第6話 つかの間のデート

 舞踏会から帰ってきた翌日。

 その日は商品がなくなってしまったこともあり、生花以外は販売が出来なかった。

 

 サラから言われて、店に出ないで、離れで蒸留装置を使いながら香水を作っていた。

 花びらを集めているエリンは、横で座って作業をしている。

 

 「姫様。アーサー様に見つかってしまいましたし、よくご相談のうえで今後のことは考えた方が良いのではありませんか?」

 サラの言うとおりだということはわかっている。

 

 ただ、短期間で商品が思う以上に売れているのはありがたいし、この国で伯爵家の商売が軌道に乗りかけている。

 王室でも販売のめどがたった。素晴らしい成果である。

 

 だが……。それと引き換えにして、自分の素性がばれて、バージニア皇太子の興味をひいてしまった。

 アーサーの縁談もこちらにくればそういうことになるのはわかっていたのに、知ればあせってしまう。


 ヒヒーン……ロンの鳴き声がした。「ロゼリア来て」ロンの心話が聞こえてきた。

 エリンと一緒に馬小屋へ行くと、小屋の前にアーサーとキースがいた。

 ノエルを連れている。キースも自分の馬を引いている。


 「アーサー様。どうされたのですか」

 

 「ロゼリア、昨日はお疲れ様。エリン久しぶりだね。キースも会いたがっていたよ。な、キース」

 エリンとキースは急に話を振られて、二人して真っ赤になっている。

 

 ロゼリアはクスっと笑いながら答えた。

 「そうですね。エリンもとっても会いたがっておりました」

 

 「そんなことはありません!」

 2人は口をそろえて答えた。

 アーサーとロゼリアは目を合わせて笑い出した。


 「今日は、舞踏会明けだから訓練が休みになった。君を誘いに来た。バージニアの丘にいかないか、ロゼリア」

 「行きたいです。でも、商品を作らなくてはいけないのです」


 「お嬢様。私がやっておきますよ。アーサー様とせっかくですからお出かけください。店に出なくても良いのですし」

 「そうか。エリン1人では大変だろうから、キースを手伝いに残すとしよう」


 「殿下、お一人では危ないです」

 「何を言っている?危ないところには行かないし、夕暮れまでには戻る。少し二人にしてくれ。全く気が利かない侍従だ」

 「殿下、何を言っているのですか」キースは大声を出してしまった。

 

 「エリン、何かあればロンを帰します。頼むわね」

 エリンは、守護動物であるロンとロゼリアとの関係も分かっていたので、すぐにうなずいた。

 

 「見ろ、キース。エリンはとても気が利くぞ。お前もエリンと二人にしてやるんだから感謝しろ」

 「殿下。わかりましたよ、絶対に遠くへ行かず、周囲への注意は怠らないでください。何かあれば笛を鳴らしてください」


 ロンに鞍をつけ、アーサーと一緒に馬を引きながら裏山へ上った。

 「ここから林を横切って走ると丘が見えてくる。ロゼリアなら少し林道でも大丈夫だな」

 

 ロゼリアの乗馬技術を知っているアーサーは彼女を見ながらにっこりと笑った。

 昨日と違い、落ち着いた普段通りのアーサーに戻っていた。

 二人は馬に乗り、駆け出していった。


 バージニアの丘は、エセンの丘よりも標高は低くなだらかだが、広い。風も穏やかだ。2人で馬を木に繋ぎ、腰を下ろした。


 アーサー様、怒ってない?

 昨日から、アーサーになんと説明しようと悩み続けていたが、ここに来るまで特段話をせずとも、昔の雰囲気に戻れたような気がして少し安心した。


 「ロゼリア……、私に会うためこの国へ来たのか?」

 「そうです。申し上げず勝手についてきてすみませんでした。遠くから、殿下を拝見できればそれで良かったのです」

 

 「驚いたよ。変な眼鏡までかけて。ほんとに声を出してしまいそうだった」

 「……す、すみませんでした」

 

 それを言うなら私だってビックリしたわ。あんなに早く城下へいらっしゃって顔を合わすとは思ってなかった。

 アーサーの横顔は笑っていたが、急にこちらを向いて真面目な顔になった。

 

 「今、昨日会ったシルヴィア王女との縁談がある。国を出る時に話したが、俺は我が国の武力を貸すことで、同盟を結びたいと思っている。その武力には私の魔力も含まれる。君は少し魔力について、知っているだろう」

 「はい」

 

 アーサーの魔力は、防御、結界など自分を守るものがあるのは知っている。エセンの王族には資質があり、幼少期から魔導師に訓練を受けたものは出来るようになる。

 彼も私と会う時に結界を張っていたので、私達の関係を知るものは少ないのだ。


 「私しか持たない魔術がある。予知と転移。予知は、前触れなく夢に現れる。それだと気づいてからは、夢を見たあと行動をしてきた。転移は近くにいるものを移動させる。500人くらいなら可能だ。バージニアには魔術がない。この秘密を話すと利用されるから我が国では話していなかった。だが、私達とうまくやっていく気があれば同盟の条件にも出来る。今のバージニアは隣国から攻め込まれる危険がある。エネルギーを狙っているのだ。皇太子は歳も近く、しっかりしている。今後婚姻ではなく、武力や魔術を与えることで、私達世代の統治下では同盟を締結したい」


 「アーサー様。そのような大事を私に話してしまわれて良いのですか」


 「話さないと、自分で何かしようとするだろう。私に会うためだけにバージニアに来るはずがない。ロゼリア、君は俺が、君のどこに惚れてるかわかってないようだな。君の先を見据えた行動力も美しい容姿と同じくらいの魅力なんだぞ」

 手をぎゅっと握られて、こんなことを言われるなんて、まるでプロポーズみたい。恥ずかしくて、目を合わせていられない。

 

 「……で、君は何を企んでる?」

 さすがだわ、見破られてる。

 

 「私は、交易独占を条件に婚姻による同盟を無くしてもらうのが最終目標です。商品を優先的にバージニアに下ろすこと、いずれはこちらに蒸留技術を教えること、我が公爵家の馬を輸出することなどを条件にします」

 我が公爵家では、馬を育てている。王室にももちろん出している。これは、私の力も利用している。馬の制御はロンを通じて行うので、間違いはない。また、長年の知識もある。血筋もある。実はお祖母様も馬が守護動物だったのだ。

 

 「なるほどな……、さすが、ロゼリア。私を渡すつもりはさらさらなかったんだな」

 うれしそうに輝く笑顔で私を見つめ、手を引かれ胸に抱き込まれた。カモミールの香りに包まれて、うっとりすると、顎を掴まれ、キスされた。唇が首元、胸元に移り、昨日のキスマークにまた上からキスされた。


 「我々の計画が進む前に、お互い障害が出来た。それをなんとかしないとな。君の場合は、皇太子に他国の姫との縁談を先に進めさせるしかない」

 「でも、どうやって……」


 「謁見式の際に、剣術試合もある。隣国の姫も来るらしい。皇太子が模範試合をするからな。私に考えがある」

 「それは、そうとして、殿下がシルヴィア様と……その方が先かもしれません。私も王妃様から王様にご紹介頂いたので交易について話してみます」


 「その件は、私同席でエセンの父王に話して書簡をもらったほうが話しやすい。任せてくれないか」

 そう言われればその通り。伯爵令嬢が勝手に交易できない。頭に血が昇り大事なことを忘れてたわ。

 

 日が翳ってきたので、戻ることにした。別れ際、抱きしめられた。

 「皇太子に笑いかけるなよ。この印が消える前にまた連絡する」胸元を撫でながら囁かれた。


 私は、アーサーの言っていたことが気になってしまって、ここ数日落ち着かなかった。

 

 それに比べ、エリンはとっても元気だった。

 何しろ、遠乗りに行っていた間は、キースと二人きりで楽しかったようだ。

 

 「で、キースとは両思いになったのかしら?」

 「お嬢様ったら、またその話ですか?」


 赤く上気した頬で恥ずかしそうに話すエリン。だって、手を握られたとか言ってたのは聞いたのよ。

 その後、サラに呼ばれてうやむやになってしまった。

 

 「模範試合に参加するっていってました。良かったら、その、お嬢様と一緒に見学へ来られるといいなと言われて……」

 なるほどね。だから、花束を優勝者に渡しましょうとかサラに言ってたのね。全くもう。こういうときはすごい行動力。

 

 ま、人のことは言えませんけど。私もどうしたら謁見式に潜り込めるかずっと考えていた。

 王妃様へ謁見式に商品をプレゼントに行くとか。


 でも、そんな企みは必要なくなったのである。なんと、式に招待されてしまった。

 それもどうしてなのかよくわからないけど、皇太子から見に来てほしいという連絡が三日前にあった。

 

 とりあえず、王族の方からのご招待は断れる立場ではないので、伺う旨お返事した。だから、エリンも行けるというわけだ。

 手ぶらでいくのは気が引けるので、エリンの考え通り、花束をいくつか作り、お持ちする予定で準備をした。

 

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