外との連絡

 いい加減、外部と連絡を取りたいので、カリナに頼んだのだ。

 少しだけ、本当に少しだけでいいから、摩耶と元志の声が聞きたかった。


 断られるだろうな、とは予想してダメ元で頼むと、意外な答えが返ってきた。


「いいよ」

「随分とあっさりしてるな」

「ふふ。だって、何もできないでしょ?」


 待ってて、とカリナは部屋から出ていく。

 耳を澄ませる。

 あいつは、体重がそれなりにあるのが分かってるから、足音が大きいのだ。


 その足音を辿ると、建物の西側には行っていない。

 真下かな?

 階段下りて、すぐの所で足音が小さくなった。


「あいつ、何で笑えんだよ」


 人を殺してるくせに。

 目を閉じれば、つい先ほどの事のように、キョウヘイが殺された瞬間が目の裏に浮かぶ。


 引き金を引いたあと、あいつは鋭く、冷たい眼差しを俺に向けてきた。

 俺は何もできず、個室の仕切り板に手を突いて、呼吸をするだけで精いっぱいだった。


 あいつは笑ったんだ。


 俺が膝から崩れ落ちそうになると、薄い唇を蛇のように細長い舌が舐め回し、興奮で上気した顔は段々と満面の笑みに変わっていった。

 窓から差し込んだ外の薄明かりが、艶やかで、おぞましいカリナの姿を照らしていた。


 まさしく、あの瞬間のカリナは、魔女そのものだった。


「おーい」


 目を開けて、振り向くとカリナが顔を覗き込んでいた。


「充電器持ってないでしょ? はい。これ、使っていいよ」


 ぬいぐるみを退かして、窓際のコンセントに充電器を差し込む。

 いつの間に充電器なんて用意していたのか、なんて愚問だ。

 俺にはプライベートがない。


 ガラケーと充電器を繋いで、起動するまでの間、俺は片膝を突いて待った。


 ふと、寄りかかってくる重みを感じて、隣を向く。


「……ふふ」


 腕に手を回し、頭を預けてきた。


「お前さ」

「うん」

「あいつ殺して何とも思わないの?」


 カリナはすぐに答えた。


「悲しいよねぇ」


 いちいち怒ってたらキリがないのは分かっている。

 ただ、こいつの声の色には、どこか適当さを感じる。

 心にもない、って感じだ。


「あの銃って……」

「コルト?」

「え?」

「銃の名前。聞いたことない? 良い値段するんだよぉ」


 カリナは頭を少し持ち上げて、上目で覗き込んできた。


「全部、シンゴが悪いんだよ。だからね。反省して、私を怒らせないで」


 こいつ、何言ってんだ?


「えへへ。こんなにドキドキするの。初めてかも。今までの男の人は、ペニスを弄ってあげるだけで喜んでくれたから。すっごい、簡単だったの」


 俺は何も言えなかった。


「要求がエスカレートしちゃうから、足首を切ったり、片目取らないと、面倒なんだぁ」


 思わず、目を閉じた。

 俺は、今誰と、何の会話をしているんだ。


「シンゴは可愛いから好き。いっぱい、構ってあげたい」

「勘弁してくれよ」

「でも、……もうちょっと、私を求めてほしいかな」


 バッテリーが一定の所まで溜まり、充電器を繋いだまま、チャットを確認する。


 俺がカリナの家に来てから、毎日安否を確認する連絡がチャット欄に届いていた。


 元志と摩耶からだ。

 元志はゲームの近況を報告。

 こいつなりに、俺が興味ある話題で惹こうとしているのが分かった。


 摩耶は、『返事よこせ』や『目星はついてるけど、外に出てこれる?』など、来ていた。


 なんだろうな。

 本当は声が聞きたかった。


 そのはずなのに、電話をしようって考えはとうになくなった。


 今、掛けたら……。


「シンゴ」


 首筋に吐息が当たる。

 カリナがチャット欄を覗き見ていた。


 俺は『大丈夫だから、心配すんな』とだけ送る。

 すぐに電源を切った。


 俺の仲間との会話をこいつに見られたくなかった。

 それが最近の会話であれば、あるほど見られたくない。


「それだけでいいの?」

「……ああ」


 どうすればいいんだ。

 認めたくないけど、精神的に追い込まれていた。

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