火葬
血の滲んだ麻袋二つを手押し車に乗せて、家の中から外へ運び出す。
遺体は腐るから、その日の内に処理するものだとばかり思っていた。
でも、実際は違った。
なんで、キョウヘイが『トイレにいたのか』を知ってしまう。
「……動物みたいによ」
汗を袖で拭い、歩を止めて、ゲップをする。
胃の中が、変な感じだ。
今朝は何も食べていないのに、ゲップだけが出るのだ。
吐き出そうと思って、口を開けたら、別のまで出てしまいそうで、少しずつ胃に溜めこんだガスを吐き出していく。
「早くしないと、いつまで経っても終わらないよ」
後ろから車の台を支えてくれているオデットが苦言を呈する。
生き物を運ぶ際、決してそのまま運んだりはしない。
状況によるんだろうけど、こうやって設備や予め準備をされている場合は、ある作業を行う。
それが『血抜き』である。
液体を流すのなら、浴槽やキッチンが好ましい。
だけど、大きな生き物なら、浴槽になる。
浴槽が日常的に使うとなったら、トイレしかないだろう。
排水溝があって、多少液体が漏れても洗い流せる。
おまけに、逆さ吊りにして便器の中に血を流したとき、多少の固形物があったって水で流せる。
あいつは、初めから殺される予定だったんだ。
俺が見つけるまで生きていたのは、時間を掛けた強制ダイエット。
水分を抜いて、肉を落として、体重を軽くさせることで、手間を省いていたんだ。
悔しいけど、俺は目が熱くなった。
泣きたくないけど、嗚咽はしないけど、涙だけは我慢できなかった。
建物の裏に回り、さらにカリナが毎日向かっている小さい建物。
その裏側に、焼却炉はあった。
すでに火は炊かれていて、適当なゴミが焼かれている。
「さっさとして」
「……くそ」
心の中で、俺は謝った。
ごめん。助けれなくて。
一緒に逃げるつもりだったけど。
ごめん。
袖に血が付くのを気にせず、俺は火の中に麻袋を入れていく。
オデットにはやらせない。
俺が、やる。
*
袋が焼けて、キョウヘイだった物が露出し、焼かれていく所をずっと眺めていた。頭が弾け飛んだ後の凄惨な有様は、かなりショックだった。
でも、今は気持ちが落ち着いてきて、何ともない。
……違うな。
改めて、覚悟が決まったんだ。
こいつを最後の最後まで、助けれなかった俺が、責任持って骨になる所を見届ける。
両手を合わせ、キョウヘイが悪夢を忘れてくれることをひたすら祈った。
「だから、……言ったでしょ」
俺が祈っていると、オデットが言ってきた。
「奴隷の立場弁えないから、こうなるんだよ」
合わせた手はそのままに、オデットに向く。
生きてきて、今までにない以上、俺は得体の知れない感情に支配されていた。
オデットは適当な場所に腰を下ろして、煙草を吹かしている。
「そいつと知り合いってわけじゃないんでしょ?」
「顔も見たことねえよ」
「だったら、その辺で轢かれてる動物と同じだよ」
「同じじゃねえよ」
確かに、俺はキョウヘイの事を何も分からない。
こいつが実は犯罪者だったのかもしれない。
ロクでもない奴で、実は死んだって誰も悲しまない人間かもしれない。
何も知らない。
もし、そうなら、俺だって綺麗ごとで生きてるわけじゃない。
少しは相手が死んだショックだって少ないだろう。
だけど、こいつは俺に向けて、助けてほしいって言ったんだ。
カリナの事だって、忠告をくれた。
こいつの言葉がなかったら、本当にまずかったんだ。
必死に生きてる身だから、『生きたい』って気持ちだけは、嫌というほど理解できる。
俺は俺の意思で、こいつを助けたかった。
悔しいから泣いてるんだ。
何より、俺とこいつは同じ言葉を喋る、同じ人間だ。
「俺と、お前と。何も変わらねえよ。どこまでも。生きたいって必死になってる奴が簡単に死んで、そいつの事を祈って。何が悪いんだ、馬鹿野郎」
「悪くないよ。ただ、間抜けだなぁって」
「……なんだと?」
拳を強く握って、オデットに近づく。
「分からないかな。カリナをご主人様って慕って、犬や猫みたいに擦り寄って、朝から晩までセックスしまくってれば、住むのや食べるのにだって困らないんだよ。アンタ、どうせ外じゃ人並みに生活できてないでしょ? 日本村だっけ? はっ。傷の舐め合い、ご苦労様」
こいつの言ってることが当てはまる人間をたくさん知っている。
未だに、そういう連中は山ほどいるんだ。
そんな中、一つの塊になって共同生活しているのは、外側からしたら異様なんだろう。
抑えて、聞き流せば済む話だ。
だけど、俺は機械じゃない。
「もう一度、言ってみろよ」
俺は気がつけば、オデットの胸倉を掴んでいた。
「アンタらは、今の日本の人間にとっては、外人なんだよ」
見透かしたような目で、俺を見てくる。
「もっと教育が必要? でも、やめといた方がいいよ」
親指で後ろを指す。
そこはカリナのいる小体育館。
窓越しには、カリナが柔らかい笑顔で立って、手を振っていた。
「私は、結構親切な方だと思うけどね。アンタのことを無視はしないし、教える事は教えてる」
奥歯をきつく噛んだ。
自分でも、今どんな顔をしてるのか分からない。
「現実見なよ?」
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