閑話:封印を解きし者(三人称視点)
九頭竜坂明蓮はごく普通の家庭に生まれた。
両親は共働きで、生活に困るようなことはなかったが一人で過ごす時間の多い幼少期であった。
そんな彼女が最初から幽世の扉を開く能力者だったわけではない。正しくは、その能力はあったが自覚することも見出されることもなかった。
何故なら幽世の扉を開くのは魔導書と呼ばれる謎の書物であり、人間の能力者とはその魔導書の力を引き出す才能の持ち主であるからだ。魔導書がなければ何も始まらない能力なのだ。
それは、明蓮が十歳の時だ。
父親の知り合いが商社で働いていて、偶然海外で魔導書を手に入れたという。既に能力者のことは世に広く知られていたが、幽世の扉を開くために魔導書が必要だという情報は人間の間でほとんど知られていなかった。彼はその情報と共に魔導書を渡されたというのだ。とある能力者の遺族からだった。
「これを使えばマレビトが宇宙の彼方から貴重なものを沢山持ってきてくれるそうだ」
「やめておけよ、幽世の
軽口を叩く男をたしなめる明蓮の父親だったが、二人とも魔導書が本物だとは思っていなかったし、仮に本物だとしても扱える者がいるとは考えもしなかった。
だから、無造作にリビングの机の上へ放り投げて近況報告と世間話に花を咲かせ、幼い娘がそれに手を伸ばすのを気にすることもなかった。
――我は魔導書アカラント=タルガリア。
突然放り込まれたこの世ならざる場所。幼い少女はわけも分からずやみくもに歩き回り、見たこともない大きな川にたどり着いた。
「おや、こんなところに人間の子供が来るなんて」
その声は川から聞こえてきた。
「えっ、だれ?」
「この川の主さ。そうだ、俺の名前を呼んでくれよ。そうしたら君を家に帰してやろう」
家に帰れると聞いて、明蓮は安堵する。
「あなたのお名前は?」
「クックック……俺の名は八雲だ」
「ヤクモ?」
「ああそうだ。もう一度、大きな声で呼んでくれ」
「ヤクモ!」
「そうだ! 俺の名は八雲だ!!」
喜びの声を上げ、川の中から
天まで届かんばかりに高く首を伸ばす巨大な黒龍の姿を目の当たりにし、その場でへたり込む明蓮に向かって八雲は言う。
「よくぞ俺の封印を解いてくれた。礼としてお前に俺の
そして、明蓮の前に一振りの剣が姿を現した。
――
不思議な声が剣から響く。目の前で繰り広げられる理解を超えた出来事にただ見入っていた明蓮は、声に導かれて剣の柄を手で握った。
「わっはっは! これでお前は俺の
八雲が大きな声で笑う。次の瞬間、巨大な黒龍も手の中にあった剣も
「かん……なぎ?」
何が起こったのか分からず呆然とする。だが、不思議と進むべき道は分かった。
「帰らなきゃ……」
明蓮は魔導書のある場所に戻っていった。その身に邪神の魂を宿して。
両親は帰ってきた明蓮を涙と共に迎え、彼女の能力を秘密にして暮らすことにした。
だがその数年後、彼等の住む家が火事に遭う。両親は焼け死んだが何故か無傷で生き残った明蓮は、親戚も見つからず天涯孤独の身になったのだった。施設に入ることを拒んだ彼女は、生活費を稼ぐためにマレビト相手のナビゲーターを始めるのだった。
――正直言うとな、俺はあいつに嫉妬しているんだ。あいつも俺も元は同じ河川の神だった。なのにあいつは人の文明を支える守護神として崇められ、俺は水害をもたらす邪神として忌み嫌われた。俺は不吉な黒い身体で、あいつは神々しい純白の身体だ。その差も人間の持つイメージによって作られたものなんだ。
明蓮の耳に八雲の声は届かない。
だが、どういうわけか彼女は後に出会う白竜の姿に強い嫉妬と憧れの感情を持つのだった。
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