絶滅区域<EX>のカナリア
オオツキ ナツキ
- 第 1 話 - メルカとカピバラと
ヤギには本来、胃が四つあるらしいが、この身体になってから、メェダスは以前ほどの食欲が湧いてこなかった。
青々とした草を見ればむしゃりつき、草原の匂いがちらつく紙を見ればむしゃりついていた頃が、遠いむかしのようである。
彼女の持つ<本>はどんな味がするのだろう。紙の味ではなく、中身のことである。考えるほどにヨダレ、ではなくて興味が湧いてくる。
「今度はどこに向かってるんだ?」
メルカの隣をトコトコと歩きながら、カピバラのメェダスは、口をもごもごと動かしてたずねた。
目の前に一冊の本がふわりと飛んでくる。
メルカの持つ<
その本がすごいのか、メルカがすごいのかは、メェダスにはよく分からない。
「かつては炭鉱で栄えていた町<モルニア>ね」
肩のあたりまでゆるりと伸びたメルカの黒髪が、風でなびいている。毛先のほうは青く染まっているところもあった。
目の前でページが開かれて漂っている本には、いくつかの地図が載っていた。枠外には細かく文字も書かれている。
メェダスにとっては初めて訪れた土地だったが、地図に落ちた丸い点が現在地を示していることはすでに聞いていた。その丸い点は水色をしていて、この本の存在する場所であるらしい。
ひときわ広くページを埋めている地図には、ほとんど何も書かれていなかった。地図の中ですべての道は途切れており、その先はぽっかりと真っ白な穴が開いているように見えた。まるで何も存在していないようでもあった。
「やっぱり何か持とうか?」
背負ったリュックを持ち直したメルカに、メェダスがたずねる。
カバンからは甘酸っぱい香りが鼻先に漂ってくる。ぱんぱんに詰まったカバンの中には果物も入っているのだろう。
「これくらい、大丈夫よ」
と、けろりとしている。ほんのりと暖かな日差しの中でもメルカは汗ひとつ浮かべていなかった。地図を自分の手元で漂わせて歩きながら、ときおり視線を地図に落としている。
暗く淀んだ色をした本の表紙には、ほのかに模様が淡く浮かびあがっている。模様はぐるりと輪を作っている。何かの模様に見えるだけで、知らない世界の文字なのかもしれない。
「幽霊とお友達になれると思う?」
「幽霊は食べられるやつ? 食べられないやつ?」
「食べられないかな。どちらかと言えば」
メルカは少し悩んでから答えた。「わたしもまだ見たことはないけどね、次の町には幽霊に関する報告がたくさん残っているの」
地図の枠外に書かれた文字をメルカは目で追っている。
「初歩的なものだと、誰もいないはずの部屋の扉を勝手に開けたり、勝手に閉めたり。触ってもいないのに勝手に動かして、勝手に壊すそうよ」
「ずいぶんと勝手なやつなんだな、その幽霊ってやつは」
「そんなの会ってみないと分かんないものよ」
メルカの表情には不安な様子はまったく感じられなかった。見えもしないのに会えるつもりのようだ。
現在地から伸びた道はやがて、メルカの地図から消えた町へたどりつく。
このときはまだ、どこまでものどかな草原が続き、どこまでも平坦な道が続いているように見えていた。
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