第3話

昔、安積が入れ込んだ女に買い与えたのだがある日、忽然と消して空室となっていたのを鳥坂に格安で貸してくれた。賃料は要らないと言った安積に、相場の半分でも、と納めている。

 キッチンとセパレートの風呂とトイレ。十帖のリビングと七帖の洋室、六畳の和室の2LDKの間取りだ。

 だが殺風景な部屋で、リビングには電話、テレビとテーブル。洋室にはクローゼットとベッド。和室はトレーニング機材を置いてある。


 キッチンには独身用の小さい冷蔵庫の上に、レンジとトースターが山を作り、一人暮らしには広い調理場にはポットが置いてあるだけだ。

 寝て食べるだけの場所と言っても過言でないかもしれない。

 その日は雨が降り、じんわりと鳥坂の体に湿気が染み込んでくる気だるさがあった。まどろんでいる中、仕事の依頼の電話が鳴った。

 ベッドに転がっている訳にもいかず、仕方なく起き上がる。


「もしもし」

「鳥坂か?」


 電話の向こうから酒やけのした、ざらりとした声が聞こえてきた。それをまだ寝ぼけた頭で聞いていた。


「運んで欲しいモノがある」

「ああ、わかりました。で、いつです?」

「今から一時間後に、駅のコインロッカーに入っている鞄を、四(し)旬(じゅん)市(し)にあるサンライズパーキング場まで持って行ってもらいたい。鍵は、公衆電話の下に貼りつけてある。頼めるか?」


 鳥坂は、受ける際の決まり文句を言った。


「死体とか、その一部は入って無いですね?」と。


 だが実際、一部が入っていても鳥坂には分からないそれでもこの質問は必要だった。

 念のため、その部分は携帯に録音している。実際に鳥坂が荷物の中身を見ることはないが、もし万が一事故があった場合、相手が嘘を言った証拠になる。

 しかし現実に起こってしまった場合の対処は、考えてはいなかった。


 クローゼットを開けて、適当に上着とズボンを取り出す。迷う必要はなかった。中はどれも似たり寄ったりの服しかない。

 鳥坂は依頼通りに、公衆電話がある駅に向かい、言われた通りに荷物を運んだ。

 この日は雨のせいで、金属製のロッカーも湿気ていて、指先から水分が伝わってきて気持ちがいいものではなかった。


 指定されたパーキングエリアに停めてある、教えられたナンバープレートの車を見つけ、荷物を手渡した後、金を徴収して終了した。

 始めた頃は安積の伝手からの仕事が多かったが、徐々に組織には関係なく依頼が来るようになり、いい具合に稼げるようになっていった。

 ロッカーを使う場合は、中に一緒に前金が入っていて、指定された運んだ場所のロッカーに残りが入っている。取り出す時も方法は同じだ。


 対人の場合は、ロッカーから人に変わるだけで同じ方法だ。その他の仕事はその場で徴収する。

 この日、一仕事終えた後は大体公園に寄るのだが生憎の雨で、そのまま車を走らせ真っ直ぐにマンションに戻った。


 降り注ぐ水滴が車を容赦なく叩くので、耳障りなほどに賑やかだ。ラジオを点けても、雨音でいまいち内容が聞き取りにくい。

 ワイパーは忙しなく動いていても、雨量が多いから役には立たず視界も悪い。

 だんだんと苛々が募って来た鳥坂はこの雨の中、出歩く人間なんているはずもないと、住宅街なのにアクセルを踏み込もうとした。場所はちょうど公園に差し掛かった時だった。

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