第10話【対決の成立】
愛美が村長邸のリビングで朝食を頂いていると、怒鳴り声と共に青年が飛び込んできた。
唐突に登場して唐突に怒鳴り付ける戦士風の青年。
年ごろは二十代半ばぐらいだろうか。
額には血管を浮かべ憤怒にまみれている。
「表に出やがれ!」
「は、はい……」
訳がわからない。
訳が分からなかったがセンシローの煽りに応えて愛美が素直に家を出る。
青年の勢いに飲まれたのだ。
そして、威嚇に表情を強ばらせる青年の前に愛美は涼しげな顔付きで立った。
だが、愛美の心情は困惑に震えている。
しかし、その困惑はゴリラ顔に飲まれて読み取れない。
まるで愛美が冷静に振る舞っているように周りには見えた。
そして、村長邸の庭先で向かい合う二人。
村長に夫人、それに息子さんが物陰から心配そうに見ている。
だが、心配されているのはセンシローのほうであった。
誰も愛美を案じていない。
その証拠にセンシローは恐怖で震えていた。
センシローは堂々と振る舞おうとしていたが、体の震えが止まらない。
せめて震えているのを気づかれないように体を動かして誤魔化すだけで精一杯だった。
何せ眼前にはゴリラ顔の筋肉超人が立っているのだから怖くない訳がない。
しかし、負けずとセンシローが去勢を怒鳴る。
「テメーが村の代表を勤めるだと!!」
「そうですが……」
愛美は困ったように眉をしかめて答えたが、その仕草ですら誤解される。
まるでセンシローのことを舐めきっているように見えるのだ。
何せゴリラの表情を読み取るのは人間には難しいことだからである。
「ふざけるな、俺と勝負しやがれ!!」
「なんで、そうなるの……」
訳が分からない。
そもそも愛美には眼前の青年が誰かも分からない。
何故に怒っているのかも理解できない。
だから何故に絡まれているのかが納得いかなかった。
「私と戦いたいのですか?」
「いいから勝負しやがれ、このゴリラ野郎!」
怒鳴り散らすセンシローは問答無用で背中から大剣を引き抜いた。
行きなりの武装。
どう見ても愛美は丸腰だ。
そんな相手に行きなりにも武器を抜いたのだ。
しかもセンシローのほうは鎧まで身に付けている。
鋼の胸当てにスパイクで飾られたオシャレな肩パット。
手には籠手を嵌めて、膝にも鋼のパットを装備している。
戦士らしい完全武装だ。
そのような人物に愛美は勝負を申し込まれたのである。
愛美は首を左右に振ってコキコキと間接を鳴らした。
それから静かに答える。
「いいですよ」
お互いの同意。
ここに対決が成立した。
だが、愛美が武装を整える様子はない。
軽く体をほぐしただけでセンシローに歩み寄って行った。
始まっている!
センシローの脳裏に直感が過ぎた。
もう勝負は始まっている。
ならば、このゴリラ野郎に近づかれたら不味い。
万が一にも掴まれたら、それだけでミンチにされかねない。
それだけのパワーが有るのは極盛りの筋肉を見れば子供でも分かるだろう。
ならば先手だ。
リーチでは大剣を構えているセンシローのほうが圧倒的に有利。
「うりゃぁあああ!!」
センシローは容赦なく切りかかった。
袈裟斬りの一撃を振るう。
「おっと」
だが、躱された。
半歩のバックステップ。
すると愛美の眼前を大剣の切っ先が過ぎる。
「か、躱された!?」
困惑の中で仰天するセンシロー。
それも当然である。
センシローは殺す積もりで大剣を振るったのだ。
殺さなければ勝てないと悟ったからである。
なのに、その殺意を躱された。
しかも、容易く。
「クソッ、くそっ、糞ッ!!」
今度は大剣の乱打。
横振り、縦切り、兜割り。
連続で放たれる剣打の三撃を愛美は軽々とバックステップだけて躱してのける。
一撃も当たらないし掠りもしない。
「な、何故に当たらねぇ……」
愛美がニコリと微笑みながら言う。
「回避力のテストも終了。筋肉まみれの身体だけれど、なかなか素早く動けるわ」
「テ、テストだと……」
「じゃあ、次は残撃装甲のテストよ。今度は避けないから全力で打ち込んで来てくださいね」
「な、何を言ってやがるんだ。このゴリラ野郎は……」
愛美は腰を落としてドッシリと構えた。
その姿勢から攻撃を躱す気がないことが知れる。
愛美は本気で躱す気がないようだ。
筋肉で剣撃を受け止める積もりなのだ。
「あの~。一つ言ってもいいですか?」
「な、なにを……?」
「私は野郎ではないですよ。女なんですからね!」
プンプンと可愛らしく怒る愛美にセンシローは本日一番の驚愕を知る。
「あ、あんた女なのか!?」
信じられない。
「しかもまだ19歳ですよ!」
「俺より年下の乙女!!」
ますます信じられない。
センシローの大剣を握る腕が小刻みに震えた。
もう剣がガタガタと震えているのが分かる。
「そんなホラ話、信じられるか!!」
センシローは怒鳴りながら切りかかった。
懇親の一撃を愛美に叩き込む。
「うりゃぁああああああああ!!!」
再び袈裟斬りの一撃。
だが、今度の一振りにはセンシローの全力と全体重が乗っていた。
速度と命中率を捨てた故の強打だった。
しかし、宣言通り愛美は回避しない。
全力の袈裟斬りを筋肉合金で受け止める。
カツン……。
軽くてショボい音が鳴る。
「えっ……」
思ったよりも不思議な感触でセンシローの一撃は受け止められた。
大剣の刀身は愛美の鎖骨部分で止まっている。
切り抜くことは出来なかった。
肉を割き骨を断つどころか薄皮一枚切れていない。
「う、嘘だろ……」
またまた信じられない。
このようなことが、この世で有り得るのだろうか?
大剣の一撃を生身で受け止めるゴリラ。
普通は無理だろう。
そのような疑問にセンシローは顔色を青くさせる。
「それじゃあ、今度は攻撃力のテストね」
微笑みながら小首を可愛らしく傾げる愛美。
だが、やはり、そのゴリラ顔は可愛くない。
恐ろしいぐらいだ。
そして、愛美の発言にセンシローは更に顔を青くさせた。
攻撃が来る!!??
そう考えたときには愛美が片腕を自分の胸の前に寄せていた。
そこからの逆水平チョップ。
胸元の高さで構えられた腕刀を外側に払う打撃技だ。
プロレスでは繋ぎ技の一つで昔っから男女問わずに使われてきた打撃系の小技。
その一振りがセンシローの胸を叩く。
ガシャーーーンっと胸当てが激しく鳴った。
けたたましい轟音である。
剣で肉を叩いた音よりも、肉が鉄を叩いた音のほうが激しく聴こえた。
そして、その激音と共にセンシローの視界から愛美の姿が遠ざかって行く。
高速で愛美がセンシローから離れていくのだ。
「ああ、違う……」
そう、違う。
愛美がセンシローから離れたのではない。
センシローが逆水平チョップに飛ばされて離れて行ってるのだ。
そう、センシローの体が殴り飛ばされたのだ。
「う、嘘だろ……」
痛みは感じられなかった。
あんなに激しい音が響いたのに何も感じられない。
しかし、耳鳴りだけが響いていた。
そして、10メートルほど後方に飛ばされたセンシローは地面に背中から落ちると更にゴロゴロと三回ほど転がってから止まる。
「ああ、空が……青い……」
大の字で寝そべるセンシロー。
その鼻から血が流れ落ちる。
それよりも呼吸が出来ない。
苦しい。
やがて少しずつ全身が痛み出す。
痛いところを擦りたかったが、体が僅かにも動かない。
脚も腕も、指すら動かない。
そして、センシローの胸をカバーしていた鋼の胸当てが一文字にへこんでいた。
逆水平チョップの形のままにへこんでいるのだ。
それはまるで鋼鉄の金棒で殴り飛ばされたような有り様だった。
そのへこみのせいで胸が圧迫されて呼吸が出来ないのである。
「ああ、負けた……」
センシローは敗北を悟り受け入れた。
完敗である。
動けないので当然だろう。
そして、そのまま気を失った。
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