼ消し飛んで、血しぶきが術騎隊に向けて飛ぶ。


「あ? は?」

「消えた?」

「血だ、殺され、た……?」


 これは魔術でも何でもない。剣を極めた烈剣王の一振りだ。間合いに入れば一振りで並みの生物なら死体すら残らない。

 これが定義上、魔術じゃない。初めて戦った時は私も今の二人と同じ末路を辿ったのを思い出した。

 極めた剣は魔術と区別がつかないなんて、フェリルの言葉だ。


「速すぎて……見えなかった……」

「ディハルトさん。あれが世界最強の剣士だよ。よく見て」


 少し遅れて烈剣王の異常性に気づいた術騎隊の人達が叫んだ。逃げるかなと思ったけど、また目を血走らせて烈剣王に襲いかかる。

 様々な人工魔術を繰り出しては炎だろうが雷だろうが、剣で斬られてしまう。極めた剣術は不定形すら斬る。更にその勢いで十数人が塵になった。

 烈剣王は片手に一本ずつ剣を持って無双した。一振りで魔術ごとかき消された上に、その先にいる兵隊まで消し飛ぶんだから勝負にすらならない。まさに蹂躙だ。


「うぉぉぉぉッ! ぬるいッ! 己の命に対する答えがそれかッ!」

「ああぁぁ! うわぁぁぁ!」

「弱くとも散り際まで堂々と立て! 下らんッ!」

「も、もう無理だぁぁッ!」

「笑止ッ!」


 一分も絶たずに千人以上はいた兵隊が残りわずかだ。パラパラと逃げ出す人達が後ろから斬り消される。

 膝をついて命乞いをした人も関係ない。血しぶきになるだけだ。


「ディ、ディハルト隊長! 助けてください!」

「俺達が悪かったです! 反省します!」

「魔術師様! 魔術師様ァ!」


 術騎隊が私達に向けて何か叫び散らかしている。無様、哀れ。もう視界にすら入れたくない。

 情けない断末魔を上げた人達も地面にべっとりと血を残して消えた。残りは数人、烈剣王の前にへたり込んでいる。


「あっ、あっ……やめて、ください……」

「怖いよぉ、やだぁ……」


 烈剣王が数人の前に行くと兵隊が子どもみたいに縮こまっている。

 今まで大人しかったリトラちゃんが烈剣王の隣に来て兜を砕いた後、拳を顔面に入れた。


「ぶぎゅっ!」

「下衆どもが。貴様らはもうこの地上で息をするな。これでは何度滅ぼしても足りんぞ」


 頭が変な方向にねじれた騎士が転がった。死体の近くにいた騎士が這いつくばりながら逃げ始める。

 リトラちゃんが大きく息を吸い込んだ後、ブレスを吐いた。ジュッという音と共に残った騎士は全滅した。


「下らん連中に下らん力を与えおって。どこの愚者だ」


 リトラちゃんが憤るように、人工魔術式なんて与えられなければこうはならなかったかもしれない。

 すっかり静かになった平原で私は大きく背伸びをした。


「これで王国は懲りてくれるかな? ん?」


 烈剣王とディハルトが向き合っていた。ディハルトは烈剣王を見て何を思ったかな?

 剣の可能性を見出してくれたらいいけど、考えてみたらこれであの人は王国に戻れなくなった。

 何せ部下が全滅した上に任務は失敗だからね。剣どころじゃないか。


「烈剣王……いえ、英雄ランティス。あなたの戦い様、見せていただきました」

「久しく忘れていた私のかつての名か。よくぞ知っていたものだ」

「あなたを目の当たりにしなければ命が助かっても、私は折れていたかもしれません。そうなればこれまでの人生に意味などなくなります」

「若き騎士よ。剣に……戦いに意味などない。どう取り繕おうと殺戮でしかない。しかし、生きる意味は捨てるな。さもなくば私のようになる」


 ふわっとした言葉でのやり取りだけど、二人は互いの目を見て話している。

 私にはわからないけど、剣の道を歩む人達の間で通じ合う何かがあるのかもしれない。


「生きる意味……」

「何のために生きる?」

「それは……」

「なければ見つけろ。戦いのために生きるな。生きるために戦え」


 ディハルトが烈剣王の目を見たまま冷たい鎧に手を当てた。

 生きるために戦え。それが戦い以外に何も見えなくなった烈剣王の言葉だ。

 ズドック工業だってそうだ。働くために生きているんじゃない。生きるために働くんだ。

 それがわからなければ心が死ぬ。自分すらもわからなくなる。ディハルトが烈剣王に跪いた。


「お言葉、深くこの身に刻みます」


 ディハルトの目から涙がこぼれ落ちた。私がしてあげられるのはここまでだ。

 後はこの人の人生、できれば後悔がないように生きてほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る