ダウナーさんとツンデレデレさん ~あらゆる世界線でいちゃつく二人~

にゃー

女子高生:逃げるツンデレデレと追うダウナー


「逃げるなぁーっ」


「逃げるわ、よっ……!」


 走りながら声を張り上げる、なんて慣れないことをしながらマリを追いかける。

 放課後の廊下、もういくつもいくつも教室を越え、階段を上り下り、太ももはパンパンだ。

 高校生にもなってこんなことをとか、先生に見つかったら怒られるなーとか、頭の片隅で色々思い浮かんだりはしちゃうけど、でも、脚は止められない。だって逃げるんだもん、マリが。



 マリ──幼馴染の様子がおかしくなったのは、つい最近の話だ。

 なぁんか上の空だったり、話してても微妙に目線が合わなかったり、くっ付こうとすると逃げられたり。まあ元々わたしに対して……というか誰に対しても当たりの強い子ではあったけど。でもそのくせ、わたしが彼女を見てない(と思ってる)時には、こっちをちらちら見てたり。


 とにかく、強気でいつも堂々としてる彼女らしからぬ、挙動不審な態度。

 更にここ数日に至っては、寝不足なのか目の下にでっかいクマまでこさえてる始末で。体調でも悪いのかと思って、おでこにおでこを近づけてみたら、顔を真っ赤にしながら突っぱねてきた。

 まあ、ここらで一つの可能性が思い浮かんで。それを問いただそうと、授業中に限界が来て寝落ちしちゃったマリが起きるまで眺め続けること……どのくらいだったかな。

 まだ日が沈んではいないくらいの放課後、至近距離でじーっと見つめてたわたしに気付いたマリは、目を覚ますや弾かれるように立ち上がり、「今日は一人で帰るっ!」と教室から出ようとした。

 ……のが、ついさっきの話。



 逃げるマリ。追うわたし。

 そんなこんなで今、ようやく、この追いかけっこも終わりを迎えようとしている。



「はぁっ……!はぁっ……しつっこいんだけどっ……!」


「マリこそ……逃げすぎっ……」


 初めこそ一切の躊躇いが無い全力ダッシュで逃げ出したけど。だけど実のところ、もやしっ子を自称するわたしにすら負けるくらい、マリは体力が無い。

 あんなに強気でツリ目で堂々としてるのにね。


「ひゅー……こひゅっ……」


「はっ……はっ……うぇぇ……」


 お互い乙女らしからぬ息を漏らしながら、それでも何とか、マリを追い詰めた。

 無軌道に走り回った末にたどり着いた、空き教室の隅っこで。


「……っ……マリっ」


 名前を呼べば、マリの肩がびくっと跳ねた。もう、額に浮かんだ汗も良く見える距離。ぼろっぼろになった脚をむりやり突き動かしてさらに詰めれば、その分後ろに逃げていく。


「……」


「……」


 一歩ずつ、追い込んでいく。

 マリの後ろにはもう、オレンジの空が映った閉じた窓しか無くて。限界まで後退った彼女がそこに背中を付けた時には、お互いの息も大分落ち着いてきていた。脚はまだがっくがくだけど。


「……マリ」


「ちょっ」


 もう逃げられない幼馴染に向かって、更に数歩。いつも一緒にいる時よりももっと近く、正面から密着するように、窓とわたしでマリを挟み込む。


「ねぇ、マリ」


「は、離れてっ……」


 走り回ってかいた汗が、制服越しに混ざり合う。二人分の胸のふくらみが、押し合いへし合い形を変える。その感触に、一層マリの顔が赤くなった。普段の白い肌とのギャップが、どれだけ彼女が追い込まれているのかを教えてくれる。


「ねぇマリ、こっち見て」


「や……やだっ……」


 もうお互い以外見えないくらいの近さだっていうのに、それでもマリの瞳は上下左右に揺れ動いていて、わたしと視線を合わせてくれない。うーむ、小癪な。


「えい」


「ひぅっ……!」


 業を煮やしたわたしは、マリの顔のすぐ横に左腕の肘をおいて、更に顔を近づけた。壁ドン?的なやつ。窓だけど。窓ドンだけど。

 とにかくまあ、これでめちゃくちゃ近くなった。お互いの吐息すら吸い込めるレベル。こうなればもう、どこに視線を逃がそうともわたしの顔しか見えないという寸法だ。


「あ、今目を閉じたらわたし、何するか分かんないよ」


「っ!?」


 唇へ視線を向けつつ釘を刺す。マリはビクゥッ!と体を跳ねさせながら、閉じようとしていた瞼を見開いた。これで完璧。勝ったながはは。


「じゃあ、答え合わせしよっか。何でわたしのこと避けてたのか」


「……別に。避けてない」


「そぉれはさすがに無理あるよー」


「な、何のことだかさっぱりね……」


 マリの瞳は潤んでいて、まるで怯える子犬のよう。かわいいね。


 普段マリは胸を張って堂々としてるし、わたしは逆に背中を丸めてだらーっとしてるから、並んでいると身長差があるように見られがちなんだけど。実際のところ、わたしたちの背丈にそう大きな差はない。

 こうして少し背伸びすれば、腰砕けになったマリを上から見下ろせるくらいには。


「えーっと……話してるとき目が合わないし、手ぇ握ろうとしたら逃げるし、くっ付こうとしたら逃げるし、ボケてもいつもの「馬鹿」ってツッコミが飛んでこないし、そのくせわたしのことしょっちゅう盗み見てるし、あとそれからー」


「ちょ、も、わ、やめなさいよっ!」


 事実を陳列していくだけで、マリはきゃんきゃん吠えながらこっちを睨みつけてくる。でも相変わらず弱ったような涙目で、やっぱり可愛いだけだ。この期に及んでまーだ腰を引いて逃げようとするので、さらに体を押し付けて、もう身動きも取れなくしてやった。むぎゅっと潰し合った胸の奥から、ばっくんばっくん、すごい音が聞こえてくる。


「マリ」


「……うぅぅ……っ!」


「なんでか、当てたげよっか?」


 何でマリが、わたしを避けてて。そして今、こんなにドキドキしてるのか。


「ゃ、やだ」


「やだじゃない」


「やめてっ……」


「やめない」


 マリの瞳に映ったわたしは、随分と意地の悪い笑顔を浮かべていたけれど。ここまできちゃったらもう止まれない。ずっと昔からの気持ちが実るかもしれない、そう思ってしまえば、もう。


「マリ、わたしのこと好きなんでしょ」


 友達としてーとか、幼馴染としてー、みたいな逃げは通用しない。言外にそう言って聞かせれば、さすがはマリ、こんな時でも──こんな時だからこそ、わたしの意図をちゃんと汲んでくれた。


「違う」


 だからこその、咄嗟の否定なんだろうけど。

 でもねぇマリ、その顔で「違う」は嘘だと思うよぉ?


「違わないでしょ?」


「ち、違うっ……!」


「違わなーい」


「違うってばっ……!」


「だって、顔に書いてあるもん」


「書いてないっ……!」


「いやほんとほんと。だってわたしがさっき書いておいたもん」


「……は……?」


 戸惑うマリの頬に、空いてる右手を添える。

 左のほっぺには、彼女が寝ている間にわたしが書いた小さな「すき」の二文字。

 そっと指でなぞりながら、読み上げる。


「すき」


「っ」


「すき」


「……っ……!」


「すき、すき」


「……ぅぁ、……っ……っ!」


「すーき」


「~~~っ!!」


 何度も何度も、繰り返しなぞりながら、マリのすぐ近くで囁いて。

 その度に彼女の頬は熱く、柔らかく、溶けていく。


「こんなに分かりやすいのに、好きじゃないだなんて。それは嘘だよ、マリ」


 油性ペンで書いた二文字は、指でなぞった程度じゃ霞みもしない。


「だ、だってぇ……!」


 ふやふやになった声で、それでも何やら言い逃れようとしているマリ。


 そんな幼馴染のここ最近の態度には、覚えがあった。

 一緒にいるだけで落ち着かなくなって、そわそわして、悶々として、夜も眠れなくなっちゃうあの感覚。わたしが、マリのこと好きだって自覚したときと同じ。

 だから今こうして答え合わせをしてる。当の本人は、なかなか認めようとしないけど。顔に落書きなんていう、普段なら目を吊り上げて怒るようないたずらにも、敵わなくなってるくせに。


「ねぇマリ。正直になってくれたら、わたしもお返しできるよ?」


「っっ」


 マリが認めてくれるなら。

 今しがたの焦らすような二文字の読み上げじゃなくって、わたしの心からの「すき」を、返してあげられるんだけどなぁ~。


 この言葉でやっと、ふらふら揺れてた瞳が、マリ自身の意思でこちらを向いた。まだ潤みっぱなしの震えっぱなしだけど、それでもようやく、わたしを見つけたように。


「……、……」


「…………」


「…………あの……」


「うん?」


「……ぁ……あたし、あの……」


「うん」


「……その……っ、あのっ……」


 このへたれ♡

 ……とは、口にはしないでおく。人のこと言えないし。

 この期に及んでマリに先に言わせようとしてるんだから、わたしの方こそだめだめのへたれ女だ。

 でも、そんなわたしの為に。そんなわたしの事を。


「マリ」


「……!」


 もう一度だけ頬の落書きをなぞれば、意を決してくれたマリの言葉が、遂にこぼれ出る。くっ付きそうなくらい近くにある唇から、熱くて湿った吐息と一緒に。



「────あ、あたし!……すきっ……メイのこと……好き……です……」



 その熱に唇をくすぐられて、それに誘われるように、自然とわたしの口からも。


「…………わたしも。マリのこと、好きだよ。ずーっと前から、ね」


 ふるりと、マリの肩が震えた。

 その振動で、潤みっぱなしだった瞳が決壊する。


 つーっと流れるそれには、触れないでいて。代わりにわたしは、からかうように笑う。素直じゃなくてごめんね。でもマリは、そういうところも含めて、わたしのことが好きなんだもんね?


「なんか、久しぶりに呼ばれた気がするなー。名前」


「…………そうかもね」


 落書きの上に涙を伝わせながら、いつもの仏頂面をちょっとだけ覗かせるマリ。


 ずっとずっと、メイって呼んでくれる。

 なんでかは知らないけど。わたしはたぶん、それだけで好きになった。

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