少女とオトコ

安土朝顔

第1話

 黒い細身のパンツ。緩めたネクタイに白いシャツを着た鳥坂涼太とりさかりょうたは車から降り、年代物のアパートの前に立っていた。

 周りは比較的新しい家屋が立ち並んでいて、ところどころ時間に取り残された苔でも生えてきそうな建物が残っていた。


 鳥坂は儀式のように煙草を吸い終わると、持っているメモの内容を再度確認して、書かれている部屋へと向かう。

 ただ部屋まで行くには、錆びた階段を上らなくてはならない。

 腐った鉄は虫食いみたいに穴が空いている。手すりはあるが、触ろうとすら思わないが、腐った建物に足を踏み入れることには馴れていた。

 目的の部屋の前に立つと、間髪いれずにいきなりドアを勢いよく蹴り始めた。


「オラッ! 居るんだろうが、出てこいや!」


 薄っぺらいドアを蹴り破らないように注意し、音が最大限に出せる蹴りと、大声でわめき散らした。

 鳥坂の声は、近所中に響き渡っていた。平日の日中とはいえ、徒歩や自転車で通り過ぎる人間もいる。

 響く怒声に驚き、視線をレーダーみたいに作動させて発信元を見つけると、聞き耳を立ててゆっくり通り過ぎて行く。

 こうして数人が通り過ぎたころ、やっと耐えかねた部屋の住人がドアを開いた。


「すみません。もう少し待ってもらえませんか?」


 少しの隙間から命乞いでもするかのように訴えてきた住人。涼太はできた隙間に足を挟み込んで、力任せに開けた。、土足で部屋に入り込んでいく涼太に、目的の住人は猫に怯えて逃げるネズミみたいに部屋の隅へと逃げて行く。


「おっさんよ。借りたもんは返さねえといけねえよな? おら、早く出せ」


 部屋の隅でひたすら呪文のようにすみません、すみませんと繰り返す住人に、鳥坂は容赦なかった。

 部屋中をひっくり返し、金銭を探し始める。ままごとセットを彷彿とさせる小さなキッチンにあった米櫃をひっくり返すと、幾ばくかの札が出てきた。


「おいおい。あるじゃねえか」


 金額にして一万にも満たない。


「ああ、お米が! そのお金は無理です。それが無いと食費が!」

「なら何処かで借りるか、働け」


 足に縋って来る住人を蹴飛ばすと、相手が軽く浮いて倒れた。


「また、来るからな。金、ちゃんと用意しておけよ」


 鳥坂は止めてある白色の中古のセダンに戻ると、再び煙草で一息つくことにした。肺に吸い込んだ煙を吐き出すと、大きく切れ長な目元はゆっくりと下がりはじめる。

 鍛えられた体は、服で隠れて見た目では分からないが、一八〇センチ弱の身長と均整のとれた体格はモデルのようでもあった。

 車内に煙が充満し始めたのでエンジンをかけて、窓を半分ほど開けた。煙草を灰皿の上に乗せると、携帯で連絡を取り始めた。

 相手は鳥坂の親代わりで、可愛がってくれている、安積淳一あずみじゅんいちで、今回の取り立ての依頼者でもあった。


「もしもしオヤジ?」


 鳥坂は安積をいつしかオヤジと呼ぶようになっていた。


「涼太か。今日はすまないな」

「良いっすよ。世話になってますから。一応、有り金は取ってきたんで、今から事務所へ持って行きます」

「ああ頼むよ。下の者には言ってあるから報酬、少ないが受け取ってくれ」

「別にいいですよ。簡単な仕事なんで」

「それでも仕事は仕事だ。じゃあまた何かあったら頼む」


 鳥坂はポケットに突っ込んでいた金を助手席に放り投げて、車を走らせた。

 鳥坂の仕事は、取り立て屋ではない。依頼があれば請け負うだけで、その中の一つに過ぎなかった。

 運び屋、何かの理由で無人になった部屋の整理など、殺人と死体遺棄以外の多岐にわたる仕事で生計を立てていた。

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