私に桜は似合わない


 結局、人が最も美しさを感じてしまうのは人なのかなと。


 幼馴染で友人である小野さくらの指が桜の花びらに触れるのを見てそう思った。


 さくらの趣味の古民家カフェ巡りに付き合ったのだが、二階の桜の庭を見下ろせる席に着いた途端に落ち着かなさを感じた。


 百年続く古民家を継ぐ老婦人はとても上品で綺麗で、赤い宝石の指輪が良く似合う人だった。

 その娘であり、ここのマスターである女性も清楚な白のエプロンが良く似合う人だった。


 さくらは優しい茶色の髪に白と赤のグラデーションの花飾りのバレッタをつけ、白いブラウスにピンクのカーディガンという綺麗そのものの格好をしている。


 彼女たち一人一人の格好に、青のチュニックにデニムの私は追い詰められる気がしている。


「ああ、綺麗」


 咲き始めたばかりの桜を見て、さくらはマスカラをしっかりつけた麗しい瞳を細めた。微笑むとチークと、さくら本来の綺麗な輪郭が映えた。


 さくらは綺麗な人だ。


 ああ、綺麗という桜への賞賛に私は紅茶をゆっくり味わうフリをして無言を貫いた。


 綺麗は私を追い詰める。



「ねえ、庭に降りてもいいってマスターが」


「私はゆっくり飲みたい気分なの」


 さくらはあまりにあっさり納得して、じゃあ写真を撮ってくるよと、楽しそうに階段を降りて行った。


 そして、桜の下を自由に歩き回る。私はさくらを見下ろしながら紅茶を飲む。


 一人になると、作っていた笑顔を一旦しまうことができる。


 馬鹿馬鹿しい。


 休みの日にわざわざ昔の建物を改装したカフェに来ることも、先祖の遺産で幸せになっているような類の人たちも、綺麗という言葉に抵抗を感じないどころか慣れきっているさくらも。


 そして私自身が馬鹿馬鹿しい。



「見てみて、この写真いいでしょ」


 五枚撮ってきたようで、興味はないけど一枚一枚確認しておく。

 適当にどれか一つを褒めればいい。

 全て褒めれば全てを褒めていないことになるから。


 桜舞う小学校の入学式。手を繋いでいた仲良しの私たち。


 可愛いねと声をかけられる量の違い。

 それが始まりだった。


「じゃあこれ。送ってちょうだい」


「これね。いいよね、やっぱよく撮れてるよね」


 はい、どうぞと、私のスマホにやってきた画像データを見て、笑いを堪えた。


 さくらは気がついていないようだが、毛虫が映り込んでいる。さくらが気持ち悪がって彼女の端末の中からデータを消しても、こっちの毛虫は消えない。


 周りに綺麗だと言われ慣れてる人の些細な失敗。


「今日はありがとうねー。また遊ぼうね」


 さくらは月に一回か二回私を誘う。私は二回に一回応じる。


「じゃあ、またねー」


 二人で軽く手を振り別れる。


 子供の頃からこうして一緒にいるけど、何も変わらない。



 家で毛虫の写真を見て一人で笑う。


 子供の頃から人は綺麗な人に綺麗だと言う。


 毛虫を見る周りの目がなければ、誰も毛虫を指差さないし笑わない。


 誰も桜から引き剥がさない。


 大人になっても二人で遊んでいるというより、大人になったから二人で遊べるのだ。

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