戸惑い

 カリナの言っていた明々後日になった。


 当日になるまで、俺はカリナとセックスをしまくった。

 正確には、足腰立たなくなるまで、搾られた。


 お互いの変化が、俺にとっては気持ち悪かった。

 気持ち悪い、と口にしたくないカリナが傷つくからほど、骨抜きにされかけていた。


 汗に濡れた蝶々のタトゥーや肉が揺れる度に波打つ花のタトゥー。

 記憶にこびりついて、感覚には浸食していて、俺の理性はもうないに等しい。


「じゃあ、行ってくるから」


 キスをした際に、カリナが唇を噛んできて、熱が上がっていく。

 だけど、仕事があるから、仕方ないと言った風に唇を離す。


 童貞にカリナはダメだな。

 思えば、一発目で気がやられていたんだ。

 徹底的な支配に逆らう事はできず、濁流に自我が流されていく。


 エンジン音が遠ざかっていくのをベッドから聞き、しばらくしてオデットが入れ替わりでやってきた。


「あ~らら」


 俺が腑抜けになったって言いたいんだろう。

 否定はしないよ。


「やめとく?」


 手錠に鍵を差し込み、オデットが聞いてきた。


 ここから逃げ出す意思は、もうなかった。

 カリナを壁に押し付けて、あいつを壊れるまで貪りたい衝動に駆られている。


「いや、……やるよ」


 自分に嘘を吐いた。

 手錠が外れると、上体を起こして一息吐く。


「失敗すれば、アンタは死ぬ。……私も」


 渡されたのは、だった。


「手錠は外したままで、鎖を巻き付けておいて。それで拘束されているフリしてね。タイミングは、そうだね。キスしている時とか。ペニスを入れている最中でもいいよ。アンタに自信があるなら」


 おススメはしないけど。と、オデットは肩を竦める。


「刺せって?」

「銃、撃てないでしょ?」

「使い方を教えてくれたら……」

「相手に向けて撃つのは猿だってできるけどね。アンタが殺そうとしてるのは、殺しの専門家だよ。相手に銃口を向けて、引き金を引く。何秒かかると思ってんの?」


 裏方に関係ない人間さえ使える刃物。

 これが俺には相応しいってことか。


「キスをしてる時、目を手で隠して。目隠しするみたいに」


 あいつを、……殺すのか。


「一瞬だからね。包丁はしてね。縦にして、胸を刺すの」


 少し前なら、喜んで殺したかもな。

 今は、あいつを殺すって考えただけで、冷や汗が噴き出してくる。


「殺した後は?」

「出ていけばいいじゃない。どこにでも。あー、ただし。別の場所に移動した方いいかな。うん。すぐに引っ越した方がいい」


 追手がくるのか。

 てことは、逃亡生活の再来じゃないか。


「ちょっと。大丈夫?」


 深呼吸するように言われ、俺は深く息を吸い込んだ。

 俺は、人を殺した事なんてない。

 当たり前だ。


「考え事は、終わった後にして。緊張で手元が狂うよ」

「分かってるよ」


 包丁は、枕の下に隠す。

 あいつが俺に覆いかぶさってきた時に、目元を隠す。

 同時に、枕から取り出した包丁で胸を刺す。


 大丈夫。

 できるさ。


「カリナ、二日は帰らないから。ご飯は適当に」

「はっ、あいつ二日戻らないのに、拘束解かなかったのかよ」

「私はすぐに戻ってくるよ。掃除と。カメラ操作くらいだからね」


 部屋の扉に手を掛け、オデットが言った。


だから」


 部屋の扉が閉まる。


 残された俺は、奥歯を噛んで、膝を抱えた。

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