どこまでも

 来た道を戻り、俺はリュドミラさんの背中を追いかけた。


 日本村を超えた、さらに東。

 そこにある、別の駐車場に向かっている。


 本当なら、交差点を超えた先にある工具店。そこを超えて、田んぼ道を越えなければならない。

 リュドミラさんの目的地は、コンビニの駐車場。


 そこにキャンピングカーがあるらしいので、俺たちは途中でタクシーを捕まえて移動する。


 お金はなかったけど、「私が払うからいいよ」と、タクシー代を負担してくれた。


 目的地を入力し、タクシーが出る。

 俺は移動する車に揺られ、生唾を飲んだ。


 ふと、頬に違和感があって、指で擦る。

 ざら、とした感触があったので、それを引っこ抜くと、ガラスの粒が刺さっていた。


 *


 目的地に着いて、手に持っていたガラスの粒を捨てる。

 念のためだ。


「あいつ、マジかよ」

「災難だったね」

「同僚の人達、大丈夫ですかね」

「……何とも言えないかな」


 視線を落として、髪についていたガラスの粒を払う。

 まさか、車が突っ込んでくるなんて思わなかった。


 リュドミラさんが庇ってくれなかったら、本当に危なかった。

 けど、確信したことがある。


 俺はキャンピングカーの助手席に座ると、リュドミラさんに予め告げておく。


「あの、リュドミラさん」

「……なんだろう?」


 リュドミラさんがサイドミラーを確認して、後ろを振り返る。


「どうしました?」

「気のせいかな。あ、ごめん。続けて」

「はい。実は……」


 俺は今までの事を全て話した。

 運転しながら、リュドミラさんは黙って聞いてくれた。


 カリナっていう、本当に狂っていて、滅茶苦茶な奴。

 見た目の特徴。キョウヘイを殺した事。部屋には銃があった事やオデットの事を含めて、全て話した。


 あいつら以外の人間と話すのが嬉しかった。

 だから、饒舌じょうぜつになっていた。


 同時に怖くなってきて、手が震えてくる。

 さっきの煽ってきた車に、そいつの姿が見えた事も告げて、他にはないか考えていると、「もういいよ」とリュドミラさんが手を握ってきた。


「もしも。これは、もしもの話だけど……」

「はい」

「君の言っている事が正確なら、追ってきてるだろうね」


 サイドミラーで後ろを確認する。

 後ろには何台か車が続いているけど、白のバンじゃない。


「何者かは分からないけど。もし仮に、裏方の人間だったら、面倒だなぁ」

「すいません」

「君は悪くないでしょ。でも、そっか。そうだよねぇ。いきなり、車が突っ込んでくるなんて、そうそうないからねぇ」


 リュドミラさんは落ち着いていた。


「追ってきてたら、その人殺すけどさ。誰にも言わないでね」


 普通の日常会話でもするかのように、物騒な事を言ってくるので、一瞬言葉に詰まってしまった。


「おや。都合が悪い?」

「あ、そんなことないです。殺してください。むしろ、殺してくれないと困る」

「ん、分かった。これ預かっててね」


 デパートにいた時、押し付けられた紙袋。

 受け取って、「見ていいですか?」と聞くと、リュドミラさんは何も言わなかったけど、一瞥だけくれた。


 ぐしゃぐしゃになった紙袋を解いて、中身を覗く。

 やっぱり、銃が一丁入っていた。


 大方、想像はついていた。

 外国人の大人で、俺に知り合いなんてバイト先の店長くらいだ。

 あとは、先生とか。


 ロシア人のお姉さんはいないし、硬い突起物の感触からして、頭に浮かんだのはカリナの部屋にあったような形状。


「俺の事、撃とうとしたんですか?」

「んー……、どうだろ。騒いだら、引き金引いたかな。わき腹だし。それ、貫通するほど威力はないから」


 俺がドン引きしていると、お姉さんはヘラっと笑う。


「冗談だよ。あんな人がたくさんいる場所で撃つわけないじゃん。脅しくらいだって」

「勘弁してくれよ」


 リュドミラさんは、後ろを指す。


「寝な」

「寝ろって言われても」


 ぬいぐるみだらけで、どこに寝ればいいのか。

 断るのは難だし、カリナがいない空間で眠れるのは、正直嬉しかった。


「ぬいぐるみ、枕にしていいですか?」

「大きいやつの膝なら」

「あざっす」


 シートベルトを外して、後ろの座席に移る。

 このぬいぐるみは良い思い出がないけど、靴を脱いでベッドで横になると、驚くほど快適だった。


「頼むから。あいつ、殺してくれ」


 誰に言ったわけでもないけど。


「……りょうかい」


 リュドミラさんは優しい人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る