ヒモとOL:一日履き通したストッキングで踏まれたいダウナーさんとドン引きしながらも踏むツンデレデレさん
「おかえり〜」
「……ただいま」
クソ疲れた。
連休前だからって退社後に飲み会とかふざけてるのか。おかげで帰るのが遅くなってしまった。
何が飲みニケーションだ部署全員参加だ死ねクソアルハラ上司。
「お酒……は、飲んでないみたいだねぇ」
「烏龍茶だけ飲んで、一次会で退散してきたわ」
「お疲れさまー」
ため息をつくあたしからバッグやらスーツの上着やらを預かりながら、間延びした口調でこちらを労ってくる
「今から飲む?」
「ええ」
「じゃあ寝室持ってくねー」
休日前の晩酌はだいたいベッドルームでする。そのまま寝落ちもできるし、色々楽だし。
キッチンへ向かう芽衣を横目に部屋着に着替えようとし……た瞬間、彼女がひょいとこちらを振り返った。
「あ、服はそのままで」
「はぁ?」
「いいからいいから」
よく分からない要望に、溜息を付きながら手を止める。
こいつは働いてもないし、家事も最低限しかできないし、特別美味しい料理を作れるとかってわけでもない。ただ毎朝あたしを起こして、毎日あたしにいってらっしゃいとおかえりを言って、毎晩あたしの抱きまくらになるくらいしか能の無いクソひきこもりニートヒモ女だ。そのくせ今みたいに、妙な注文をしてくることが多い。
まあ、あたしは全く家事もできず働くしか能の無い女なので、バランスは取れてるのかも知れないけど。
「いいからって何よ……」
どうせまたろくでもない何かがあるんだろうと思いながら、要望通りそのまま──ブラウスにタイトスカートにストッキングというテンプレOLみたいな格好で洗面所に行き、仕事用のうっすいメイクを雑に落とす。
それからのそのそと寝室に入れば、ベッドも小さなサイドテーブルもしっかり整えられていた。恐らく今朝、あたしが仏頂面で「飲み会がある」と伝えた時点でこうなると分かっていたんだろう。相変わらず、こちらの意図を汲むのが異様に上手いヒモ女だ。
ベッドの縁に腰掛けて、待つこと少し。
「おじゃまー」
半開きだったドアを肩で押して、諸々乗せたトレイを手に芽衣が部屋に入ってきた。後ろ手にドアを閉め、暖色の照明を程よく落とす、これもまあ手慣れたものだ。
「今日は荒れてるからねぇー、こっちかなって」
サイドテーブルの上に置かれたのは、安くて大味なウィスキーと炭酸水。こちらがなにか言う前に、芽衣は今のあたしが欲しい濃度でハイボールを作っていく。まだ少し肌寒いから、グラスに氷は入っていない。
「はい、どうぞー」
「ありがと……で、今日は何?キャバクラごっこ?」
やたらと甲斐甲斐しいのはいつものことだけれど、今日はなんというか、こいつの所作とあたしの格好がそれっぽい。行ったことはないけど。
なるべく呆れが伝わるように、まだベッドに腰掛けず自分の分を注いでいた芽衣を睨めつける。
「残念、ちがいまーす」
だと言うのにこいつは、まったく悪びれもしない声音でそう言いながらグラスに口をつけた。あたしより酒に強い芽衣は、あたしのより濃いめに作ったハイボールを一気にあおってしまう。毎度のことながら小生意気なニートだ。童顔で、ぱっと見では二十歳過ぎてるか分からないっていうのに。
「じゃあ何?」
まあとにかく、追従するようにあたしもグラスを傾けてアルコールを胃に流し込んでから、会話を再開。こいつのとんちきな考えなんて分からないことの方が多いんだから、さっさと聞いてしまったほうが早いだろう。
「それはねぇ……」
言いながら芽衣はベッド……ではなく、床にそのまま座り込んでしまった。こちらを置いてけぼりにしたまま、内股座りであたしの右足を手にとって──
「はっ?ちょっ、何してんのあんた……!?」
──あろうことか、足の甲に口付けてきた。
「ちゅーしてます」
ロマンチック、なんて思うはずもない。
今のあたしはシャワーも浴びていないし、着替えてすらいないのだ。今日一日履き通したストッキングに、足を通したままなのだ。
「アホっ、バカっ……汚いってば……!」
「ちゅー」
週末だし、あたしとこいつの仲だし、多少はズボラでも良いかと思っていた。だけど、だからって……!
引き剥がそうと足をあげようとしても、両手で抑え込まれて逃れられない。なんでこいつは、こんな無駄に力が強いんだ。物理的な抵抗は意味をなさなくて、結局言葉で抗議するしかないんだけど。
「匂いとかっ……む、蒸れとか……ぁる、からぁ……っ!」
「確かに、ちょっとくさい」
「〜〜ッ!?」
楽しげにそう返されて、汗が吹き出るのを感じた。ぶわりと、羞恥心と憤りが。何か、何か別のものも。その間にも芽衣は何度も、ちゅっちゅっと足にキスを落としていて。しかもそれが、段々と指先の方へと降りている。ストッキングの生地越しに、唇の熱と柔らかさが這っていく。
「ねぇねぇ」
やがて……いや、きっと実際には、ほんの一分もしない内に。芽衣はあたしの右足をぐっと浮かせた。足裏に指先を這わせながら、こちらを見上げて囁く。
「──踏んで?」
「っ」
絶句した。
どこを、だなんて。その期待に満ちた顔を見れば分かってしまう。こんな時ばっかり、こいつの欲しいことが読み取れてしまう。アルコールが回ってきたのか、別の要因か、芽衣の頬は上気して目もとろんと蕩けていた。だけど目付きや笑み自体はいつもの気怠げなそれと同じままで。幼い顔付きと相まって、とても、とても退廃的。
「だめぇ?」
「……き、キモい……っ」
「かもねぇ。だめぇ?」
「信じらんない……っ」
「ねーぇー、だめぇ?」
気色悪いし理解できない。臭いし、汚いし、自分だったら絶対されたくない。
だというのに、芽衣に「して」と言われるだけで、どうしてかこんなにも抗い難い。
芽衣の顔に浮かんでいるのは、あたしの心を見透かした微笑だ。
あたしが彼女の言葉に囚われていると、そう理解している微笑みだ。
異様な状況に体中、足の裏にだって汗が吹き出していて、それで踏むだなんて、なおのこと駄目なはず。
けれども、その足裏を柔くくすぐる芽衣の指先が、あたしから正常な思考を奪っていく。心ではおかしいと思いながらも、芽衣に従うべきなんだと、体と頭が
「ほら、どーぞ?」
もう一段、あたしの足を持ち上げて。足先が顎に触れるか触れないかの角度で、芽衣は目を閉じて顔をくいっと上向けた。まるで、キスでも待っているかのような仕草。ここだけ切り取れば、純情な乙女のようにすら見えるのに。あたしには彼女が、淫魔か何かに思えてならなかった。
人の心を拐かし、倒錯的な行為へと陥れる魔性。
その証拠に、あたしの足が勝手に持ち上がっていく。芽衣の手を離れて、ゆっくりと。
「…………この……変態女っ……!」
めいっぱいに彼女を睨みつけながら、可愛らしいその顔に、あたしは足を押し付けた。
「んむぅぅっ……!」
顔面の真ん中をべったりと覆い尽くすように。鼻も口も抑え込んで少し息苦しくなるくらいに。けれども、痛くはないように。ぬるりとした感触が、きっとあたしの汗とストッキング生地のものであろう独特のぬめりけが、芽衣の肌に押し返されて、あたしの方にも強く伝わってくる。
「ふ……っ、ふーっ……!」
どちらのものなのかも分からない荒い声が、寝室中に響いて聞こえた。足裏に伝わる芽衣の鼻息がぞわぞわと背筋を撫でて、思わず足を揺らしてしまう。そうすればその分だけ、踏んでいる芽衣の顔をぐりぐり、ぐりぐり。汗や匂いを、塗りたくるみたいに。
見下ろす光景は、信じられないくらいに背徳的だった。あたしの足で、芽衣の小さな顔が半分以上覆い隠されている。指先の蒸れのせいか、彼女の額はもうベタベタになっていて、張り付いた前髪がなんとも艶めかしい。良くない好奇心に唆されて、少し足を右にずらしてみれば──どろどろに蕩け細まった左目が、恍惚の眼差しでこちらを見上げていた。
「はっ……!はっ……はぁっ……!」
「ふぅっ……んぁぁ……」
閉じっぱなしだった芽衣の唇が蠢く。かかとの辺りでそれを感じ取って、少しだけ隙間を空けてあげれば。
「──はぁっ……やっぱり、っ……くっさぁい……♡」
そんなことを言うものだから、もう。歯止めなんて効くはずがなかった。
「〜〜ッ……こんのっ……!」
芽衣に足を乗せたまま、景気付けにとウィスキーをあおる。ボトルに直接口をつけて、不衛生だなんだって、いまさら思うはずもない。
「あっは……っ……!やっとその気になってきたねぇ……♡」
後ろ手にベッドに両手をついて、もう片方の足もあげる。指を開閉させて蒸れ具合を確認すれば、芽衣の左目がぎょろりとそちらに向けられた。
「──お望み通り、たっぷり踏んであげるわよっ……!このクソ変態ヒモ女……っ♡」
端的に言って、あたしももう正気を失っていた。
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