第17話【逃げる冒険者たち】
冒険者たちの襲撃があった日の昼。
愛美に叩き伸された冒険者たちがモブギャラコフ邸の庭からやっと出ていった。
彼らは夜明けの早朝から昼前まで休んでやっと出ていったのだ。
それほどまで愛美から受けたダメージが大きかったのだろう。
立ち上がれるまで2時間掛かり、歩けるようになるまで更に2時間も掛かってしまったのだ。
「ひ、ひでえめにあったぜ……」
痛めた背中を擦りながら大男が呟いた。
彼は自慢のスレッチハンマーを杖代わりにして歩いている。
相当腰を痛めたのだろう。
「ああ……、私も首が痛くて上手く動かせないわ……」
アーチャーの女は痛めた首をほぐすように回しながら歩いていた。
首筋が軋むように痛むのだ。
「儂なんて鼻の骨がおれてしまったわい……」
魔法使いの老人は瞑れた鼻を隠すように包帯を巻いている。
鼻が瞑れて呼吸もつらそうだ。
「畜生、町に帰ったら差し歯を発注しないと女に笑われちまうぞ……」
盗賊風の男もフードで真っ赤に腫れた顔を隠していた。
抜けた前歯を気にしている。
「とんでもない損害だったぜ……」
無傷なのは頬に古傷がある男だけであった。
彼だけが愛美とは戦わなかったから無傷で済んだのだ。
盗賊風の男が古傷の男に問う。
「それでリーダー、これからどうするんだ。依頼人のところに帰って任務失敗を告げるのか?」
「まさか……。そんな恥ずかしいことが出来るか」
「じゃあ、どうするのよ?」
「エデン町に帰るぞ。今回の依頼は無かったことにする。冒険者ギルドにもそう報告する……」
「バックレるのね」
「じゃが、もしもゴクアクスキー男爵が闇営業のことをギルドに話したら儂らがヤバいことになるぞい」
「あの男爵も馬鹿ではないだろう。そんなことをしたらどうなるかぐらい知れているだろうさ」
「だから今回のことは忘れよってことね」
「ああ、そうだ。もう異世界転生者には関わらねえ。ましてやゴリラ顔には絶対に近づかねえ。それが俺らの新しい掟だ」
「分かったぜ」
「掟じゃな……」
「了解した、リーダー」
「分かったわ。私も賛成よ。もうゴリラは懲り懲りよ……」
反省会をしながら冒険者たちが街道を歩いていると、道の横にある大岩に腰かけていた黒髪の美少年に声を掛けられた。
「あんたら、あのゴリラに負けたのかい?」
「んん?」
五人が黒髪の美少年のほうを向く。
大岩に腰かける少年は黒髪の美少年だった。
野郎たちから見ても美しい少年。
黒髪の少年は抱えていた壺を岩の上に奥とヒョイっと飛び降りる。
「なんだよ、一人だけ無傷が居るじゃあないか」
「「「「「???」」」」」
五人は揃って呆然と少年を眺めていた。
何故ならいろいろな思いが錯綜していたからだ。
何者?
少年?
美しい。
いつから居たのだろう?
何故に話し掛けてきた?
何故に無傷が一人居ることを知っている?
しかもそれを何故に気にしている?
いろいろと疑問が多かった。
故に不意に出た言葉が──。
「なんだ小僧。喧嘩ても売ってるのか?」
言ったのはパーティーのリーダーで、古傷の男だった。
機嫌が悪かったのもあるが、少年の態度と口調が癇に触ったのだ。
大人に使う口調ではない。
故についつい荒々しい言い方になってしまう。
そんな古傷の男に対して黒髪の少年も荒々しい態度を強める。
黒髪の少年が指の間接をポキポキと鳴らしながら言い放つ。
「どうだい、今度は俺と遊ばないか?」
「なんだと!?」
古傷の男は静かに怒りを露にした。
流石に子供に舐められてはいられない。
ちょっと懲らしめてやろうかと一歩前に出る。
その古傷の男に黒髪の少年が早足で近付いて行った。
速い歩み。
少年の身長は150センチ程度。歩幅も狭い。
だが、その歩みは大人並みに素早かった。
歩幅と移動速度が異なって見える。
「なにっ!?」
異変に気付いた古傷の男が黒髪の少年の眼差しを凝視した。
しかし、その中に驚異を見付ける。
それは闘争心。
しかも狂犬のような荒々しい闘争心だった。
飢えている!
そう古傷の男が察知した刹那には、腰の双剣に両手が伸びていた。
冒険者として生きた本能が察したのだ。
剣を抜かねば!
切らねば殺される!
殺さねば殺されて喰われる!
そう殺意を読んだのである。
だが、古傷の男が双剣を抜くことは出来なかった。
それでも双剣の刀身は半分ほどは抜かれていた。
ただ鞘から抜ききれなかったのだ。
一瞬のこと───。
ガッン!
双剣を抜こうとした古傷の男は顔面を殴られていた。
腕を伸ばした黒髪の少年の拳が男の顔面にヒットしている。
身長差故に斜め下から飛んできた縦拳。
鼻と唇の間を殴られていた。
しかも、その拳は特殊な形に握られていた。
中指の第二間接を尖らせるように握られた拳の型。
まるで角先で突かれたような衝撃が打たれたポイントから後頭部に突き進む。
一本拳突き。
空手の公式戦では禁止されている危険な型だ。
その一本拳で人中を突かれた。
軽い一刺しによる衝撃。
まるで刺すような痛み。
その衝撃が真っ直ぐ頭を貫き後頭部に抜けていく。
激痛。
しかも、並みの激痛ではない。
まるで鼻を瞬時にむしられ、前歯をすべて同時にもぎ取られた痛みよりも激しく感じられた。
強烈な激痛だけが脳味噌を串刺すように襲ったのだ。
そして、その次の瞬間には意識が闇に包まれた。
激痛のサインが脳の機能をショートさせてしまう。
立ったままの気絶。
古傷の男は一本拳で打たれた瞬間には気絶していたのだ。
その男に追撃を振るう少年の手刀。
両手の手刀が立ち尽くす男の眼前を何度も過ぎる。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
その数は十太刀。
「まあ、こんなものか」
そう呟いて銀髪の少年が手刀を納めると立ち尽くしていた男の革鎧と服が微塵切りに破けて落ちる。
古傷の男が全裸に剥かれた。
その剥かれた胸を少年が人差し指で軽く押す。
「ほれ」
すると白目を向いた古傷の男が背中からバタリと倒れ込んだ。
完全決着。
「なるほど、弱い」
全裸の男を見下ろす少年。
驚愕の光景に固まる冒険者たち。
何が起きているのか理解が届かない。
その少年の言葉に反論する者は一人も居なかった。
パーティーのリーダーがノックダウンされたのに仲間たちは誰も助けに入らない。
彼らも少年から飢狼の気配を感じ取っていたからだ。
関わって噛みつかれたくない。
もう怪我を負いたくない。
これ以上の厄介事には関わりたくなかったのだ。
それが本心である。
「さて」
踵を返した黒髪の少年は岩の上の壺を抱えると村のほうに歩みだす。
「とっとと蜂蜜を買って家に帰ろっかな~」
冒険者たちは暢気に歩く少年の背中を黙って見送った。
そして、少年の背中が見えなくなると言う。
「な、なんだったんだ、あれ……」
「し、知るか……。でも、この村にはもう一匹バケモノが巣くっているみたいだな……」
パンチの一撃でリーダーを伸し、素手で革鎧を微塵切りに刻む。
有り得ない無手の秘技。
まさにバケモノだ。
「は、早く帰りましょう。もうこんな村に居るのも恐ろしいわ……」
「そ、そうじゃのぉ……」
冒険者たちは気絶するリーダーを抱えると逃げるようにソドム村を出て行った。
この村には二度と近付かないと誓って───。
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