第10話

 街灯も少なく、鳥坂と着物を着た男と髪で顔を隠した子供。今もし誰かが歩いていれば妖怪の一団に見間違えられても文句は言えない奇異な組み合わせだった。

 綺麗好きでもないが、このマリアを自分の部屋の浴槽で洗うのかと、げんなりしてくる。加えて、独身男性の家で少女を風呂に入れるのも抵抗があった。

 鳥坂の気分は、曇天のごとく暗くなっていた。


「なあ胡蝶。今どきの託児所ってのは、泊まりもさせてくれるのか?」

「色んな職業があるからねえ。二十四時間やってるところなんて、珍しくないさ。で、この子は何処から来たんだい?」


 今までの流れを簡単に説明すると、


「鳥坂、それは託児所じゃなくて施設だよ」

「施設?」

「孤児院みたいなところさ。聖アレルヤって言ってなかったかい?」


 鳥坂は交番でのやり取りを思い出そうとしていた。


「そう言えば、そんな名前だった」


 明らかに鳥坂をバカにした感じで、胡蝶が溜息をついた。


「ここいらであんたが言うような場所は、そこしかなかいからね。まあでも、公園を挟んで向こう側は高所得者の家が並んでいるから、長く運営出来ているみたいだし、それなりに恵まれている園みたいだよ」

「へえ」


 気がつけばすでに公園の前まで来ていた。胡蝶が言うように昼間の公園を思い浮かべると、確かに車を止めている側の区画の建物より、柵の向こう側にある家が一回りほど大きいような気がした。

 基本的に家から駅の往復と、車の時に公園に立ち寄って周りを半周している程度で、地域に関心もなかった。


「じゃあこいつ、親がいないのか?」

「さあ、どうかしらねえ」


 鳥坂がマリアを見ると、頭が下に動いた。だがその質問に鳥坂が心を痛める事はない。


「それにしても警察って、こんな夜中に徘徊している子供を保護しないって、職務怠慢じゃないのか?」


 嫌な思い出が横切った彼は、話題を振った。


「そんなもんさ。子供を保護したところで何もできないし、置いておく場所がないからね。ある意味、彼らにとっちゃあ煙たい存在でしょ。それにこの子には両親がいないんだから軽視してるんじゃないかね」


 確かに鳥坂が小さい頃にも似たような過去があった。昔を思い出すと妙に納得が出来た。

 マンションに着き、玄関ホールからエントランスへと進んだ。

 エレベーターホールは白い大理石の床と壁で囲まれ、空気がひんやりとしている。ファミリー世帯向けの間取りがほとんどのため、エレベーターは二基設置されていた。この時間、住人が使っていないので二基とも一階に止まったままだ。


 エレベーターに乗った三人は、鳥坂の部屋がある五階で降りる。

 狭い箱のなかでマリアの匂いがより際立ち、鳥坂も胡蝶も最小限に息をしていた。


「全く、いつ来ても殺風景だねえ」


 部屋に入って開口一番に、胡蝶が毒を吐いた。


「うるさい」


 鳥坂は歩く延長で靴を脱いで、足跡を玄関に残した。

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