第24話

 鳥坂と胡蝶は、以前通された副園長室に座っていた。間には身だしなみを整えたマリアが陣取り、テーブルを挟んで向かいには副園長の御木が座っている。


「本当によろしいんですか?」

 御木が申し訳なさそうに、再確認をしてくる。


「いえ、こちらこそこんな可愛いお嬢さんとデートができるんですから」

 胡蝶はいつになく満面の笑顔で話しをしている。横に座っていた鳥坂は、人目を気にすることなく大口を開け欠伸をし、マリアは決まりごとのみたいに服をしっかりと握っていた。


「では、よろしくお願い致します」

「はい」


 やっと話が纏まった。

 胡蝶がもう一度、形式的な言葉をして立ち上がった。すでに諦めている鳥坂も、つられて立ち、マリアもそれに倣った。

 鳥坂は早々に部屋を出るが、振り向くと胡蝶の姿がまだない。仕方無く腰巾着のになって引っ付いているマリアと、玄関で待つことにした。

 玄関扉の上はガラスになっていて、そこから差す光が暖かく、大きく体を伸ばそうとした。

 でも服の裾をマリアが掴んでいるため、不発におわり、中途半端に伸ばされた筋肉が不満げにしている。


「おい、離せ」


 相変わらず首からボードを下げてはいるが、容姿は百人見れば百人が愛らしいと言われる格好をしていた。

 日本人離れした顔立ちもそうだが、着せられている服が、淡いピンクのシンプルなワンピースに腰には白いリボン。靴下は膝まである広いレースが付いていて、玄関にはマリアに用意されたベージュの靴がある。

 どう見ても鳥坂と種類が違う。これを連れて歩いている自分を想像するだけで、気分が萎えてきた。

 大きく溜息を出したところで、扉が閉まる音が響いてきた。


「すまないね。ちょっと話しをしていたから。じゃあ行きましょうか? マリアちゃん」

 

 胡蝶がマリアの手を取ると、鳥坂の服を手放し、靴を履いて意気揚々と歩き始めた。

 駅までの道は、胡蝶がマリアと手を繋いで一歩的に話し、その後ろを鳥坂が歩いた。

 訪船駅から電車に乗り、百貨店や商業複合施設がある天園駅あまぞのえきまで三十分ほどだが、胡蝶はずっとしゃべり続けていた。

 車内は胡蝶の声を聞いて男なのか女なのか、その真偽を確かめようとする乗客の視線がいくつもあったが、鳥坂も胡蝶も慣れているので気にはならなかった。


「さあマリアちゃん。目的地に着いたわよ。今日は沢山我儘言っていいからね」


 ホームに降り立ち、胡蝶はマリアに視線を合わせて話しかけた。だがマリアは勢いよく首を横に振る。胡蝶は予測していたのだろう。


「マリアちゃんが我儘を言わないのなら、もう会いに行けないわ。ね? それは寂しいからね?」

「何が、『ね?』だよ。たぬき爺が」

「お黙り!」


 鳥坂は適当に流したが、子供のマリアは真剣に胡蝶の言葉を受けとめて考えている。

 暫くしてマリアが首を縦に動かすと、胡蝶は笑顔を浮かべて「さあ行きましょう!」と、遠足で子供が喜んでいるみたいな足取りになりつつも、マリアの歩調に合わせ進んでいった。


 駅のコンコースは天井が高く、自然光を取り入れるための工夫がされていて、若者向けから仕事帰り、主婦をターゲットにした飲食店や雑貨店が軒を連ねている。

 平日とあって人は思ったほど多くはないが、夕方になれば人に埋め尽くされるのだろうと想像できた。

 胡蝶がどういう予定を立てているか知らないが、混雑する前に帰れることを祈った。

 二人の後ろを歩きながら妙な雰囲気に気が付いた。平日だと言うのに、マリアと同じくらいの子連れや学生が目につく。

 時間などに関係なく、依頼が入れば、という仕事しているため、鳥坂に曜日は関係なかったが、普通平日であれば子供は学校があるはずではないか。


「おい胡蝶」


 緩んだ顔でマリアと話し、声は届いていないようだ。今度は大きめの声を出した。


「オカマの胡蝶!」


 二人の足が止まり、一気に距離が縮んだ。頭頂部から電気が走ったような衝撃があった。


「誰がオカマだい!」

「痛ってえな。殴らなくてもいいだろ」

「レディに対して、失礼じゃないの」

「だ……」

「何だい」


 これ以上、くだらないやり取りをしても仕方がないので、鳥坂は頭を擦りながら聞いた。


「今日は平日だろ? 学校があったんじゃないのか?」


 胡蝶はあからさまに馬鹿にした顔で答えた。


「今は春休みだよ。これだから日陰暮らしは困る。ねえ? マリアちゃん」


 そんな時期なのかと鳥坂は思った。何せ学校というものから離れてかなり経つ。


「春休みか」

「何ボケっとしてんだい。行くよ、鳥坂」


 はいはいと適当に返し、先ほどと同じ距離間で歩き始めた。

 ここだけでも十分買い物ができるのに、建物と連結する隣のビルへと移動するらしい。

 吹き抜けになっている一階、メンズやレディースのアパレル関係、二階が小物雑貨店、三階に靴売り場とブランド店があった。

 三人が向かったのは子供用品がある四階だった。

 エスカレーターを降りるなり、引きずってマリアを店に連れ込んだ。孫に服を買う年寄りと同じで、あれもこれもと言っている。

 胡蝶の横でマリアは相変わらず無表情だ。胡蝶は服を次から次へと手にとってはマリアに合わせている。


「マリアちゃん、ちょっと着てみない? ね?」


 逆らっても無駄だと、子どもなりに悟っているのか、それとも他の思惑があって合わせているのか、マリアは頷いている。


「すみません。試着いいですか?」


 遠巻きに見ていた店員を呼び付けると、両手一杯に持っている服と一緒に、奥へと消えて行った。

 鳥坂は中には入らずに、通路に面した場所でそのやりとりを、ぼんやりと眺めていた。鳥坂は吹き抜けになった下を見た。カップルや年配の夫婦、子連れの主婦、学生がいる。

 普段、積極的に私用で足を運ばない場所は新鮮ではあったが、なんだかこういう生活もあるのかと、スノーボルを眺めている感覚で見ていた。


「おまたせ」


 振り向くと、胡蝶が大きな紙袋をぶら下げて満面の笑顔で立っていた。


「さて、次、行くわよ」

「は?」

「は? じゃないわよ。来たばかりじゃないのさ。ねえマリアちゃん」


 女じゃないのに、なんで買い物をしたがるのかと、鳥坂はわざとらしく溜息を吐いた。


「何? 文句でもあるかい? はい」


 そう言って紙袋を渡してきた。


「なんだよ」

「何だよ、じゃないわよ。今日、あんたは荷物持ち要員だからね」

「……なんだよそれ」

「何さ?」


 鳥坂は諦めて、荷物を受け取った。


「胡蝶。その前にトイレ」

「そうねえ。マリアちゃんはどうする?」


 マリアも頷き、一行は十メートル先の通路に見える、トイレ標識へ向かう。胡蝶がそのまま女子トイレに入ろうとするので、鳥坂は慌てて腕を引っ張った。


「ちょっと!」

「お前は男だろうが」

「だって心配じゃないか」

「お前と入るほうが心配だ。それにそんな年でもないだろ。マリアは」


 マリアは頷くと、一人で中へ入って行く。

 男子トイレに入った二人に、先客達の視線が集まる。


「あら、私ってそんなに綺麗かしら」


 などと馬鹿な言葉を口にしている。周りは、胡蝶の独り言とスカートを巻き上げて立っている姿を見て、納得したようだった。

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