創作話

ちゃんぼ

夜中、異様な臭いで目が覚めた。これはなんだろう。火事とか下水とかの類ではないことは分かるが、異様な臭いの正体が分からなかった。体を起こし、臭いのする方へ電気もつけずに真っ暗な廊下を壁をつたいながら向かうことにした。

歩みを進めると臭いの原因であると思われる部屋の前まで辿り着いた。この部屋は両親の寝室だ。

いつもはドアは開いてるのになんで今日は閉まってるのだろう?


私は考えた。両親は部屋を閉めて何かをしてるのか。

もう自分は子供ではないから、ドアを閉めて部屋で夫婦二人ですることなんて想像のつくものではあった。しかし娘として親の性事情なんて考えたくないものだ。50を過ぎた人間も結局は男と女ということなのだろうか、いつまでそんなことしてるのか、なんて頭を抱えながら。おそらく二人も私が寝静まったと思ってのことだ。

若干の不快感を感じながらも今更それを拒絶するような年齢でもない、何も気づいてないふりで自分の部屋に戻ろう。

今ここでドアを開けたらどうなっていたのか、自分の立場になって考えてみたら鳥肌モノだ。物音を立てないように暗い廊下を通り部屋に戻る途中、一つのことに疑問が生じた。


音が一切しなかった。

もう既に私の存在に気づいて、息を飲んでいたのだろうか。だとしたら本当に明日からお互いに顔合わせるの気まずいな、なんて思って少し笑えた。

もしくは事後疲れ果てて寝てしまったか。それならそれで構わないが、私が早起きしたらどうするのか。私もいる家なのだからバレないように緊張感を持って欲しいものである。

いや臭いがキツすぎる。こんな状態じゃまともに寝られそうにない。どんなプレイなんだか、この臭いはどちらかと言うと、血なまぐさいようなそんな臭いだった。ん?血なまぐさい?



すると私は自分の顔が急激に青ざめていくのを感じ、何の躊躇いもなく両親の寝室のドアを開けた。すると足に何かドロっとした液体のようなものが流れたのを感じた。

慌てて寝室の電気をつけると、部屋中が一面紅く染っており、大きなベッドには両親が血だらけで横たわっていた。そんな両親を目の当たりにして、あまりの状況に気が動転し、私は頭が真っ白になりただ叫ぶしかできなかった。息が荒くなり、思考がなされない。私は何をしたらいい、教えてください、と自分しかいない部屋で誰に対してでもなく自分自身にそう言い聞かせていた。


すると、寝室の隅の棚がガタッと音を立てた。


もしかしてこの部屋に私以外に人がいる?

そうしたらまた身体中をヒヤリと鳥肌が走り、考える前に気づいたらその部屋から全速力で逃げていた。そして裸の足で、玄関を開けて家からとにかく遠ざかるべく、走った。


そして何分、何十分走っただろうか。息が切れ、ふと周りを見渡すと自分の知らない街に来ていたことに気づいた。真夜中の知らない街、携帯もお財布も上に羽織る上着すらない。夜風がふく中、自分のおかれている状況を恐怖するには十分すぎた。

しかし、だからといって何も考えない訳にはいかないことくらいは分かっていた。今の状況を落ち着いて、整理する必要がある。

夜中、目が覚めたら両親が血を流して死んでいて、部屋には誰かいると思われるような物音がした。おそらくその誰かが両親を殺し、私が来る前に身を隠していたのだろう。


整理はできた。理解はできたが、状況をすんなりと受け入れられるわけではなかった。状況を整理したところで、今から何をすればよいのか分かるわけでもなく、途方に暮れつつある私の前に、男の人が声をかけてきた。


「お嬢さーん、そんなところで何をしてるの?家出でもしたのかい?」


声のする方へ視線を向けると、道の先の方に交通整理をしているおじさんがこちらを見ていた。年齢は50代くらいだろうか。他に誰も近くにいないため、その人で間違いなかった。携帯もなく、藁にも縋る思いだったため、今の状況を心配してくれてるならあの人に相談してみることにしよう。そして男性の元へ歩み寄った。


「すみません、お伺いしたいことがあるのですが、、、」

「お?分かった。俺に答えられることであれば何でも聞いてくれよ。夜間の交通整理のバイトなんだけど、車は来ねぇ、人も通らねぇで危うく寝ちまうとこだった。話し相手になってくれるなら大歓迎だ。こんな真夜中にどうしたんだ?家出でもしたのかい?」


ぐいぐい聞いてくるタイプのおじさんだった。色々聞いてくれそうだ。今どんな顔で話せているか分からず顔を俯かせながら私は続ける。


「家出みたいなものかもしれないです。色々あって家を飛び出して無我夢中でここまで来てしまいました。携帯や財布も忘れてしまったので、ここがどこだかも分からず、、、」

「ほぉ。色々ね。あんまりその内容は聞かない方が良さそうだ。この街は海石榴町さ。分かるかい。」


家の最寄り駅の5駅ほど行ったところだった。ここまで走ってきたのかと、自分でも少し驚愕した。分かります、と言うと彼はうーん、と首を傾げながら私に尋ねた。


「あのさ、良ければ君の顔を見せてもらってもいいかい?いや、変な意味じゃないんだが、こんなに近くで話してるのに顔を見ないで話すってのはなんだか不自由な気がしてさ。もし嫌なら全然構わないんだけど。」


そこでこれまでの自分の無礼を知り、ハッとした。すみません、と顔をあげ相手の顔をしっかりと見た。そして1度目線を外し、再度しっかりと彼の顔を見た。


所謂二度見をしてしまった。そうしてしまう理由があった。

彼の顔が何か違和感があったのだ。親切にしてくれた彼にこんなことを思うのは大変失礼で最低なことだが、彼の顔は不細工とは違う、そう、不格好なものだった。顔のパーツがなんだかズレている?ような。


「綺麗な顔じゃないか。俺が言うのは烏滸がましいけれど、絶対に相手の顔見て話した方がいいぜ。絶対モテるからな。ハハハ。」


ズレた口が声に合わせて動く。当たり前のことが違和感として捉えられた。ありがとうございます、と返しながらなおじろじろと彼の顔を見ていると、彼は笑いながら言った。


「あぁ、あんまり俺の顔はじろじろ見ないでくれよ。1週間前に、安いって理由だけで久し振りに゛顔貼り゛をしたんだが、その顔貼師が下手でよ。しばらくこの顔で過ごさなきゃいけねぇんだよ。あれはもう詐欺だな。うん、詐欺だ。」


頷きながら、当然のように話す彼。私には少し聞き馴染みのない言葉があった。『顔貼り』。話は逸れるが気になってしまったものはしょうがない。聞いてみることにした。


「あの、顔貼りって何ですか。」

すると彼は、目が飛び出るかという勢いで、大きく口を開き分かりやすく驚いてた。


「へぇお嬢さん、顔貼りを知らないってことはもしかして外人さんかな。それともナチュラルかい?」

私の頭の中には疑問符しか浮かばない。が、そのまま彼は続ける。


「顔貼りってのは、ここ数年くらいかな。美容業界の革新さ。これまで整形だの画像処理だので、どうにか自分や周りを騙しながら暮らしてきたんだが、結局整形代を稼げない若いブサイク共はブサイクのままだった。顔ってのはもはや生まれながらにしての1つの才能で、いくら平等を謳ってもそこには確実に埋まらない差があったんだ。だがそこに醜男女に転機が訪れた。それが顔貼りさ。」


「はぁ」

「ほんとに顔貼りを知らないんだな。まぁ要するに顔貼りってのは言葉の通り、顔を貼るんだ。そのまんまさ。これは造形物なんかじゃなくて、実際の人間の顔表面を使う。整形と違って生の顔面移植みたいなものだからな。決して衰えることはないし、上手い顔貼師だったら、違和感もないんだ。基本は死んでしまった人から顔採りするんだ。有効活用だな。

それを顔貼師が販売と顔貼りを行ってたんだが、ここ数年で生きてる状態でも顔採りができるようになってさ、お金が必要な美男美女は自分の顔を高値で顔貼師に売ったりしてさ。

もう日本国民のほぼ全員が違う顔になってるんじゃないかな。もう美容院と同じ感覚で、今月はこういう顔にしよう、みたいな感じで皆が利用してる。さっき言ったナチュラルっていうのはこれまで1度も顔採りや顔貼りをしていない顔のことを指すんだ。結構今じゃ珍しいんだぜ。」


理解と納得が交錯する。知ってる世界なのにまるで知らない世界。顔貼りという謎の文化。話し方からも彼がふざけて話してるわけではないようで、なんだか真剣に理由を考えるのが馬鹿らしくなってきた。


「イケメンや美女は高値で売買されるんだが、最近だとじいさんやばあさん、夫婦セットなんかも需要があるみたいでよ。俺にはあんまり分からないけど、なんでか需要があるみたいなんだよなあ。」


そうなんですか、と適当に相槌をうってしまった。自分で聞いておいて、理解が追いつかない自分に辟易する。


「長々と話してしまったが、君はこれからどうするんだい?金がなくて帰れないなら、話に付き合ってくれた礼だ。少しくらいなら渡せるぜ。こんな夜中に出歩くものでもないしな。早く帰った方がいいかもな。」


そう言いながら彼はズボンのポケットに手を突っ込み、


「今はこんなもんしか無いけど帰るには充分だろ。話聞いてくれてありがとよ。じゃあまたどっかで会えるといいな。」


私の手を取り、何枚かの小銭を無理矢理持たせてくれた。そしてじゃあな。と私の背中を押し、手を振った。私は彼に深く頭を下げ、なんの躊躇いもなく帰路についた。彼からのお金は十二分にあり、ほとんど余ってしまったため、またどこかでお会いした際には何かお返しをしようと考えながら。。


そして家の玄関前に着いて、家の現状を思い出す。死んだ両親と知らぬ誰かがいた部屋。

それにも関わらず私は警察にも行かず、楽観的というか、疲れたのか、はたまた情報量で頭がパンクしたのか分からないが、もうどうでもいいや、という気持ちで家に戻っていた。


すると未だ血生臭く、鋭い臭いが鼻を劈く。多分心のどこかでこれまでのことが全て夢だと期待していた節があったため、ほんの少し落胆した。が、気持ちは平静であり、しっかりと親の死を受け入れるために改めて両親の寝室に死体を確認しに行くことにした。


寝室は血が固まり、噎せ返るような臭いだった。電気をつけて確かめると死体が2つベッドの上に並んでいる。体型から母、父の順であることが確認できた。というのも2人とも顔が抉り取られており、顔での判別ができなかったためである。そこでふとさっき彼が言っていたことを思い出す。あぁ、あれはたしか.......。。。。。




ふと、異様な臭いでベッドの上で目が覚めた。あれ、さっきまでのことは夢だったのかな?しばらくまた自分の部屋で寝ていたようだ。あまりにも現実味を帯びていて、夢とは到底思えないから、もう少し寝ることにしよう。なんだか顔がヒリヒリするし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る