第8話【乱入】
早朝───。
愛美は窓の向こうから聴こえてくる小鳥の鳴き声で目が覚めた。
両足首から先がはみ出したベッドから起き上がると窓から外を眺める。
まだ窓の外は薄暗い。
「ふぅぁ~~~ん……」
ゴリラ口から欠伸が漏れると大きな手で口元を隠す。
そして、眠気眼を擦った。
「髪がボサボサだわ……」
愛美は手櫛で長髪を整えると部屋を出る。
それにしても昨晩出会った黒髪の美少年は誰だったのだろう。
「かっこいい子供だったけど……」
一人で夜の川に現れた少年。
不思議な存在感を滲ませていた。
子供のビジュアルに対して真逆な大人びた口調。
まるで中身と外見が異なって感じられた。
まさに不思議な美少年だった。
この世界の夜はいろいろと危険らしい。
故に子供が一人で夜の野外を出歩くなんて有り得ないらしいのだ。
なのに黒髪の少年は、一人で堂々としていた。
「あの子は何者だったのかしら……」
モブノ村長に訊いても分からないと言ってたし、息子のモブリスに訊いてもそのような友達は居ないって述べていた。
この田舎村では美少年が貴重らしい。そうそう居るものでもないらしい。
しかも、あんな夜更けに少年が一人で何をしていたのか?
「まあ、いいか……」
まだ朝が早いせいか、愛美が村長邸のリビングに行ってみたが、まだ誰も起きてきていない様子だった。
「ちょっと体でも動かそうかな」
愛美は一人で家を出る。
そして、庭先で軽い準備運動をすると走り出した。
日課のランニングである。
高校生時代にレスリングを始めたころから毎日続けている日課であった。
台風の日ぐらいしか休んだことがない。
そして、リズミカルに息を吐きながら村の外周を何周か走った。
おそらく20キロは走っただろう。
続いて体が暖まったので今度は筋トレを始める。
そのころにはあちらこちらの家から竈を炊く煙が上がっているのが見えた。
まずは腕立て伏せ300回。
続いて腹筋運動300回。
更に背筋運動300回。
そして懸垂運動300回。
最後にスクワット3000回。
これらを連続して6セットやった。
しかも1セットに費やす時間は15分程度だ。
前世では、ここまでのペースで朝からやったことは無い。
だが、この身体では、それらが軽々と出来た。
まさに朝の軽い運動程度にだ。
更に言うならば、これだけハードに動いたのに疲れていない。
疲労感をほとんど感じられないのだ。
故に再び実感する。
自分の筋肉が怪物級だと───。
「おはようございますでぶ、愛美殿~」
スクワットを行っていたら服を譲ってくれたデブナンデスに声を掛けられた。
彼はデブデブと出たお腹の脂肪をボリボリとかいている。
デブなのに朝が早いようだ。
「ああ、デブナンデスさん、おはようございます」
「愛美殿、朝からトレーニングでぶか?」
「はい、ちょっと朝練を」
「朝から頑張りますねぇ、流石にマッチョでぶよ」
「そうだ、デブナンデスさん。ちょっと良かったらトレーニングを手伝ってもらえませんか?」
「オラには筋トレとかは無理でぶよ。ほら、見てのとおり肥満体でぶから」
「筋トレに付き合ってもらいたいわけではなくて、その体重を借りたいのです」
「え、体重をでぶか?」
「はい、体重を貸してくださいな」
「いいでぶよ」
愛美は牧場の柵の下で横向きに寝そべった。
するとデブナンデスにとんでもないことをお願いする。
「デブナンデスさん、すみませんが、私の頭に乗ってもらえませんか」
「の、乗る……。頭に?」
「はい、両足で私の耳の辺りを踏むように乗ってもらいたいのですよ」
「な、何故にでぶ……?」
「だからトレーニングですよ」
「は、はあ……」
デブナンデスは愛美の言うとおり柵の下で横に寝そべる愛美の頭に乗った。
柵で肥満な体のバランスを取りながら両足で愛美の頭を踏みつけるように乗ったのだ。
デブナンデスの体重は200キロを越えているだろう。
その全体重が愛美の頭にのし掛かる。
しかし、愛美は横に寝そべる体勢で頭に乗るデブナンデスの体重を首だけの筋肉で支えていた。
首を傾けることなく地面から頭部を肩幅分だけ浮かせているのだ。
「それじゃあ、行きますからバランスに気をつけてくださいね」
「え、ええ……」
愛美が頭を横に傾けてこめかみを地面に着ける。
続いて首の筋力だけで頭を戻して浮かせるのだ。
デブナンデスの全体重が掛かった状態のままに──。
まるで首を使ったジャッキ上げである。
それを何度か繰り返した。
そして、100回やると、今度は逆に寝そべり反対側で同じトレーニングを繰り返す。
左右の首の筋トレだ。
しかも常人が出来るようなトレーニングではない。
プロレスラーが首を鍛えるさえに行うトレーニング方法なのだが、体重200キロの巨漢を相手に100回も繰り返せるレスラーは少ないだろう。
愛美の超ボディーは、それを難なくやってのけていた。
首の筋肉がウエストと同じサイズなのも納得できる。
その後、左右100回を3セット行われた。
「有り難うございました~」
「それではまたでぶー」
手を振るデブナンデスと別れた愛美が村長邸に戻ると朝食の準備が出来ていた。
テーブルにはモーブ夫人が作った朝食が大量に並んでいる。
愛美が昨晩お願いしたのだ。
夕食が少なかったので朝食を増やして欲しいと。
どうやらこの筋肉ボディーは燃費が悪いようだ。
普通の人と同じ食事量ではぜんぜん足りない。
「モーブ夫人、有り難うございます!」
「さあさあ、遠慮しないで食べてくださいね」
「はい!」
出された朝食は夕食の三倍ほどあったが、それですら愛美は簡単にたいらげた。
しかも足りない。
まだまだ食えるだろう。
「ま、まだ足りないわ……」
「まだ足りませんか!」
モーブ夫人が慌てて台所に飛び込んで行った。
追加の食事を作り始める。
すると玄関の入り口が乱暴に開いて男性が一人飛び込んで来た。
見たことのない青年だった。
「村長は居るか!!」
怒鳴り散らす青年の額に憤怒の血管が浮き上がっていた。
どうやら冷静では要られない様子だ。
そして、愛美を見付けると怒りの眼差しで睨み付ける。
「ウホ?」
短髪黒髪の青年はローブの下に鉄の胸当てを装備していた。
更に肩には刺々が飾られた勇ましい肩パット。
そして、背中には大剣を背負っている。
傭兵か冒険者だろうか?
そして、テーブル席に腰かける愛美に対して怒鳴って言った。
「テメーがゴリラ顔の異世界転生者か!!」
「ウホ……?」
殺伐とした表情。
なんとも物々しい人物の乱入である。
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