80・関所抜け
祥猛達が出掛けてから二度程酒を送り出した。と言っても、運んだのは飯富や新富の者ではない。出荷量が増えた事に因って収益が増えたので、運搬には切端の若い衆を銭で雇って充てる事にしたのだ。
まだまだ力仕事の溜まっている我々としては人手を取られずに助かるし、切端側としても農閑期に現金収入が有るとなれば助かるのだ。
ついでに、実際に運搬に関わった者達から波左衛門に道の改善を要求する声が挙がるのを密かに期待していたりする。何とか北敷の労働力でやって貰いたいのだ。だが、こちらが言い出すと労賃を持たねばならなくなるからな。酒に因る収入が増えたとて、まだまだ余裕は無いのだから。
そんな日々を送っている間に、空はすっかり高くなり、山の緑も大分力を失って来た在る日の事……
「大将、起きて下さい!」
広間の引き戸が唐突に開けられ、差し込む光と共に誰かが飛び込んで来る。
「なんだ……今何時だ……」
今日も今日とて朝まで蒸留を行っていたから寝ていたのに、全く寝た気がしない。
「え?さ、さぁ、まだ朝方ですよ!それより起きて下さい!大変です!」
駆け込んで来たのは治親だ。今日は朝から物見に立つ予定だった筈ではなかったか?と言うか、まだ朝方って寝入り端じゃないか。寝た気がしない訳だ……
「分かった分かった。何があった?」
仕方無しに身を起こし治親に尋ねる。大変と言ったって、鐘を打ち鳴らしている訳では無いのだから緊急事態では無いのだろう。
「返坂から木嶋殿が馬で駆けて来て、大将に会いたいって待ってるんです」
何とか俺が起き上がったので、治親も落ち着いたのか声を落ち着かせて報告して来る。
うーん……木嶋殿は才田殿の右腕だ。この間の戦で佐高勢に使者として立ったのも彼だ。そんな御仁が馬を飛ばしてやって来たとなれば只事では無いだろう。
まさか、山葵の産地偽装がバレたのではあるまいな?
「今はどこに居られる?」
「門を入った所でお待ち頂いてます」
「よし、こちらへ御案内してくれ。俺は身支度をするからゆっくりで良いぞ。あ、誰かに白湯を用意して貰え」
そう言うと俺は、寝床を丸めて廊下の隅の目立たない場所へ押し込むや、裏の井戸へ走って顔を洗い髪を整える。そうして広間に戻る頃には治親は既に木嶋を連れて広間の前までやって来ていた。
「木嶋殿、如何なされた?いや、まずは上がって下され。治親、木嶋殿の馬の世話をしてやってくれ」
俺は思わず前のめりになり掛ける所を何とか踏み止まり、客を広間に上げる。それに大分涼しくなって来たから馬の汗はすぐに拭いてやらねば。
治親にも馬の世話は一通り教えてあるから厩番の八郎達が出払っていても大丈夫な筈だ。
木嶋は、物珍しそうにポツンと広間を見渡している。
「おかしな造りで御座ろう?屋敷を建てる予定なのだが、皆の家も建てねばならんで材木が足りんのです。それ故、取り敢えず皆が集まる広間だけ建てたらこんな事になり申してな」
俺が苦笑いでそう説明すると、彼は何と答えたら良いか分からんと言った表情で苦笑した。
「して、如何なさいました?」
改めて尋ねる。彼も表情を改め、
「実は今朝方、砦の北西の山中を進む不審な一団を物見の者が偶々発見致しましてな」
そう言った。
返坂の北西?そこは双凷山の南東山麓と、返坂に連なる山々の交わる辺りだ。人里どころか道も無い筈だが……
「何とも面妖な……どちらへ向かって、いや、どんな者達です?」
その問いに対する木嶋の答えを要約すると、物見に立っていた者が、北西の山中に払暁の光を受けて反射する何かを偶然捉えたのだと言う。長年の砦詰めでも見た事も聞いた事も無い事態に報告を上げ、尚も注視していると、山中を南に向う十人以上の集団を見つけたそうだ。
「返坂から北西と言えば早瀬川の上流方向でしょうか……少なくとも彌尖側には人の住む様な場所は無いとは思いますが」
俺はそう言うが、そもそも北敷道と別れて北へ向う早瀬川の上流方向は道すら無いのだ。
「某もその様に思いまするが、鷹山殿が最近付き合いの有る北敷海岸の者と言う事は御座いませぬか?」
それに同意しつつも一応念の為と言った様子で尋ねる木嶋。
「いや、それは御座らぬ。北敷の村々は全て双凷山の西なれば。北敷の一番東に位置する村からの道も、我が村の西から山の西山麓を通っておりまする」
俺もはっきり否定する。道無き道を通る意味も無いのだ。
「そうでありましょうな。いや何、念の為と思いましてな。お気を悪くなさいますな」
俺の答えを受けて、一瞬考え込む様な顔をした木嶋は慌てた様子で言う。
「気を悪くする等と言う事は有りませぬが、その御様子では何か御懸念がお有りで?」
煮えきらぬ様子にこちらから水を向けてみる。
「うむ……実は、遠目で定かではないのだが、何やら大きな荷物を運んでいる様に見えたらしいのです。あんな道の無い山の中ですぞ?万が一鷹山殿の差配する者達ならば詮索するまいと才田の殿からは言われたのだが、そうでないとなれば問題だ。あの者達は関を避けて沓前から何かを運び出そうとしていると言う事になる……だが、既に」
そう懸念を述べる木嶋。確かに関を避け、山中の道無き道を荷を担いで越えよう等とは真面な者ではあるまい。
「其奴等は彌尖国に入っている」
そして、俺は木嶋の言葉を引き継ぎそう答える。
彼はこちらを真っ直ぐに見つめ頷いた。つまり、彼等が他国に踏み込んで調査をするのは憚られるので我等に対応して欲しいと言うのだろう。
「承った。暫しお待ちあれ」
俺はそう言い置くと、広間から駆け出て丘の斜面上まで走ると、
「治親!聞こえるか!?」
そう叫んだ。
「はーい!」
遠くで返事が有った後、長屋の前を駆けて来る治親の姿が見える。
「そこで良い!石灰運びに出た連中を急いで呼び戻せ!白矢を使え!荒事になるかもしれん!道具はそこいらに置いて来て構わんから急いで戻れと伝えよ!」
「わ、分かりました!」
俺の指示を受けて治親が走り出そうとするが、
「待て!お前はそのまま新富の連中を連れて来い!」
そう付け足す。相手は十人以上だと言うが、実際にはもっと大きな賊の可能性も有る。それこそ梶原党の様な連中だった場合は戦力に不安が有る。何せ村には智も猛も居ないのだ。
白矢を残しておいて良かった。蒼風の仔である白矢はまだ躰が出来上がっていないと言う事で、石運びの様な重労働には組み込んでいなかったのだ。それでいて父親譲りの体躯で既に中々の速度で駆ける様になっている。新富までならひとっ走りだ。
「大将、白湯をお持ちしましたけれども……」
そこへ困惑気味に白湯を持った小枝がやって来る。機織小屋で仕事をしていた所に治親から頼まれたのだろう。
「おぉ、良い所に。白湯は俺が持って行くから急ぎ門の鐘を鳴らしてくれ。早打ちの方だ」
俺は白湯の乗った盆を受け取ると小枝にそう頼む。女衆や子供達も集めておきたいし、山へ入っている弥彦が戻って来てくれれば弓が使える者が確保出来る。
「わ、分かりました!」
サッと顔を青くして小枝が走り去る。そしてすぐに村に鐘の音が木霊した。
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戦雲迅く~異聞・瑞雲高く~
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