第52話 往生際が悪い奴ら

「ちょっとあんたらの真似しただけじゃない。それもユカに頼まれてなんだから、警察に行くならユカの方じゃない!」

「誰が頼んだって?」


 物陰から、怒りに燃える表情のユカがゆらりと姿を現した。彼女は偽物のスマホを中西くんから受け取ると、なにやら素早く画面をたたいた。


「あんたらみたいなショボい偽物に、誰が頼むか!! そこまでネタには困ってない

のよ、このチンクシャ共が!!」

「ちんくしゃって……」


 狆くしゃ。目・鼻・口が顔の中央に集まっているような顔のことで、転じてブサイクという意味も持つ。しかしユカはなんでこんな単語を知ってるんだろう。やっぱり女子高生ではないのか……?


「それに、人のライフジャケットをすりかえて、穴まであけといてよく言うわよ。立

派な殺人未遂じゃない」


 ユカがそう言うと、二人の顔がざっと青ざめた。


「え……」

「足がつって溺れて、救助されたんじゃなかったの……」


 その表情に嘘はないように思えた。おそらくこの二人は、僕の事件については何も知らされていなかったのだ。わずかな報酬か、自己顕示欲を刺激されたのか──いずれにせよくだらない方法で、犯罪行為に引っ張り込まれた。詐欺の受け子と一緒である。


「……呆れた。本当にいいように利用されただけじゃない」

「殺人未遂……ってことは、刑務所?」

「就職も全部ダメになるってこと……?」


 今更自分の置かれている立場に気付いたのか、二人は震え始めた。少しかわいそうな気もするが、自業自得である。


 ──そう思って僕が気を抜いた一瞬のことだった。何かが体に当たり、僕ははね飛ばされる。


「ま、待ちなさいよ!」


 ユカの声が上方から聞こえるから、突き飛ばされたのだと分かった。ウエストポーチの方から土の上に転んだから、荷物が僕の脇腹を圧迫してあえぐ。


「大丈夫!?」


 渚沙さんが駆け寄ってきてくれる。僕は痛みをこらえながら、なんとかうなずいた。


「バカだなあ……」


 中西くんの呟く声が聞こえる。


「逃げられるわけ、ないのに」


 その声に被さるように、啓介けいすけが率先して走り出した男の前に姿を現した。突然の人影に、男は小さく悲鳴をあげる。


「よし、押さえろ三井!」


 関田せきたさんがガッツポーズをしたが、当の啓介は困り果てていた。


「……で、ここからどうしたらいいわけ?」


 そして男も、とっさに走り出した足を止めることができず、前につんのめった。結果、どうなるか。


「わっ」


 二人の体が、見事なまでに正面衝突した。がつん、と頭がぶつかり合う音がして、双方が完全にのびてしまう。


「い、一応……捕獲成功ってことでいいのかな?」


 ユカが戸惑っているうちに、もう一人残っていた女が後ずさりを始める。あ、逃げられる。そう思って、僕はさっきより焦っていた。


 しかし次の瞬間、彼女の前に人影が落ちた。何やら長い棒のようなものを持っている──僕がやっとそう視認した次の瞬間、棒の影がぐるりと大きく回った。上から下へ、足を払うように的確に繰り出された棒は、瞬く間に元の位置に戻る。


 次に状況を視認した時には、女が足を押さえて倒れていた。骨は折れていなさそうだが、棒が当たったところが痣になっている。


「っ……」

「諦めなさい。あなたは完全に包囲されている」


 薙刀のような長い棒を持って悠然と立っているのは、早乙女さおとめさんだった。しなやかな体に添うように置かれた棒は、まだ女の出方をうかがっている。


「それでもまだ暴れるというのなら、相手になるけど?」


 早乙女さんは不敵に微笑んだ。その姿はいつものはっちゃけた姿と違って、神々しいまでに美しい。女は諦めたようにうつむき、出てきた警察の面々に引き渡されていた。


「相変わらず鮮やかだな」

「いやん、牧埜まきのさま! もっと褒めて!!」


 獅子王ししおうさんに褒められて身をくねらせる早乙女さん。しかしその横で、僕たちは呆然としていた。


「早乙女さん、そんな武術いったいどこで……?」

「小さい頃から仕込まれていました。主の護衛もできない執事では、頼りなくて一緒につれて歩けませんからね」


 その言葉を聞いて、僕ははっとした。事件後、勝一郎しょういちろうじいさんが執事のことを「早乙女」と呼んでいなかったか。


「あの執事さん、まさか……」

「私の祖父よ。両親は執事をやらず、自分で会社を興したんだけど……私も将来は役員を誰かに譲って、執事になりたいわ」


 やっぱりそういうことだったか。


「ま、とりあえず犯人を確保できたから良しとしようぜ。中西、お前にしてはよくや

ったな」


 啓介が呵々と笑う。それでも、中西くんはぼうっとしていた。彼の頬には、明らかに赤みがさしている。


「……彼女だ」

「なに? どういうことだよ」


 中西くんからことの次第を聞き出そうとした時、道の向こうから大量の大人たちがやってきた。勝一郎じいさんを筆頭に、警察官が中心となった一団だ。その中には、昨日僕を助けたインストラクターの姿がある。


 髪型や体型が大きく変わっているわけではない。それでも、昨日僕ににっこりと微笑みかけてきた人とは別人に見えた。──それくらい、彼女の顔は変わってしまっていたのである。能面で夜叉というやつがあるが、まさにそれそのものの表情に変わり果てていた。


「そちらも終わったか」


 その声で、呆然としていた女がはっとした顔になった。


「そ、その女よ! その女が、私たちに指示してたの。私たちはただやらされてただけで──」

「分かったから少し黙っていなさい」


 勝一郎じいさんのひとにらみで、女はぱったりと静かになった。さすがの眼力である。


「共犯者はこの二人で合っているな?」

「そうよ」


 インストラクター……確か竹中たけなかといったはずだ。彼女は憎々しげに言った。


「まさかこいつらまで突き止めるとはね」

「……本当に、あなたが犯人なんですか。僕を殺そうとしたんですか」


 僕が言うと、竹中は鼻で笑ってみせた。


「殺す? わざわざそんなことする必要ないわよ。適当なところで近付いて助ける予定になってたのに、別の客にトラブルがあってね。それを処理してたら、あんたは遠くまで流されてるし沈みかけてるしで……よっぽど運が悪いのね」


 自覚はしていたが、改めて言われると傷つく。


「それでも、仕掛けたのはあんたでしょ? 誰なのよ、いったい」


 ユカがため息混じりに言うと、竹中はきっと彼女をにらんだ。




※今回のお話は楽しんでいただけましたでしょうか?

「早乙女さん、最後にようやく株があがった」

「中西くんまさかそういう……」

「小林くん、マジドンマイ」

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