神話と実話

 先行するのはコトリさん。インカムもつないだからちょっと質問。高千穂は高天原なの。


「神話的に否定されるから明治になっても優遇されへんかってんやろ」


 世界各地にある天地創造神話は似たところもあって、原初はドロドロ状態としてるのは多いぐらいは知っている。古事記の天地開闢もそんな感じで、神は天にある高天原にいたことになっている。このドロドロの大地を固めたのがイザナギになり、出来たのが豊葦原中国。


「国名から葦がテンコモリあるような川辺のイメージやな」


 つうか湿地帯だろ。その地面が固まった頃に派遣されたのがニニギノミコト。だけどアマテラスは高天原にいるはずよね。


「そうや。アマテラスが隠れた天岩戸にしろ、神々が対策会議をした天安河原も高天原にあったことになる」


 そうなるよね。


「それが地上にあるのは矛盾するやんか。そんなものが存在するわけあらへんことになる」


 古事記に基づけばそうなるよね。


「そやけどな、現実的には高天原がある方がおかしいやんか」


 そ、そうなる。


「古事記神話もおもろいとこがあって、ニニギノミコトが天孫降臨する前に人間が勝手に増えてるんよ」


 他の国の神話では神とは別に人が作られる話があるのはポピュラー。創世記のアダムとイブとかね。日本神話ならイザナギとイザナミが神を量産してるけど、神から生まれるのはあくまでも神なんだよ。


「そう読めるやろ。日本の神は世界を作っとるけど、その世界におる動物や植物は勝手に生えて来てるんよ。その中に人も入っとるねん」


 旧約聖書のヤーウェなんかが典型的だけど、それこそ万物を創造してるのよ。宗教的な理屈で言えば人も含めて神がすべて作ってくれたものだから、人は神を敬うのは当然ぐらいになってるぐらいのはずなんだ。


 日本の人ってイザナギが豊葦原中国を作ってすぐに増殖してるのよね。イザナギの妻のイザナミは出産トラブルで亡くなって黄泉の国行ってしまう神話もある。細かい経過は省略するけど夫であるイザナミは妻を迎えに黄泉の国に連れ戻しに行っている。


 だけど黄泉の国の神になってしまったイザナミを見てイザナギは逃げ出しちゃうんだよ。夫に裏切られたイザナミは激怒するのだけど、その時にこんな呪詛をする。


『汝國之人草 一日絞殺千頭』


 意訳すればイザナギの国民を一日に千人ずつ殺すって言ってるのよ。人を頭って数えるのはどうかと思うけどね。ここでポイントは比喩とは言え千人単位で既に人はいたことになる。


「スサノオの話もあるやんか」


 乱暴狼藉が祟ってスサノウは高天原を追放されるのだけど、追放先は人の国だものね。そこで八岐大蛇を退治する話になるけど、


「時系列で言うたらニニギノミコトのだいぶ前や」


 ニニギノミコトも高天原から地上に降り立っているけど、そこから人類創生が始まった訳じゃなく、既にいる人の支配者として天孫降臨をしたことになる。ちょっと待ってよ、そうなるとニニギノミコトが行ったのは、


「既に人が支配していた国を征服しに行ったことになる」


 神話的なエッセンスを取り除いて考えると、


「後から乗り込んできた征服者」


 そ、そうなるよね。現実にもニニギノミコトの曾孫の神武は畿内の土着勢力を駆逐してるし、神武の子孫の大王家は近隣勢力との抗争に明け暮れている。つうか神話の神であれば、


「そうや地上に降り立った瞬間に豊葦原中国の王にならんとアカンやろ」


 古事記神話は天孫降臨を行ったニニギノミコトとその子孫の日本征服物語に読めてしまうのか。それって騎馬民族征服説。


「あれは異論が多いけど、先進文化を持っとる集団が日本に来たと見るのが妥当な気がするわ」


 そんな集団が当時でいそうなのはやはり大陸になるよね。さらに日本への渡海ルートとなると半島経由で北九州しかないはず。


「ある程度のまとまった集団となると、そのルート以外にあらへんやろ。そやけどな、古事記をどう読んでも日向から畿内に神武は東征してるやんか」


 たしかに。日本で最初に文明が定着したのは北九州のはず。その規模やレベルは吉野ケ里で見てきた。またその様子は魏志倭人伝にも残されている。


「卑弥呼時代の北九州は都市国家の抗争時代として良いやろ。その中で有力やったんが邪馬台国であり、その女王が卑弥呼や。邪馬台国は都市国家連合のリーダーみたいな国やな」


 むりやり例えればポリス時代のギリシャみたいなもので、邪馬台国はアテネで、宿敵の狗奴国はスパルタみたいな感じかな。だけど北九州勢力が畿内に進出したとは古事記は書いていない。


「それどころか邪馬台国も含めて北九州勢力の事はノータッチや。ここはなんでそうなっとるかを考えるのが歴史ムックやと思うで」


 今日は八時半に高千穂峡のボートに乗って、九時半に高千穂峡を出発している。あのおっそろしいヘアピン登ってね。そこから九州中央道と言いたいところだけど国道二一八号、これは神話街道の愛称があるけど一路延岡に。


 それにしてもノンビリ走るな。そりゃ、下道だから飛ばしたくても飛ばせるものじゃないし、すぐにクルマに捕まるのはわかるけど、まさに無理せず安全運転だ。でもノンビリだけどノロいじゃない。無駄に飛ばす気がないぐらいかな。


 そんなペースだから走行中の風景も楽しめるし、インカムでの会話も無理がない。それは文句もないのだけど、これでは噂のバイクの真偽を確かめようがないのよね。そんな感じで一時間も走ったら延岡市内だ。でも国道から外れてこれは住宅街だな。


「次の信号右折や」


 右手に山が見えるけど延岡のどの辺なのかな。川の南側だから中心街は川の北側のはず。どこに向かってるのだろう。


「次の信号も右や」


 これはセンターラインの無い住宅地の道だ。


「突き当たって左で、そのすぐ先は右の山道に入るで」


 ぎょえぇぇ、これ入るの? 愛宕山登山口って書いてあるけど、


「そうや。愛宕山に登るで」


 舗装こそしてあるけど一車線半どころか一車線ぐらいしかないじゃない。それに急だし、カーブもキツイ。とにもかくにも前からクルマは堪忍だ。バイクでもすれ違うのが大変すぎる。この道も最初は森の中だったけど、登るにつれて視界が広がり、


「突き当たって左に行くで」


 こんなところに駐車場があるんだ。これは広いしトイレも完備されてるじゃない。この階段を登るのか。登って行くと見えて来たのは展望広場だ。それも三階建ての展望台まであるじゃない。


「ここが愛宕山展望台やけど、愛宕山は笠沙山とも言うてな、古代ロマンスの地や」


 だからハート形のモニュメントがあるのか。というか、古代と言うからには、


「天孫降臨して来たニニギノミコトがここでコノハナサクヤヒメを見初めたんや」


 コトリさんによるとコノハナサクヤ姫は古代でも屈指の美女だそう。コノハナサクヤ姫とニニギノミコトの話もあれこれあるけど、


「双葉さんが知ってるんやったら、産まれた子どもが海幸彦、山幸彦や」


 ニニギノミコトって山彦、海彦のお父さんだったのか。急に親近感が湧いてきた。延岡にはニニギノミコトのお墓もあるそうだから、延岡が天孫降臨後に住んだ国になるとか。


「そやねんけど・・・」


 古事記では天下ったところが『竺紫日向之高千穗之久士布流多氣』つまりは筑紫日向の間の高千穂の久士布流多氣。クシフル岳と読むはずだって。もう少し読めば筑紫と日向の境にあるクシフル岳じゃないかって。そこから住めるところを探し回って、


『向韓國眞來通 笠紗之御前而 朝日之直刺國 夕日之日照國也』


 読み下すのが大変だそうだけど、大意として韓国に向かうのに笠紗の岬から都合が良くて、朝日も夕日も良く照らされる国ぐらいの意味だそう。古事記のポイントとして、高千穂のクジフル岳に天下って移動して居住地を決めてる点かな。


 日本書紀も似てるのは似ているけど高千穂の位置が少し違う。これも最初に読んだ時には差がわからなかったのだけど、ニニギノミコトが天下りしたのは、


『天降於日向襲之高千穗峯矣』


 双葉は『日向が襲う』って読み下してチンプンカンプンだったのだけど、『襲』はなんと国の名前だって言うのよ。


「熊襲って言う方がまだしもポピュラーや」


 つまり高千穂は日向と熊襲の国の間にあったとしてる。熊襲って九州の南部にあった国らしいけど、それに合う高千穂って、


「熊襲の国は日向と敵対しとるから、イメージ的には鹿児島や。そうなると霧島にある高千穂峰になるし、あそこには天逆鉾が突き刺さっとる」


 あ、それ聞いたことがある。ただ日本書紀でもニニギノミコトは、


『到於吾田長屋笠狹之碕矣』


 古事記と同じように笠狹の碕に行っている。


「そやけどな霧島の高千穂峰は荒涼たる火山や。あんなとこで暮らせるかい」


 ポイントとしては高千穂に天下ったけど、古事記も日本書紀も笠沙の岬ないしは笠狹の碕に移動してコノハナサクヤ姫とのロマンスになるようだ。神話的には霧島の高千穂峰の方がロケーション的に良いそうだけど、実話としてはあんなところに何をしにいったの世界になるそう。


「カササの岬の比定の問題も出て来るけどな。そんなんもひっくるめて歴史ロマンや」

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