第26話 工場見学に来ました 3
リトラちゃんの登場によってデルマン達がぽっかりと口を開けていた。
いきなり木箱の陰から角を生やした幼女が現れたんだから当然だよね。そしてよせばいいのに、背中の鞘から剣を抜いて突きつける。
「下郎どもが。貴様らの魔王にも劣る所業は見てられん」
「おい、あれ誰のガキや?」
「む? 何を言う。我は」
「連れ出します」
リトラちゃんがデルマンのお付きの魔術師に抱えられて階段の上まで運ばれていった。
それから魔術師が戻ってきて、キッと私達を睨む。メリハリ良すぎでしょ。
「まさか侵入者がいたとはな。驚くべきは魔力をまったく感じられんところだ。何者だ?」
「さっきの角を生やした幼女のほうがよっぽど奇々怪々でしょ」
「おのれぇーーー!」
角を生やした幼女が戻ってきた。階段の柵からジャンプして着地、改めて剣を構えた。またその下りをやるの?
「下郎どもが。貴様らの魔王にも劣る所業は見てられん」
「はい、やり直さなくていいからね」
「アリエッタ。こやつらは我が処分する。見ておれ……はぁぁぁぁッ!」
「あ、ちょっと!」
リトラちゃんが剣をもって突進した。だけどバランスを崩して盛大に転んでしまう。どうして剣を持つとポンコツに成り下がる。
敵に辿りつくことなく床にへばりついたように倒れたリトラちゃんを全員が見下ろしていた。どうしよう。すごく恥ずかしい。今度は私がリトラちゃんを抱えて引き戻した。
「……なんや? おのれら、何がしたいん?」
「今のは無視していいよ。私はアリエッタ、あなた達が躍起になって探していた魔術師だよ」
「はぁ? なんや、お前なんぞ……。ん、もしかしてアレか? 例の錬金術師のツレか!」
「そうそう。来てあげたよ」
ようやくデルマンの表情が強張る。同時に護衛の魔術師がデルマンを庇うようにして立った。
ヒエロとかいうペイント男も鞭を構えて、床にピシャリと打ち付ける。
あのヒエロから魔力を感じられるから魔術師だ。ディムと同じくらいの魔力だけど、ヒエロのほうが強いんだろうな。
どんな魔術を使うんだろう? 二回目の襲撃の時以来、私は魔術師の魔術というものに興味を持った。
単調な魔術なら興味もないけど、私を襲撃してきた三人みたいなものなら少し見てみたい。
それと比べて野営地でテントを張っていた人達はつまらなかったなぁ。炎だの氷だの放ってきたから、適当に全滅させた。
すっかり忘れていたけど私には転移の魔術式が刻まれている。だったらあの人達にだって何かあるはずだ。
「どうやって忍び込んだのか知らんが好都合や! ヒエロ! ハロウ! 奴を殺すんや!」
「御意」
「アンソニー様へのお食事としてご提供しますよ。ハロウ様はお下がりください。お手を患わせるまでもありません」
ヒエロが挑発するかのように鞭を軽く振るう。武器を持つのは魔術師にしては珍しいかも?
あの鞭は魔力を帯びているし、色々と特別なことが出来そうだ。
「ヴァイパーウィップ!」
ヒエロの鞭が蛇のようにしなって、いくつもの残像を作りながら壁や床を打つ。
うわ、つまらなっ! これだけ? 単調だし、転移を使うまでもなく回避余裕だ。と、思ったら耳が少しキーンとする。
「私の魔術式はただの打撃じゃない! 鞭が打つ音がお前の聴覚に届いて感覚を狂わせる! いつまでかわしつづけられるかなぁ!」
満遍なく鞭で攻撃しつつも、相手の感覚を狂わせていく。
一見してすごそうだけど、これに惑わされるような魔術師なんているのかな?
魔力感知さえしっかりしていれば、惑わされることなんてない。鞭が魔力を帯びているんだから、わざわざ攻撃してくる方向を教えてくれているようなものだ。
やるとしたら、もっと魔力をしっかりとコントロールして鞭にそれを集中させないこと。
攻撃に力を入れているせいで、ただうるさいだけの攻撃になっちゃっている。
私なら魔力を散らしつつ、もっと動き回るけどな。魔力感知を頼りにしている相手を逆手に取ったりとかさ。
もういいや。打転移で神剛の宝玉を鞭に当てて、弾いてやった。弾かれた鞭は不幸にもヒエロに直撃。
「づあぁぁッ!」
鞭の打撃を受けて、ヒエロの派手な服が縦に破れている。同時に汚いものが露になったから、牢の奥に転移させてやった。
「い、痛いィ……おのれ、よくも……? ア、アンソニー様! や、やめ、やめてくださぁぎゃあぁぁぁぁぁッ!」
ヒエロはアンソニーに頭から齧られてバリバリと食べられてしまった。惨い。
あの人、飼育課の課長じゃなかったの? まったくなついてないじゃん。
「な、何が起こったんや! ヒエロがなんで牢に!」
「デルマンさん。お話、いいかな?」
と、思ったところで護衛の魔術師をやっているハロウが立ちはだかる。
ローブを脱ぎ捨てたと思ったら筋肉が肥大化した。上着がパツパツになって出来上がったのは筋肉怪人。
これは魔力強化? それにしては行き過ぎのような。
「ブースト」
ハロウの突進はなかなか速い。パンチ、蹴り、突進。天獄の魔宮の三層で戦ったブラストオーガと同じくらいだ。
拳を振れば風圧だけで木箱が飛んで砕けた。しかもそれだけじゃない。同時に私の動きが鈍くなっていた。転移で回避したけど、この脱力感もハロウの仕業か。
「なかなか逃げ回る……」
「自分を強化するだけじゃなく、目についたものの運動エネルギーを弱体化させる。それがあなたの魔術式だね」
「ほう、初見でそこまで見抜くとは。正確にはパワーの逆転だ。俺は元々虚弱体質でな。生まれつき筋力が極端に低く、自力で歩くのも難しかった」
ハロウが拳をグッと握りしめる。リトラちゃんはすっかり冷めたのか、後ろでラキ達と戯れていた。
「そんな俺を周囲はからかったが刻まれた魔術式がわかった時が転機だった。虚弱体質の逆……つまり究極の肉体にまで高められる。同時に敵と体の状態を反転させられるのだ」
「今は私が虚弱体質になってるんだね。普段は魔力強化のおかげで適度に歩けているってことか。あなたはかなりの使い手だよ」
「煽てても生かして帰す気はない。俺を雇ってくれたデルマン社長へ危害を加えるなら全力で排除するまでよ」
「じゃあ、かかっておいで」
ハロウが再び殴りかかってきた。神剛の鉄球をハロウの拳に打転移でぶつけてやると血を吹き出す。
「ぐああぁぁぁッ!」
「もう一回」
今度は膝に転移させて打転移。膝が転移した神剛の鉄球に弾き出された。
足が折れたハロウは立てなくなったけど、片足に力を入れてまたリベンジしてくる。
今度は真正面に神剛の鉄球を打転移させると、ハロウが顔面ごと衝突して吹っ飛んでいった。
「ぐぉぉッ!」
ハロウが壁に激突してからずるずると床に倒れ落ちる。
瞬殺してもよかったけど、過去の境遇に少しだけ同情してしまった。なぜなのかは自分でもわからない。500年前の私が関係しているのかな?
ピクピクと痙攣して動かないハロウに唖然としていたデルマンだけど、ようやく状況を認識した。
「ハ、ハロウ! しっかりやれやぁッ!」
デルマンが吹っ飛んでいったハロウの下へ駆け寄って何をするかと思いきや。蹴りを入れてひたすら罵声を浴びせた。
「何しとんねん! あんな訳わからんもんに負けるとか恥やで! いくらお前に給料を払っとると思ってんねん!」
「も、申し訳、ありま、せん……。あの少女は……次元が、違います……。あの魔術式は、まさか……」
「下らん言い訳すなやぁッ!」
「ぐっ……」
弱ったせいで魔力強化も解けているから、デルマンの蹴りでも痛手みたいだ。
好き放題やっているデルマンの下へ私が近づく。気づいたデルマンがぎょっとした。
おぼつかない足元で懐から鍵を取り出すと、牢のほうへ向かっていく。
「け、けったいなガキやで! お前なんぞアンソニーちゃんの餌や! ほな! アンソニーちゃん! 出ろや!」
デルマンがアンソニーの牢を開けた。ギギギと音を立てて牢が扉のように開いて、アンソニーが堂々と出てくる。
三つもある頭が私を向いて、威嚇するように唸った。合計六つの目が私を捉えて、完全に臨戦態勢だ。
「ゲハハハハ! アンソニーちゃんは魔王の門番と呼ばれとる魔獣ケルベロス! 捕獲するのにえらい金をかけたんやで! ガキ! お前はもうお終いや!」
「グルルルル……」
「ズドック工業に歯向かった奴らは皆、アンソニーちゃんが食い殺した! まさに番犬やで! さぁ、アンソニーちゃん! あいつを食い殺すんや!」
「きゅうん……」
「あ?」
アンソニーがガタガタと震えている。その目線の先にはセイがいた。子犬みたいなサイズのセイに、魔獣ケルベロスが牽制されている。
「ガウッ!」
「きゃいんっ!」
アンソニーが一瞬でお座りしてしまった。セイがトコトコと近づいて、そして元の姿に戻る。
ケルベロスより一回りも大きくて、まるで親子のように見えるほどだ。セイがケルベロスを見下ろして、完全に怯えさせている。
「ガルルルルル……!」
「きゅうん……」
戦うまでもなかった。魔王の番犬だか知らないけど、魔王を殺したガルムとは格が違う。
野生の勘というべきか、そういうものは人間より優れているんだと思う。勝てない相手とは戦わず、従う。考えてみたらラキやセイ、オウも同じだったかな。
「は、はぁ? なにが、何が起こっとんねん……」
デルマンが尻餅をついて事の成り行きを見ていた。
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