第3話:ドレッドノートで朝食を (Breakfast at Dreadnought's)・ネズミ狩り03

 ・聖エデン世紀 1160年 07月 21日 08時 00分

 ・ラニアケア、本来のタイムテーブルに帰される

 ・ドレッドノート記念公園内の自販機前


 ――――もたもたしていると、また逃げられてしまうに違いないわ!ヒューゼス卿から貰った補給品を使おうか?違うな……ヒューゼス卿は悪名高き守銭奴ではないか。後でたっぷりお金を取られるからやめておこう。走ればいいさ。私の運動神経なら『商業地区アイリーン』までは走ってもすぐにたどり着く。素直に走ったり、ビルの天辺を飛び移ったりりしたら、だいだい2分30秒……いや3分といったところかな。


「3分で着くから待ってなさい!!ラットボーイ!!そして、あの若い女もただでは置かないわ!!」


 私はヒューゼス卿からの補給品は使わず、代わりにVAMOTHVR AR MR of the Hologramを起動させた。これは秘匿要塞国デリリアムの最新機器で、電源を入れたら、ホログラムで出来た実体のない眼鏡が目の前に浮かぶようになり、『仮想現実、拡張現実、複合現実』のすべてを必要に応じてその眼鏡に表示させるデバイスだ。今はナビゲーションを使うためにVAMOTHを起動させたんだから、デバイスは私の意図を理解し、自動で最適化を開始する。すぐに視界にナビゲーションが浮かんだ。よし、局地的に騒動に巻き込まれている区域をサーチしよう。そのためにもやはり、ビルの天辺を飛び移って移動したほうが良さそうだ。すでに荒れた息でゼーゼー言いながら、私は何度か地面やら壁やらを蹴ってビルの天辺に登った。当然、ビルの屋上なだけにヘリポートになっている。


「え?このヘリポート……誰か作業中?こんな朝早くから?」


 数人の作業員がヘリポートでペンキの塗り直しをやっているようだ。別に一般人にニルヴァーナ能力とか、色々見られたからって不祥事にはならないけれど、頑張って働いてる彼らに迷惑をかけたくはない。だから、私はすぐに他のビルに移ろうとした……が、おかしなものを目撃してしまった。


 普通、ヘリポートには、この場所が『ヘリポート』である事を表す記号が描かれている。おなじみの丸囲みのアルファベットⒽがそれなのだ。しかし、このヘリポートは作業員たちがペンキの塗り直しで記号ではなく、新しく絵を描いていた。どうやら、最近流行りの『迷えるわんこちゃん』のロゴらしい。宣伝のつもりだろうけど、変なことをするもんだ。ビルの側面ならまだしも、ビルの天辺を俯瞰で眺めてこそ捕捉できる宣伝なんて……事実上、ヘリコプターにしか宣伝効果がないと言ってもいいだろう。


「なによ。あらゆる媒体にCMを流してるくせに、まだまだ足りなくてヘリポートにまで宣伝中ってこと?ヒューゼス卿も裸足で逃げ出すレベルの守銭奴じゃないの。これぐらいしなきゃ金持ちになれないってわけ?」


 なるほど。これぐらい金に目が眩んだやつこそ稼ぐのだ。私なんていつまで経っても3食ナポリタン暮らしから抜け出せないわけね。そろそろ、私も豪華な食事が欲しいところだ。ラットボーイの件さえ何とかしたら、今日こそは優雅な朝食を楽しんでやる。


 そんなことを思いながらナビの案内通りビルとビルを飛び移っていたら、いつの間にか商業地区アイリーンに着いた。そこには信じられない光景、でも、昔のいつぞやの私には見慣れていた光景が、いま私の目の前に広がっていた。商業地区アイリーンの一部がほとんど焦土と化したいたのだ。


「この空爆にでも遭ったかのような街の崩壊具合。見慣れた光景だわ。リビング・ディ人間災害ザスターは健在ってわけね?ラットボーイ……」


 まぁ、おかげで見晴らしのいい事この上ないんだが。被害を免れた一帯では多くの人々がパニックを起こしている。みんな散り散りになって行動しているその中で、明らかに人が集まりつつある場所があった。VAMOTHのナビ上では『探偵事務所レーヴ』と記されている建物だ。その建物に逃げ込む人影が2名、それを至近距離で追跡する人影が1名、探偵事務所の前に位置するベンチでくつろいでいる人影が1名。どういうこと?あの者は周囲の街並みが崩壊していく間にもずーっとベンチでくつろいでいたってわけ?なんという神経しているの……。もしかしたら、ニルヴァーナ使い?いや、そうだとしても周囲が崩壊していく中で何のリアクションもしないでベンチに座って呆けていられるなんてのはちょっと考えにくい。よほど場数を踏んでいるか、それともただの異常者か……


 まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。なにやら、追跡者みたいなのがニルヴァーナを使い出したみたいだし。アーキタイプのニルヴァーナ能力か?半端ないプレッシャーだ。これ、私が防がないと商業地区アイリーンがまるごと無に帰するレベルだわ。私だって直撃を食らったらそのまま戦闘不能になるかも。


「壊れるなよ?生け捕りという命令だ。――行くぞ!カイオト・ハ・カChayot Ha Kodeshドッシュ!!!」

「この野蛮人!!そんなプレッシャーで叩き込んだら壊れないやつなんてこの世にいないわ!」


 私からの罵倒はヤツの耳にも届かなかっただろう。瞬時に飛び込んだ私は『追跡者』のニルヴァーナ能力を弾いて、また瞬時に離脱したからだ。ヤツのあまりのパワーのせいで爆発音と共に風圧がすごく、きっと誰しもこの辺りが吹っ飛んだと思い込むに違いない。だって、当の『追跡者』本人でさえもそう思い込んでるようだし。あの意気揚々と帰りながらナルシシズムたっぷりに後ろを一度だけ振り向く余裕は何なのよ……私にニルヴァーナが弾かれたことすら気づいてないくせに。


 どうやら、ラットボーイの他に、ネズミ狩りの本当のターゲットが出来たらしい。久々に本気を出しても良さそうね。と、その瞬間、どこからと無く私を呼ぶ声が聞こえた。


「ラニアケアちゃん、避けるんだ!!頭上から来てるじゃねえかよ!」

「え?ラットボーイなの?あんた逃げたんじゃないわけ?頭上から来るって何??」

「あの鈍感女が……くそ……!!これだからスターケストは甘いぜ!!ヤチコちゃん、さらなるアルキュビエレ・ドライブを頼む!!」


 そしたら、頭上の虚空で6発のリボルバー発射音がしては、どこからと無く現れたあの若い女に抱かれたまま私はテレポートさせられた。



 ――つづく――

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