第3話 城への招待
「キース、すぐに調べてくれ」
アーサーは、城へ戻るとロゼリアについての調査を頼んだ。
全くどういうことなんだ。なぜ、ロゼリアがここにいる。そして、なぜ町娘になっている。貴族なのに、どういうことなんだ。
イライラとアーサーは考えながら、部屋をぐるぐると回っていた。
「ロゼリア様のことですから、何かするのではないかと思っていました。殿下がこちらに来るというときも、物わかりよくあまりこじれませんでしたよね」
キースは、そういいながらエリンも自分に対してそうだったと回想していた。
「はー。ロゼリアの突拍子もないところは長所であり短所でもある。それより心配は……」
「わかっております。皇太子様がロゼリア様へ興味を持っているということですよね、殿下」
「あんな格好をしてごまかしても、僕らにはすぐに分かる。彼女が美しく、町娘ではないということが。……だから待っていてくれと言ったのに」
アーサーは、皇太子がロゼリアの手を握っているのを目の当たりにし、嫉妬すると同時にいやな予感を抱えていた。
その頃、皇太子は母である王妃にロゼリアが選んだ香水をプレゼントしていた。
「まあ、素晴らしい香りだわ。私の作っているバラにこういう香りのものがあります。花の時期しかこの香りは楽しめないから季節が終わると寂しかったけど、これがあればいつでもこの香りをまとうことができるわ」
「母上に喜んでいただいて私もうれしいです。実は、それを選んでくれた花屋の娘がとても美しく、所作も貴族の娘のようなのです」
皇太子は身を乗り出して、王妃に話し出した。
「たくさんの化粧品なども彼女が作っているようです。エセン出身のようでした。一度、素性を調べて問題なければ登城させ、母上にそのほかの商品もお見せしたいと思います」
「……ふふふ。お前がそんなに前のめりになって女性のはなしをするのは久しぶりね。よほど美しい娘なのね。いいでしょう。この香水を作ったというのでしたら、私とも趣味が合うはず。是非一度、城に招いてちょうだい」
王妃は、大きな羽の付いている団扇をゆったりと口元に近づけ、にっこりしながら皇太子に返事をした。
……ハックション。あれ、誰か私の噂しているのかしら……。
「ロゼリア様、大丈夫ですか?お風邪でもひかれてしまいましたか?」
エリンは、大きなくしゃみをして涙目のロゼリアに尋ねた。秋に入り、夜が涼しくなってきている。
「まさか、アーサー様にすぐにばれてしまうなんて。こんなはずじゃなかったのに」
ロゼリアはエリンと向かい合わせでベッドに腰掛けながら話した。
「そうですねえ。私はちょうど昼休憩でキース様にお会いできず、がっかりですけど」
「キースは相変わらず元気そうだったわよ。大丈夫よ、そのうち会えるわ。私がいるとばれた以上、アーサー様が何もしないとは思えないしね。問題は……」
「問題は、何ですか?」
キースに会えるかもとウキウキしたエリンが、頭を傾けてかわいい顔をしながら聞いてきた。
それはね……皇太子様が私の手を握ったことよ、とはエリンにはさすがに言えなかった。
ロゼリアにも多少社交界での経験がある。皇太子が自分を見る目の色は、色気をにじませるものだった。
警戒心を抱かずにはいれない。この先、何が起きるか分からないと思いながら眠りに就いた。
キースは翌日、エセンへ使者をやり、サミュエル伯爵家を探るよう指示をした。
そして、1週間後の返事を見て、ようやく納得した。
「アーサー様、ロゼリア様の件、わかりました」
「どうだった?」
「驚くべきことに、殿下が出立した日にすぐに後を追ってエセンを出立していました。かなり前から計画していたようで」
「……やはりそうか。何をする気なんだ?」
「表向きは商いをバージニアでも広げて、サミュエル伯爵家のために財産を作ることのようです。ですが、何も姫がすることではないですよね。アーサー様を追いかけたいという気持ちからでしょう」
「伯爵もよく許したものだ。不安ではなかったのだろうか。私にも何も言っていなかった。あきれた親子だ」
「あそこは元々、伯爵家で花を卸していた店でした。古くから付き合いもあり、素性もよく分かっていたようです。新しい商品も研究をしていたこともあり、販売に向けて準備は前からしていたのでしょう。たいした姫様ですね。近衛の訓練が終わったときに城下へ降りて、店をのぞいてきます。エリンもいると思いますので」
キースはうれしそうにニヤニヤ笑っている。どうせ、エリンにこの間会えなかったから会いたいだけだとアーサーには分かっていたが、エリンからロゼリアについて事情を聞いてもらうのが一番だと思い直した。
その翌日。
皇太子の執務室にはピアースが報告に来ていた。
「あの花屋の店の娘ですが、ロゼリアという名で、エセン国のサミュエル伯爵家の姫でした」
「……やはり、な。私の目に狂いはなかったようだな。町娘になりすまし、何をしている?」
「伯爵家ではバラの栽培や商品開発をしており、それを姫が担って我が国へ売りにきたようです」
「それだけか?貴族の娘がすることではない。もしや、エセンのスパイではないのか」
「そういったことはないようです。元々あちらの国でも、商品開発の研究をするなど姫らしくない振る舞いもあったようです」
「変なめがねをかけていたが、あれは変装だろう。美しさが隠しきれてはいなかった。研究をするぐらい聡明なのだろう、すみれ色の澄んだ目と黒髪が忘れられない」
皇太子は彼女を思い出しながら、ふっと笑った。それを見たピアースは皇太子が彼女に心を奪われていることを再認識した。
「殿下、エセンの貴族であるなら、アーサー殿下が知らないというのも不思議な気がします」
「……まあ、そうだな。だが、全部の貴族の娘の顔を覚えているかと言われれば、俺もすべては覚えていない。アーサーも知っていれば、あの場で声をかけて話していてもおかしくはない。黙って見ていただけだったからな」
アーサーは、剣の修行にきたようだが、いずれは自分の妹姫と娶せられる運命だ。
無口で剣を振るうことしかできないタイプに見えるので、皇太子はアーサーを甘く見ていた。
それに対し、ピアースは毎日訓練にくるアーサーを見ていた。
話すときは、言葉を選び相手を立てており、思慮深い性格だということもこの2週間でよく分かっていた。
皇太子は、たまにお忍びで城下におりるが、ロゼリアの姿を見るためだけに変装をして店に来ていた。
今日のロゼリアは先日と違い、めがねをしていない。すぐに美しい姿に目が釘付けになった。
常に店先には男達がたむろしていて、ロゼリアはそれらの客に囲まれていた。
彼女を取り合って男達が大きな声を出している。
皇太子は割って入ると、ロゼリアを背にかばって3人の男達をにらんだ。
「店先で大声を出すものではない。彼女がおびえているのがわからないのか」
「うるせえな、誰だお前。俺たちは、ロゼの親衛隊なんだ。今、ロゼを夕飯に誘ってるところだ、黙ってろ」
「ロゼは行かないといっているではありませんか」エリンが奥から出てきて、かばうように言った。
「ロゼに聞いてるんだよ。別にエリンも一緒に誘ってるんだぜ。2人なら来やすいだろ。俺らは3人だ」
「申し訳ございません。今日は女将の手伝いで商品を作らねばならないのです。エリンも手伝いがあります。ご容赦ください」
ロゼリアが膝を折り、男達に頭を下げた。
「じゃあ、明日また来るからな」3人は名残惜しげに帰って行った。
「皇太子様、お見苦しい所をお目にかけて申し訳ございません。先日はありがとうございました」
ロゼリアは、残った皇太子に向かって淑女の礼をした。
「俺だとわかったのか?」
「はい。以前おいでになった時と同じ花の香りがしております。すぐにわかりました」
皇太子は、ロゼリアに向かって手を差し伸べた。
「ロゼリア伯爵令嬢。あなたを城に招きたい。王妃がこの間の香水を気に入られた。他の商品も見たいそうだ」
ロゼリアは皇太子をじっと見つめ、息をのんだ。今、伯爵令嬢とおっしゃった。どうして。
「エセンの伯爵令嬢であることは、調べた。貴女のその気品と身のこなし、素性を隠せてはいない。すぐに貴族の娘とわかる。眼鏡を取るとまぶしいほどの美しさだ。すぐに街で噂になる。気をつけた方がいい。先ほどの男達だけでなく」
エリンは驚いて、小さな声でロゼリアに話しかけた。
「姫様。どういたしましょう。登城出来るような準備は持ってきておりません」
「エリン、王妃様のお呼びとあればお断りするのは失礼です」
「さすがだな。話が早い。明日にも向かえをよこす。準備を頼む。商品はいくつか持ってきてくれ。貴女はそのまま来てくれて構わない。城内で湯浴みをし、着替えてから謁見してもらう。ドレスなども城にあるので気にしなくて良い。侍女も一緒に」
エリンは皇太子がすぐに自分が侍女であることを見抜き、ロゼリアをスマートに誘う皇太子を驚きながら見ていた。
ロゼリアは大きく息を吐き、顔を上げた。取り繕ったところでどうにもならない。
皇太子の言うとおりに登城するしかないと心を決めた。
「皇太子様。それでは、お言葉に甘えてそちらでお世話になります。侍女のエリンも同行いたします。よろしくお願いします」
礼をしながら花のように微笑んだ。皇太子はその笑顔を見て、うれしそうにうなずいた。
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