第17話 過去の文献
「アハハ……ハハ……なんでもないです、オホホ」
ささっと踵を返し歩き出す。なんでもないのよ! ちょっと躓きそうになっただけだから! ちょっと踏ん張っただけよ! そういうことで!
「どこへ行くんだ?」
そう言いながら背後ではなく、今度は隣に並んだラドルフ。その顔は相変わらず無表情だけど、なんとなく、ほんの少しだけ表情が柔らかくなったような? 気のせいかもしれないけどね。
それだけでもちょっと嬉しくなった。だってみんなに幸せになってもらいたいしね! フラグを立てないようにだけは気を付けないといけないけど、まだ大丈夫なはず!
しかも最近のセルディ殿下とアイリーンはとても仲が良いし! きっと大丈夫!
問題はあの黒い靄よ!
「図書館に向かいます」
「図書館?」
「えぇ、ちょっと調べたいことがあるので。ですので、ご一緒していただかなくて大丈夫ですよ」
「なにを調べるんだ? 手伝おう」
「え、いや、別に、手伝っていただかなくても……」
ジッと見詰められ……睨まれ? 無言の圧力……分かりましたよ……良いですよ……。
はぁぁあ、と溜め息を吐き、もう仕方ない、この際ラドルフにも聞いてみるか! と開き直った。
「あの……黒い靄について調べたいのですが……ラドルフ様はなにかご存知ですか?」
「黒い靄?」
はい、終了―! 知らないようですね! がっくり。
「なんだ、黒い靄って?」
「知らないなら結構です」
ニコリと笑って見せたが、逆にムスッとされた。
「言え、協力出来るかもしれないだろう?」
「いやぁ、協力していただきたいのは山々ですが、私自身がよく分かってないので、それを今から資料でもないか調べに行くのです」
「では、私も一緒に探してやる」
うーん、どうしても一緒に行く気だな。仕方がないので図書館へ向かう道中、最近見える黒い靄について話してみた。
初めて見掛けたのはアイリーンの傍で、そして最近学園内でよく見かけること、とりあえずは私が蹴散らすとそのときは霧散し見えなくなること、をラドルフに説明した。
「黒い靄……」
ラドフルは考え込んでしまった。
「なにか聞き覚えとかありませんか?」
「ないと言えばないし、あると言えばある」
「は?」
なんじゃそら、どっちやねん。
「なんですかそれ」
「いや、なんというか黒い靄というか、『黒い影』という話は聞いたことがある」
「黒い影?」
「あぁ」
その黒い影の話を聞こうとしたところで図書館へとたどり着いた。学園内、教室が並ぶ学舎と近く、その建物だけでも学年一つ分の学舎と同じ大きさがあるのでは、というほど大きいものだった。
扉を開け中に入ると、ひんやりとした空気が流れ、静けさも相まって神聖な場所のような錯覚に陥る。
「おや、ルシアさんとラドルフではないですか。珍しい組み合わせですね」
この声は!!!! 声の方へ目をやるとそこには手に本を抱え、にこやかなシュリフス殿下がぁぁぁああ!!!! こんなところでお会い出来るなんてー!!!!
「シュリフス殿……じゃなくて、シュリフス先生! ごきげんよう!」
「ルシアさん、お静かにね」
クスッと笑われ頭を撫でられる。むふぅぅん!! 素敵!!
「なにか調べものですか?」
スンスンと匂いを嗅いでいたことに自分で気付きハッする。
「あ、はい! ちょっと調べたいことが……あ、そういえば先生にも聞いてみようかな……」
「おい、私の『黒い影』の話を聞くんじゃなかったのか?」
「あぁ、そうでした、それも聞いておきたいですね」
「黒い影?」
シュリフス殿下が怪訝な顔をした。珍しい表情ね、それもまた素敵! うふ。
シュリフス殿下にも先程ラドルフに話したことと同じように話す。そしてラドルフが話していた黒い影の話になると、
「黒い影の話は私も聞いたことがありますね」
「先生もですか?」
「はい」
二人の話は共通だった。
黒い呪い、という過去の文献に載っているそうだ。
昔、とてつもなく力を持った魔導師がいた。その魔導師はあまりの力のため、危険視され国から封印されてしまった。しかし封印されてもなおその魔導師の力は溢れ出た。それどころか封印された憎しみにより暴発し、溢れ出た魔力は黒い影となって人々を襲い出した。
人々に憑りついた魔力は憎しみを生み、そこかしこで争いや諍いが起こった。そうなると人々で殺し合いが始まり国は混乱した。
そこへ一人の賢者が現れ黒い影を封印した。国は辛うじて復活を遂げ、賢者はその後姿を消してしまい、残ったものはそのときを知る者が書き残した書物と封印に使われたとされる魔石だけとなった。
「それが黒い影のお話……」
「あぁ」
「その話はあまり世間的には知られていません。国に文献が残されているだけで、ほとんど知る者はいないはずです。私やラドルフは王宮と関係があるので見たことがある、というだけですし、残されたとされる封印に使われた魔石とやらもないので、本当の話なのかどうかすら疑わしいと言われています」
「そう、なんですね……」
話だけ聞いているとアイリーンが闇堕ちした原因と似ている気がするわね。
確か……、婚約破棄されたアイリーンが嘆き悲しみ、それに呼応するように黒い靄が集まって来ていた。それらをアイリーンが吸収し、意識もない化け物となってしまう……切り捨てられた記憶のせいなのか、アイリーンの心の叫びなのか、その化け物はずっと唸りながら涙を流していたのよ……。
きゅうっと胸が締め付けられた。悲しい。悲しい気持ちだけを残した化け物……。
黒い影に取りつかれた人々は己の意思と関係なく争いを繰り広げた……。アイリーンもその黒い靄に取りつかれたりしなければ、化け物になってセルディ殿下を殺そうなんてきっと思わなかったはず……。
憎しみや悲しみが闇を寄せ付け、憎しみだけをさらに大きくしていってしまった……。
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