妻問婚

 お昼ご飯を食べながら鵜戸神宮での話の続きを、


「全部説明すると長くなるさかい、ポイントだけ言うとくと当時の婚姻や」


 婚姻は古代も現在もあるけど今とは違う部分があるのだって。


「古代のしかも日向やろ」

「妻問婚のはずよね」


 それはなんだって聞いたら、古代日本では南方の風俗が色濃くて、男が女の家に通って求婚したんだって。それって平安貴族が和歌を詠んで送るやつ。


「今やったらラブレターみたいなもんやろな」


 そうやって求愛するのは雅だけど、あれって平安貴族の風習だろ。


「そんなことあらへん。西日本、とくに南の方やったら江戸時代でもあったで」


 やっぱり和歌を詠んでのラブレター攻勢?


「いや夜這いや」


 いきなり生々しいな。夜這いって言葉は知ってるけど具体的には、


「女の家の寝室に夜に行くことや」


 直接会って口説くのか。


「口説くのもあるやろうけど、女が味見もする」


 味見って?


「別嬪さんやったら仰山来たらしいで」


 ちょっと、ちょっと、それって複数の男と関係を持つってことよね。それにだよ、避妊なんてオギノ式さえない時代じゃない。妊娠してしまったらどうすると言うの。


「この婚姻形式にはルールがあってやな・・・」


 ウソでしょ、冗談でしょ。女は通ってきた男への指名権があって、これは男は拒否できないとか。それじゃ、妊娠していても誰の子かどうかわからないじゃない。


「誰の子かはわかる。間違いなく産んだ女の子や」


 そうじゃなくて父親よ。こんなもの何股もかけてる女が妊娠したようなものじゃない。そんな状態で女から、


『あんたの子だから責任取って結婚しなさい』


 こんなものに納得できる男はいないだろ。


「それに喜んで納得するのが夜這いの鉄則や」


 ムチャクチャだ。貞操観念とか性倫理はどこに行ったの世界じゃないの。よくまあ、そんな婚姻形式が行われたものだ。父親が誰かがわからない子どもが可哀想すぎる。


「そこやねんけど、もっとオリジナルの妻問婚から考えたらわかりやすくなる」


 もっとオリジナルがあるの?


「子どもにとって重要やったんはどこの家の子どもかやねん」


 時代が古くなるほど家が重かったぐらいは知っている。今でさえそういう家はあるものね。でも家ったって父親の家じゃない。


「オリジナルの妻問婚では子どもは母親の家の子どもになる」


 えっ、どういうこと?


「今で無理やり例えたら婿養子の子どもや」


 婿養子なら夫婦の間の子どもは妻の家の子どもになるよな。そりゃ、婿養子になった時点で妻方の姓になるもの。子どもの姓も当然そうなる。


「ここのとこやけど、私生児でも子どもは妻の家の子どもになるやんか」


 それは他に行き場がないからじゃない。


「ここでやが、妻の実家がムチャクチャ金持ちやったとする。子どもがその娘しかおらんで、そこで跡継ぎが必要になったら、結婚して産んだ子であろうが、私生児であろうが関係あらへんやろ」


 ドライに言えばそうなる。どっちであってもその家の娘の実子であるのには変わりないものね。


「それがオリジナルの妻問婚の基本原理や」


 うぅぅぅ、頭がグシャグシャになりそう。家を継ぐのはその家の子どもなのはわかるけど、そこまで話が行けば、父親って誰でも良いことになるじゃない。


「おっ、わかって来たやんか。妻問婚と家の関係で言えば、その家の娘が子どもを産むことが重要やねん。娘の子やから間違いなくその家の子どもやからな」


 血統って面で見ればそうなるけど父親の存在価値ってなんなのよ。


「種馬やな。そやから妻問婚では妻は実家に棲み、夫は通いの別居やねん」


 じゃあ、男はやりっ放し、


「婚姻やからそれなりに影響力はあったはずや。今かって嫁に行ったからって実家との縁が切れるわけやないやんか」


 別居婚だけど男は夫だから扶養義務みたいなものはあったそう。それぐらいはあって当然だと思うけどどうもスッキリしないというか、納得できないな。そうだ、そうだ、夫の家の跡継ぎ問題はどうするのよ。


「一緒や。夫の姉なり、妹が産んだ子が跡取りになる」


 ぐひゃぁぁ。頭が爆発しそうだ。だったら、だったら、男の血筋は残らないじゃない。


「そりゃそうや。残したいのは女の血筋や」


 限界を超えた。


「ついでに言うたら、アマテラスの一族やけど、大陸系でも半島経由の北方系やのうて、大陸でも南方系の連中の可能性もあるやんか。そやから古事記でも日本書紀でも母国である韓の国への海路の確保を強調しとるんちゃうか」


 韓の国と言っても半島の国の意味じゃないとしてた。この辺は大陸が唐だったから、カラは韓の国じゃなくカラの国のニュアンスじゃないかとしてた。もうちょっと言えば大陸の故郷みたいな国だろうって。


 なるほどだ。海に面していたらどこでも良いとは言えるけど、半島経由で日本に来ていたら、やはり北九州の海を考えるよね。でも南方系なら半島経由じゃない可能性があるから、日向の海でも故郷への海路になるのかも。


「そうやねん。北九州と没交渉なんも説明できる。邪馬台国かって九州全土を支配するような国には見えん」


 魏志倭人伝は大陸の三国時代の記録で北側の大国である魏の国の記録だ。南方にある国は呉の国であり、魏とは対立関係で魏は邪馬台国と関係が深い。日向が呉からの移民団で出来あがった国なら、邪馬台国と没交渉もありえるかも。大陸の対立構図の代理戦争みたいなもの。


 頭が混乱しそうだけど、平安貴族が妻問婚の風習を色濃く残していたのは事実で良いはず。でもでも、古事記でも日本書紀でもその家の息子が家を継いでるじゃない。


「あれもいつからそうかはわからんとこがある。一つ言えるとしたら持統天皇の影響や」


 誰だそいつと思ったけど天武天皇の奥さんだって。


「持統は息子の草壁皇子を溺愛しとってん。そやけど皇位に就くまでに若死にしてもたんや」


 ここから奈良朝の迷走が始まったってどういうこと。


「持統は草壁皇子の男系による皇位継承をさせたいと考えて、その理論武装を日本書紀や古事記に反映させたと言われとる。それで手柄を挙げたんが藤原不比等や」


 天皇家って万世一系なんだって。なんの事かだけど、初代の神武天皇から現在まで継承さてる意味ぐらいで良さそうだ。


「もう一つ意味があって、天皇は男系で継承されて来たって意味や」


 わかりにくいけど、


「万世一系やと打ち出したんが古事記や日本書紀や。これには、今までもそうやったから、これからのそうやなかったらアカンの証拠みたいな記録やねん」


 えっと、えっと、


「草壁皇子は天武と持統の息子やんか。そやからその男系子孫が天皇になるのが当たり前の啓蒙書であり、プロパガンダ書や」


 だから奈良時代の皇位は草壁皇子の息子の文武、さらに孫の聖武になるのだけど、中継ぎに女性天皇が立ちまくってるんだって。そこまで草壁皇子の血統にこだわったのは持統の保身のためが大きな理由だったとコトリさんはしてる。


「この辺もやりだしたら長うなるから端折るけど、持統の影響で貴族連中も男系相続がそれなりに入り込んだと見てる」


 それなりって?


「平安貴族は生まれた子どもを妻の家で育てるんよ。それで成長してから夫の家に戻すシステムやってん」


 オリジナルの妻問婚に似てるけど、子どもが夫の家の物になるとこが違うな。


「これはやな天皇家もそうやってん」


 天皇の后は有力貴族の娘だから、皇子や皇女は有力貴族の家で育てられるのか。でもここもよく考えなくとも、自分の家の子どもなのだから、最初から自分の家で育てれば良いはず。なのにわざわざ妻の家で育てる風習が残ったのは妻問婚の風習がベースに色濃くあったからか。


「別居結婚もそうや。証拠は源氏物語や。光源氏は別居で女を作りまくってるやんか」


 そんな話だったはず。あの話が平安貴族に愛読されたのは、そんな恋愛というか婚姻スタイルに誰も違和感を感じなかったからだものね。


「妻問婚のベースは女系相続や。平安時代でもあれだけ濃く残ってるんやから、日向時代なんかバリバリのはずやで」


 双葉の頭はまだ混乱してるけど、コトリさんが言いたい事はなんとなくわかったような気がする。自信ないけどね。

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