第23話 あうぅ! ひあぁ!

「ボ、ボ、ボルフラント課長……。て、てて、て、撤退を、提案、し、します……」


 アリエッタの監視を命じられた三人のうち一人が、森の中にあるズドック工業術戦課の野営地に帰還した。

 ボルフラントはテントの中で読んでいた本を閉じて、部下の報告に耳を傾ける。

 術戦課。本来はズドック工業の警備が主な業務であるが、部内には有事の際に動くエリート部隊があった。

 特殺部隊。その戦力は王国軍の四星率いる部隊と比較しても遜色ないと言われており、選ばれた魔術師には特権がある。

 王国から与えられたその特権は、自己判断によって殺害を行ってもいいというものだ。

 多少の間違いによる殺害であれば国によって揉み消されて、法による裁きを受けずに済む。

 本来であれば無法者集団となってもおかしくない。しかしそれほどの特権と責務を与えられただけあって、全員がズドック工業を主として考えて行動している。

 つまり快楽殺人のようなことにはならない。ズドック工業は名誉ある国の柱。そんな忠誠心一つで、彼らは動く。


「君ィ、少し匂うね?」

「あ、いえ……。これは……」

「まさか敵前で失禁したのではないか?」

「ボルフラント課長! 今すぐに部隊を引き上げましょう! 敵は化け物です! ボアックとリハセーンが一瞬で殺されました!」

「ほう、あの二人がねぇ」


 ボルフラントは殺された二人を評価している。これまでも隠密任務を任せており、失敗したことなど一度もない。

 魔力を極限まで抑える術を身に着けているので、見つかったことなど一度もなかった。

 生き残ったチャルブにしても、奇襲性能は特殺部隊の中でも群を抜いている。制限はあるものの、多数が相手でも大雨のように鉄球を降らせることも可能だ。ボルフラントは額を押さえた。


「それで敵の魔術式は解析できたのかね?」

「それが……俺達の魔術もかき消されて……気が付いたら返されてました……。それといきなり目の前から消えたこともあって、何がなんだか……」

「ふむ、領域型の魔術式かもしれんな」

「それと、こちらを……」


 チャルブはボルフラントに、アリエッタから渡された紙を差し出した。

 ディム率いる魔術師部隊に続いて、監視していた三人のうち二人を殺したこと。

 ディム達、三人共に魔力の制御が下手ということ。自分に奇襲を成功させるなら、魔力をゼロにしなければいけないこと。

 その他、死んだ二人を含めたチャルブ達の不備が書かれていた。ボルフラントは手に力が入り、持っていた紙を握りしめる。


「どこの……どこの魔術師だというのかね!」

「町では、ア、アリエッタと呼ばれてました……。それと猫とか犬とか鳥とか連れて……」

「聞いたことない魔術師だね! 名のある魔術師なら私の耳に入らないはずはない! チャルブッ!」

「ひっ!」

「栄えあるズドック工業はこれからも王国の支柱だね! お前にはその自覚が足りないから、屈して逃げ帰ってきた! 違うかね、君ィ!」


 ボルフラントに指されて、チャルブは怖気づく。いつもならば威勢よく返事をするのだが、チャルブの精神はもう限界だった。頭をかきむしってうずくまってしまう。


「もう嫌だァ! 俺は助かりたいんだ! ボルフラント課長! もう付き合いきれない! 俺はここを辞める!」

「な、何を言い出すのかね!」

「あんたはあの化け物を見てないから、そんなことが言えるんだ! ウソだと思うなら、見てくればいいじゃないか!」

「き、君ィ……!」

「ズドック工業に入社して二十年! 誇りをもって会社のために身を粉にして務めてきたけど、何の意味もない! わかったんだよ! 単なる命知らずの集まりだってことがな!」


 これまで上司に一切反抗しなかったチャルブの気迫に、ボルフラントは気圧される。しかしすぐに睨み返してチャルブを殴り倒した。


「もういい! 君はクビだ! このことは本社にも連絡しておくから覚悟しておくんだね!」

「今まで、お世話になりました……」

「残った者達の中に腰抜けはいないね! 今からでも町を包囲する! 場合によっては焼き討ちだね! 我々にはその権限が与えられている!」

「あ、あ……」


 テントの出入口を見てチャルブが怯えている。そこにいたのがアリエッタだからだ。

 場に似つかわしくない清楚なドレスを着て、アリエッタは笑顔で頭を下げて挨拶をした。ボルフラントは大声を出した時に開けた口のまま固まっている。


「こんにちは。ボルフラント課長、会話はずっと聞いてたよ」

「き、貴様! いつの間に! 外にいた連中は何をしてる!」

「全員、永遠に寝てもらったよ。確かめてみる?」

「ハッ!?」


 ボルフラントは誰の魔力も感知できなかった。ここにいるのは自分とチャルブのみ、そしてかすかに漂う死臭。

 ボルフラントはアリエッタの存在が理解できなかった。なぜここに辿りつけたのか。死臭も相まってボルフラントは混乱した。


「寝ているだと?」

「じゃあ、確認してみて」


 テントの側面が突如、切り裂かれた。ラキの爪によって、はらりと落ちて外の風景が見えるようになる。

 ボルフラントは辺りに広がっている死体を目の当たりにした。なぜ、いつの間に。悲鳴一つ聞こえなかったのに。

 名立たる特殺部隊の死体が丸型にくり抜かれている。総勢四十人はいた彼らが物言わぬ死体となった事実に、ボルフラントは喉がかすれて声が出ない。


「も、も、もう、もぉ嫌だァァーーーーーー!」


 惨状に耐え切れなくなったチャルブが逃げ出す。当然、アリエッタは転移でこれを引き寄せる。

 いくら走っても逃げられない状況にチャブルはついに地面に膝をついて謝った。


「助けてください! もう絶対にあなた達には手を出しません! ズドック工業も辞めます!」

「うんうん。最初からそう姿勢なら犠牲は出なかったよ。で、そっちの偉い人はどうなの?」

「う、う、お、おの、れぇ……!」


 ボルフラントは恐怖に打ち勝とうとしている。王立魔術学院を主席で卒業して、何度も王国正規軍入りを教師達から勧められた。

 迷うほど将来の選択肢があり、黙っていても女が言い寄る。連日のように飲み歩いて、気に入らない就職先であれば即辞める。

 王様にでもなったかのような気分でこれまで人生を歩いてきた。大した努力などしていない。

 この世は魔術式でほぼ決まると考えていて、ボルフラント自身にもそれは刻まれた。


「この、小娘がッ!」


 ボルフラントが両手で印を結ぶと、地面に巨大な魔法陣が描かれる。魔法陣の端から無数の雷が天に昇り、牢の鉄格子にように周囲から閉ざす。

 魔術式『魔撃牢』、展開した魔法陣内において秒ごとに敵の魔力をすり削る。削られた魔力は対象者の攻撃へと変換されて、雷となって襲う。

 対象の魔力が高いほど効果は絶大であり、ボルフラントはこの魔術式のおかげで一度も敗北したことがなかった。

 ボルフラントが感知したアリエッタの魔力は凡であったものの、例外ではない。雷撃がアリエッタを襲った。


「魔撃牢を展開して一分と生き残った者はいない! 雷は光の速度と同等であり、攻撃手段としてもっとも最適なのだ!」


 冷や汗をかいたものの、ボルフラントは勝利を確信していた。

 ただしそれもほんの一瞬だけで、アリエッタめがけて放たれた雷がすべて明後日の方向へと拡散されてしまっている。

 まるで見えない何かに反射されているような光景に、ボルフラントは開いた口が塞がらなかった。


「で?」


 ボルフラントは何も言えなかった。次の瞬間、彼は頭を残して消失する。

 ボルフラントの死亡により、展開していた魔法陣が少しずつ薄くなった。雷も弱まり、最後にピリリと情けない音を残して消える。

 残った頭をアリエッタが回収して、布に包んでからチャルブに渡そうとした。


「これを持ってズドック工業まで行ける?」

「あうぅ! ひあぁ!」

「ダメか……」


 正気を失ったチャルブを残して、アリエッタは自分でやると決めた。テント内にあった地図からズドック工業の位置を割り出して転移する。

 アリエッタの計画の第二段階もいよいよ大詰めで、第三段階に突入しようとしていた。

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