燕のウンコはプルプルしてる
燕が好きです。
この時期になると、駅の改札口なんかによく燕が来てますよね。
今年も、普段通勤に使っている駅に燕たちが現れました。
ヂュチチチチチ! ジィーッ! ジィーッ!
なんて、けたたましく鳴きながら、人々の頭上を忙しく飛び回っております。
燕がつがいになり、巣を作り、卵を産み、雛を育てる。やがて雛たちが巣から溢れそうなほど大きくなり、巣を飛び出して飛行訓練を始める。夜には燕の一家がお尻を並べて眠りこけてる……
そんな姿を眺めあげるのが、この季節の密かな楽しみだったりします。
さて、燕といえば、僕にはひとつ、苦い思い出があるのです。
今日はその思い出の話……
*
あれはもう10年以上も昔のこと。
当時僕は、岡山県の片隅のマンションで一人暮らしをしておりました。
そのアパートの屋根付き駐輪場に、ある年、燕がやってきたのです。
天井の蛍光灯の脇に、日々着々とできあがっていく大きな巣。
しばらく親燕が巣の中でじっとしているな、と思ったら……
数日後、聞こえ始めた雛の声。
毎日毎夜、出勤時と帰宅時に燕たちの様子を見るのが楽しみで楽しみで……
ところがある日、仕事を終えて帰宅した僕は愕然としました。
巣が壊れている。
いや、壊されている。
燕の巣ってけっこう頑丈な作りのはずですが、それが半分余りもボキッと折り取られている。床に土と草の混ざった残骸が散らばっておりました。
燕たちの姿はどこにもありません。逃げてしまったのでしょう。
誰が壊したのだろうか。
猫? 鴉?
あるいは……人間か。
同じマンションに住んでいる住人の誰かがやったのかも……
やるせない気持ちで立ち尽くしていた僕は、ふと、視界の隅に動くものを発見しました。
雛だ!
まだ生きてる!!
どうしよう。
どうしよう。
いや、考える余地はない。
まだ目も開いていない、全身がまばらな産毛に覆われているだけの、弱りきった雛。
放っておけば死ぬだけだ。
僕は雛を手のひらで掬うように持ち上げ、部屋に連れ帰りました。
しかし雛はおろか、鳥を飼った経験もない。知識もない。調べようにも深夜だ。
そこで頼ったのが、当時の2ちゃんねるでした。いつも入り浸ってたアーマードコアのスレッドで「どうしよう」と相談したら、「こんなところで聞くより野鳥板に行けよ」という当然の一言。
慌てて駆け込んだ野鳥観察板のスレッドで事情を説明して意見を求めたら、
「分かってんのか? それ違法だぞ」
そうです。はっきり申し上げます。僕のしたことは違法行為です。
鳥獣保護管理法第八条『鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等又は採取等をしてはならない』
たとえそれが、死ぬしかないヒナであっても。
僕は少しためらって、答えました。
「分かってる。でも助けたい」
「そうか。それなら」
ということで大勢のスレ住人がアドバイスをくれました。
まず何よりも体温維持。箱に布やティッシュを詰めて保温し、フタも少し口を開けた状態で閉めておく。
そして水。雛にとって脱水が一番怖い。まだ小さすぎるので、スポイトで飲ますのも無理。そこで箸の先端を水で濡らして口元に運んでやると、夢中で舐めはじめました。
餌。動物性の餌がいい。ドッグフードのペレットを飼ってきて、すり潰して水でこねて粘土状にして、ピンセットで与えてみろ……
水や餌が効いたのか、雛は翌朝には目に見えて元気になりました。
僕が箱のフタを開けると、ぴいぴいぴいぴいぴいぴい!! と、うるさいほどの声で餌をねだってきました。
餌をあげるとむさぼり食う。水も飲む飲む。そして、身体のサイズの半分くらいもありそうな、でっかいウンコを出す。
知ってました? 燕の雛のウンコって、スライムみたいにプルプルなんですよー! 清潔を保つために割り箸でつまんで捨てましたが、容易につまめるくらいプルプルでした。
よし、この調子なら、いける!!
僕は、皆からもらったアドバイスの最後の段階に手を付けることにしました。
曰く、
「その時期の雛を人間の手で育て続けるのはどのみち無理だ。
だから早い段階で元の場所に戻すしかない。ひょっとしたら、親鳥が返ってくるかもしれない。それを祈れ」
というわけで、壊された巣の代わりになる巣箱作りに着手。
色々考えた結果、1.8Lペットボトルの底の部分を切り取ってお椀型にし、側面にピンバイスで穴を開け、針金を通して、蛍光灯の支柱に結わえ付けることにしました。
プラモデル作りの道具がこんなところで役に立つとはね!
そして巣箱の底に保温材として紙を詰め、雛を入れて、壊れた巣の隣に設置。
ピイ! ピイ! 元気よく鳴いてる雛。
僕は駐輪場から遠く離れ、しばらく様子をうかがいました。
すると……
来た!
近くにいた燕が、スーッと駐輪場に入っていったではありませんか。
燕はすぐに出ていきましたが、しばらくしてまた戻ってきました。
これは、いけるんじゃないか!?
人間が近くにいると警戒するかもしれない、と思っていったん観察を切り上げ、その日の夜に再び駐輪場を覗いてみました。
すると、僕が作った巣箱のすぐそばで、燕が一羽、眠り込んでいるではありませんか。
巣箱の中にはどうやら雛もいるようです。モゾモゾ動いているのが見えます。
翌朝、今度は、親燕が雛に餌やりしているシーンを見ることができました。
やりました! 本当に親燕が戻ってきてくれたんです!
それからしばらく、僕は今まで以上に巣を見守るのが楽しみで、毎日ニコニコして暮らしていました。
雛はすくすくと育っていき、だんだんと毛も生え揃い、僕が拾ったときの倍近い体格になっているようでした。
このまま巣立ちまで生き残れたらいいな……!
しかし、自然界の掟は、僕が思っていた以上に厳しいものでした。
ある日、仕事終わりに帰宅した僕は、巣箱の中に雛がいないことに気付きました。
そればかりか、親燕の姿も見えない。
まさか、と思って床を探し……
雛を見つけました。
雛はもう、死んでいました。
何が原因だったのかは、分かりません。
僕の即席巣箱では、保温性が足りなかったのか……
巣箱から転落死してしまったのか……
あるいは再び何者かに襲われたのか……
いずれにせよ、僕が助けたかった燕の雛は、一度も空に羽ばたくことなく、短すぎる一生を終えました。
雛を埋葬し……
事の
後片付けをして……それで、おしまい。
*
燕の子育てを見るたびに、僕は今でも、あのときのことを思い出します。
どうかあの子達が無事に巣立てますようにと、心のなかで祈りを捧げながら。
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