第3話:ドレッドノートで朝食を (Breakfast at Dreadnought's)・ネズミ狩り01

・聖エデン世紀 1160年 07月 21日 01時 07分

・探偵事務所レーヴ壊滅から数時間前

・ホテル森羅万象、スイートルーム


 母なる大地デウス;エデン。この地で人間は生まれながらにオール・シングスALL THINGSの祝福を受けて永遠に生きる疑似不滅種である。数年前、『シルバーミラー事件』の対策で開かれた第73回首脳会議にて私が『ラナ・マーヴェラス』の名で公表した事実『人間の削除とは、すなわち人間の死なせる事だ』という、例外的なケースを除いては、人間は永続が約束されている。


 だとしたら、その祝福を免れながらに永続出来ている自分は一体何なのだ?教団と元老院では私のことを『スターケストStarkest, 最上位不滅種』と呼ぶけど、それは種名に過ぎない。スターケストとはどこから来て、どこへと流れていくのだ?いくら自問しても答えはわからない。その昔、どうしても答えが知りたかった私は長き旅の末、不滅種賢者ワイズマンハーミットチェロキーに謁見を果たし、スターケストについて聞いたこともあった。


『人間が疑似不滅種であるなら、スターケストは自然発生不滅種ではなかろうか』


 私が期待していた完璧な答えは返ってこなかったものの、非常にそれらしい仮説を聞かされたので、私はひとまず納得することにしたのだった。しかも、それ以上に、不滅種賢者ハーミットチェロキーを探し求めて4年費やしたので、さらに時間を割く訳にもいかず、この仮説で満足するしかなかったのもある。


 そんな自分自身の事もわからない惨めさに辟易した私は行方をくらまそうとしたけど、第73回首脳会議以降は決戦教団記念博物館の最深部に置かれている別荘――と言っても、厳重な金庫だが。その中で、フェアリー化したまま待機を命じられている。私だけの技能なのか、スターケスト種はみんなそうなのか……私は身体を手のひらサイズに縮小させることで素早い治癒が出来る。不滅種としての自己修復技能は身体の大きさに関係なく作用するので、フェアリー姿の方が格段に効率がいいという寸法である。もちろん、私はどこにも怪我などしてはいないが、『精神的に疲れているのでは』という名分で、ヒーリングを兼ねて瞑想をするようにと、フェアリー化を命じられているのだった――が、


「なのに、見ず知らずの男にホテルのスイートルームまで連れ込まれるとはどういうことなの!?私をどうしようっての!?煮るなり焼くなりあなたの好き放題っての!?」

「誤解だよ!俺は賞金稼ぎ兼怪盗で、カムイ・コトブキという者だ。君に危害を加えるつもりは……」

「そんなの知らない!!このケダモノ!!」


 休眠している私の隙きを突いて自称怪盗の『鴨井・事勃起』という男が、私を拉致してしまった。しかも、名前の下品さは伊達ではないということを証明するかのように、ホテルで私を押し倒しては、強引に襲おうと……


「バカ!このわからず屋!人の話を聞けよ!俺はそんな下品な名前じゃない!カムイ・コトブキだぜ!!博物館からフェアリーの宝石を盗んだつもりが、どうやらそれに化けていた君を頂戴したようだ……そこは謝る……しかし、強引に襲おうなど!!」

「わからず屋とはあなたの事よ!!もう10分もこのやりとりしてるんだから察してよ。こんなに誘ってもわからないの!?この朴念仁。嫌よ嫌よも好きのうちと言うじゃないの」

「ああ そういうことのそういうことなのね♪ そんじゃまぁ、いっただきま~すっと」


 誘っていたなんて嘘だけどね。こんな事もわからないんじゃあ、よほど独身歴が長かったと見える。カムイ・コトブキ――、パステルトーンの青緑ジャケットに襟を立てた黄色のストライプシャツと黒のズボンか。彼の身なりは私の昔のあの人に似ている。リボルバー持ちってとこまでも雰囲気が似すぎている。だから、ちょっとした遊び心で付き合ってやったものの、やはり彼は彼、あの人はあの人って事かな。当たり前なことだけど。さて、そろそろ飽きたし、帰ろうか。というより、彼に帰ってもらう。常人ならスターケストという言葉を聞いただけでも恐れをなして逃げ出していくはず。スターケストの数少ない長所かもね。


「カムイ。あんた、スターケストって知ってる?」

「突拍子も無く何だよ?今からベッドにダイブしようと思っていたのに……うん、まぁそりゃ知ってるさ。昔、君によーく似ていた『ラニアケア・バートリ・ジェヴォーダン』っていう正真正銘のスターケストが居て、俺と良いところまで行ったんだけどな……」

「え?」


 どうして……彼が私のイグゾ名免罪名(Exonerated Name)を……修交名の『ラナ・マーヴェラス』は決戦教団や元老院との対等な交渉のために作った名義であって、私の本名であるイグゾ名『ラニアケア・バートリ・ジLaniakea Bathory Gevaudanェヴォーダン』は名付け親以外には昔のあの人と当の私で3人しか知らないはずなのに……まさか!?


「カムイ――まさか、あんたってラットボーイ……」

「……ふふ、ようやく気づいてくれたかよ……そうさ。いまや昔の通り名だが、そのラットボーイが、ついに、君を頂戴に参上した。諦めて俺のもんになれ!」

「そう……元老院から脱走出来たのね……でも、イヤよ。あなたのものなんかにはならないわ」

「はあ!?さっきは一晩のロマンもあり的なムードをすげえ醸し出してたじゃねえか!じゃあ、何だ?ベッドにダイブしたらダメってのか!?!?」

「ダメに決まってるでしょう!?ダイブを許したことなど一度もないわ。鴨井・事勃起とは本当によく似合う名前ね」

「バカ!元パートナーになんてことを言う!今の俺の名はカムイ・コトブキだよ!とにかく、君を盗み出し、教団の呪縛から解放してやっただろ。その見返りぐらい期待してもいいじゃねえか!ラニアケアちゃん~!」


 この男!本当にダイブし始めた!彼のトランクスにプリントされているアホ面の犬の絵についつい注目してしまう。トランクスの趣味も実に彼らしい。『迷える猟犬』とかいうブランドらしいが……まぁトランクスなんてどうでもいい……はあ……昔からこれだよ。私を本気で怒らせることだけは世界一上手い。鴨井・事勃起の正体がたとえ、私の昔のあの人であっても、彼には帰ってもらう!元々そのつもりだったし!私のアーキタイプで八つ裂きにしてやるわ。


「はっ!?誰!?」


 そしたら、ニルヴァーナ反応を感知したので、私は怒りを鎮めて周りを警戒する。


「カムイ――!!この浮気者!!今日こそはあんたをアルクビエレ・ドライブの犠牲に使ってやるさ……覚悟なさい!!!」


 と、その瞬間、どこからと無く怒鳴り声が聞こえて、本当に見ず知らずの若い女がどこからと無く現れては、ダイブ中のカムイと同時に目の前から消えた。いや、きっと、あの女がカムイを連れ去ったのだろう……


「何なのよ……感動の再会を踏みにじられた上に、ホテルのスイートルームの莫大な宿泊費は私が払わなくてはならないし……やはり、ラットボーイ、いや……鴨井・事勃起、あんただけは許さない!!あと、あの女も!!」


 鴨井・事勃起改め、ラットボーイRat Boy、鼠小僧ね。なるほど、まさに工房街ドレッドノートらしいじゃないの。名物ネズミ狩りのスタートだわ……うふふ……




――つづく――

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