第8話 ドレス選び
「さあ、お姉さま。どのドレスが一番お姉さまに似合うかしら?」
衣裳部屋にはずらりとドレスが並んでいた。ミスティアの両親が、ミスティアとリリアに舞踏会の招待状が届くたびにドレスを作らせていたからだ。しかし、ミスティアはいつも体調不良だとか、足を怪我したとか適当な理由をつけては舞踏会を欠席していた。つまり、ミスティアのドレスはどれも新品で、一度も社交界に来ていったことはないから選び放題ということだ。
ミスティアは並んだドレスを一つずつ見た。
「綺麗……どのドレスも人形たちに着せてあげたい……」
「お姉さま! ドレスを着るのは人形ではなくてお姉さまですよ!」
リリアは笑いながら深紅のドレスを取って、ミスティアに渡した。
「お姉さまの黒髪と、この深紅のドレスは相性がいいとおもいますわ」
「……派手過ぎて、私にはちょっと……」
「え? ……残念です。 深紅との対比で、お姉さまの黒髪の美しさが引き立てられると思うのに!」
ミスティアは深紅のドレスをリリアに返した。
「ええと……」
ミスティアは淡い色のドレスを選んで、いくつか手に取った。ふと、気になる色のドレスがあることに気づいた。ミスティアはそれを手に取り、鏡の前に立った。
「……お姉さま、気に入ったドレスがありましたか? でも、それはすこし地味ではありませんか?」
「……忘れな草色のドレス……ほんのり紫がはいったようなこの青色……私は好きです……」
「試しに着てみてください。お姉さま」
「ええ……」
ミスティアは隣の部屋で着替えてから、リリアの前に現れた。
「どうかしら……?」
「とってもお似合いですわ!!」
ミスティアは忘れな草色のドレスを着た自分の姿を鏡に映してみた。柔らかでつややかな生地が、忘れな草色と合っていて、どこか、はかなげな雰囲気があり、ミスティアはそれが気に入った。
「お似合いです。お姉さまはお美しいから、きっと舞踏会でいろいろな男性に声をかけられますわ」
「……それは……無いと思うわ。リリアは……私を褒めすぎる……」
「いいえ、舞踏会のたびにお姉さまがいらっしゃらない理由を尋ねられますもの。殿方はお姉さまに興味をもっていらっしゃるわ」
「……やはり、舞踏会なんて、私には無理……」
リリアはミスティアのつぶやきを無視して言った。
「ドレスも決まりましたし、あとはもう少しダンスの練習をすれば完璧ですわ。舞踏会が楽しみですね」
「リリア、私の話を聞いていた?」
「お姉さまはもっといろいろな人に会うべきですわ!」
生き生きとした目で、リリアは微笑んだ。ミスティアは少しだけ微笑み返すと忘れな草色のドレスからいつものドレスに着替えた。
ドレスを決めた翌日からダンスの練習のため、先生がやってきた。
「ミスティア様、リリア様、ダンスは男性のリードに合わせ踊れば大丈夫ですからね」
「はい、先生」
リリアは踊りなれていた。いままで舞踏会に呼ばれ、そこでの経験があったのでリリアのダンスには安定感があった。
一方ミスティアは、家でダンスの練習をしたことがあるだけだったわりには、うまく踊っていたが体力が続かなかった。
「リリア様は心配ありませんね。ミスティア様は……もう少し体力をつけたほうが良いと思います」
息を切らせたミスティアは静かに頷いた。
先生は舞踏会の前日まで二人に踊りの練習をさせ、仕上がりを見て満足そうに微笑んで言った。
「それでは、舞踏会をお楽しみください。楽しんで踊るのが一番ですから」
「はい、先生。ありがとうございました」
「ありがとう……ございました」
夕食の時間は、明日の舞踏会の話で盛り上がった。
「ミスティアが舞踏会に参加するのは初めてですね」
「そうね、お母様。お姉さまを見たら、みんな見惚れてしまうわ」
リリアは自分のことのように得意げに言った。
「リリア、そんなことは無いわ。私は……目立たないように隅にいるつもりです」
「まあ、せっかくの舞踏会で目立たなくてどうするの?」
リリアの言葉にミスティアは食事の手が止まった。
「ミスティア、殿方にダンスに誘われたら、ちゃんとこたえるんだぞ」
「……はい、お父様……」
食事を終え、各自がそれぞれの部屋に戻った。ミスティアは自室に飾っていたアレス王子の人形を丁寧に布で包んだ。
「明日、王子にお渡ししましょう。あんなに熱心に人形作りを見ていてくださったのだから……。喜んでくださるかしら? それとも迷惑になってしまうかしら……?」
ミスティアは大きな包みを机の上に置いてベッドに入った。明日の舞踏会では、人形をアレス王子に渡したら、後は隅でじっとしていようとミスティアは思った。
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