神武の秘密

 地神五代にしろ日向三代にしろウガヤで終わるのよね。それはウガヤの息子の神武が日向を去り大和に行ってしまったからだ。ちょっと整理するけど、山幸彦はワダツミ家の豊玉姫に夜這いをかけて夫という立場を手に入れている。


 だけどね、山幸彦がワダツミ家で大きな顔が出来たかは不明と言うか、そうでない気がする。妻問婚の夫婦は別居であり、夫は子どもに養育費を払う関係のはず。だけど山幸彦は亡命者だからワダツミ家の姫の子どもを養う経済力があるはずもない。


「居候みたいなものか」


 もっと低いんじゃないかな。妻の家に養ってもらってるぐらいの存在の気がする。これは男系相続で考えればわかりやすいけど、いくら跡継ぎを産んでも嫁の立場は生母に過ぎないじゃない。


 もちろん生母として発言力のあった嫁もいるけど、そういう時には実家の後ろ盾があるケースが殆どの気がする。ましてや妻問婚なら別居じゃない、


「ひょっとして、豊玉姫が山幸彦を指名したのは貴種であるけど影響力が無い点を見込んだものだっとか」


 あると思う。妻問婚の実態なんて知りようもないし、それこそのケース・バイ・ケースはあったと思うけど、夫も子どもの養育費を支払うことで妻の家への影響力があったのかもしれない。


「ありそうだな。王の後継者争いになったりすれば、そこに介入するとか」


 なんだかんだと言っても夫婦だからね。それぐらいの影響力はない方が不思議だろう。ワダツミ家だってニニギ家の話ぐらいは知っていたはずで、いや知っていたからこそ豊玉姫というかワダツミ家として釣り合い問題はクリアしたはずだ。


 そういう妻問婚のシステムを踏まえるとウガヤの婚姻は興味深すぎる。もしかしたら山幸彦の陰謀も混じってる気がするぐらい。山幸彦はワダツミ家にとって余所者だ。優遇どころか冷や飯状態であった気さえする。


「今なら嫁イビリならぬ婿イビリか」


 小糠三合の世界じゃないかな。この辺はワダツミ家にとってウガヤの父である山幸彦の発言力は小さい方が望ましいもの。だから自分の地位向上をはかったかも、


「そのあたりになるとなんとも言えないな」


 まあね。山幸彦の陰謀は置いといてもウガヤの婚姻は妻問婚の裏技に見えて仕方がない。だってだよ、夜這いをかけたのは自分の叔母さんだよ。


「豊依姫は豊玉姫の妹だものな」


 二人の歳の差は不明だけど、ウガヤは豊玉姫の息子だから姉さん女房のはず。神話を信じればどう読んでも豊玉姫と豊依姫はそんなに歳は離れていないもの。そんな豊依姫を選んだ理由は年上趣味もあったかもしれないけど、狙いは豊依姫の子どもならワタツミ家の王の後継者になれる点じゃないかと考えてる。


「そっかそっか、家は女系相続だけど軍事担当の王は男だものな」


 生まれてきたのが神武になるけど、これはウガヤから見ると実の息子であり、山幸彦から見ると直系の孫になる。当時の男系の価値なんてわかりはずもないけど、ごく素朴に従姉弟より実の息子や孫の方が可愛いだろうし、血族関係としても信用できるぐらいはあっても良いと思う。


「古代の皇族で近親結婚がやたらと多いのもそのせいか」


 あの手の人種では釣り合いがやたらと重視されるじゃない。とくに娘はね。だから相手に困っての部分もあったと思うけど、古代になるとウガヤと似たような原理が働いてのものはあったかもしれない。


 それはともかく、妻問婚制度の中で実子の息子で王の相続を実行したウガヤの地位は強くなったとは思うけど、神武がどう見られたかよ。そりゃ、ウガヤの地位は安定しただろうし、ウガヤのからの王の後継も出来ただろけど、ウガヤが亡くなった後がどうかだよ。


 実はって気張るほどの話しじゃないけど、古事記でも日本書紀でも神武の前半生の記録は実に愛想がない。いきなり日向を去り大和を目指す話から始まるとして良いと思う。でもさぁ、これってどう考えても話の進み方が不自然過ぎる。


 神武が本当の英雄なら、やりそうなことは日向統一じゃない。北日向は祖父である山幸彦の故郷でもあるからね。これももしやっていたら話に残されていたはず。さらに神武東征の最大の謎は神武は日向を捨て去ってるの。


 日向は温暖な地だし、海産物にも恵まれている。日向の豊かさは西都原古墳群を存在で証明できると思う。ここも遠征軍を送りだすのならまだ理解が出来る。新天地を求めるってやつだけど、そういう場合でも本拠である日向を手放す必要なってないじゃない。


 百歩譲って神武にそういう冒険者気質が濃厚にあって出て行ったとしても、残された日向にしっかりとした後継者を残すはずじゃない。そうなると出て来る結論は一つの気がする。


「おいおい、神武は日向での居場所をなくしたって言うのか」


 他に考えようがないじゃない。どうして神武が嫌われたのかの本当の理由はどこにも記録は残されていないけど、ニニギの人間にワダツミ家を乗っ取ろうとしてると見なされた可能性はあると思うのよ。


 この辺は仮定の積み重ねになるけど、ワダツミ家も祭祀を女系相続、軍事権は男系が受け継ぐスタイルであったとするじゃない。でもね、この体制なら女系は直系相続になるけど、男系は同族相続になって直系では相続は例外的になるのよね。


「男系で直系相続になった点を警戒されたのか」


 どうしたって軍事権を握る者が優勢になるだろうからね。それを乗り越えての支配権を握るストーリーが神武には描き切れなかった話の続きが東征神話の気がする。


 だから神武の一族は海路は日向の南部から北に逃げたとすれば話の辻褄は合うのよね。これも延岡のニニギ家への亡命じゃなくて、まさに高飛びみたいに闇雲に東の機内を目指したぐらいじゃないかな。


 逃げたからには追手が来る怖れたはずだよ。これは今みたいに路と言っても乗り込んだら翌日に大阪南港にフェリーが着いてくれるものじゃない。


「美々津で日和見しながら焦っていたのが残された伝承なのか」


 美々津で神武が苦慮していたのは、これから日向岬を乗り切るだけでなく、遠見半島も越え、さらにニニギ家が支配する延岡にも寄れない航海をやらなければならないからだ。だから十分な日和を得る必要があると判断したはず。


「なんとなくつながったな」


 まあね。ほとんどコトリさんの話を下敷きにしてるけど、そういう物語が古代日向であったかもしれないぐらいは言えると思う。神武は東征に結果として成功しているけど、故地である日向の伝承は大和にも残ったはず。


「ああそっか。だから山幸彦の陰謀説の可能性を持ち出したのか」


 これも神武がワダツミ家で嫌われた原因になったかもしれないと考えてるけど、ウガヤも神武もワダツミ家の人間と言うよりニニギ家の人間の意識が濃かった可能性がある、というかそのはずなのよ。だって古事記にも日本書紀にもそうなってるじゃない。


 だけどね実際のニニギ家は追い出された家だし、存在したのはワダツミの家。だから残された話として、山幸彦はニニギの王になり、これまた追い出された格好になったワダツミの家はボカしたぐらい。


「なんとなくわかったぞ。鵜戸神宮が官幣大社になったのは神武の父の神社だからだ」


 高千穂神社や天岩戸神社、青島神社が冷遇されたのはその辺の温度差が明治になってもあったは言い過ぎだろうか。


「よし、この線で編集しよう。それともうちょっと簡潔に手際よく話をまとめてね」


 ギャフン。考えたのは双葉で、清水先輩は相槌打ってただけじゃない。


「そういう役割分担だろ」


 どっか違うと思うぞ。

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