第2話【異世界転生】
高い天井から照らされるは無数の照明。
四角いジャングルと謳われるリングの中央では二人の女性が闘っていた。
女子プロの第三試合シングルマッチ。
試合は早くも10分が過ぎてクライマックスだ。
試合会場に観客たちの歓声が轟いた。
しかし、その直後に悲劇が訪れる。
マットに倒れる若手レスラーの首から惨たらしい音が響いたのだ。
ゴギゴギッ……。
折れた。
「ああ……」
彼女は消え去りつつある記憶の中で強く願っていた。
「もっと身体が大きければ……」
名前は猿川愛美(19歳)。
彼女は中学生時代に、たまたま観た動画でプロレスラーに憧れた。
彼女が観た動画は女子プロの試合。
引き締まった女性が煌びやかな水着を纏い、巨漢の女性とリング内で戦っていた。
女性なのに激しいぶつかり合い。
ただ身体を鍛えているだけでは有り得ない可憐なぶつかり合いだった。
そこには美しい闘志が見てとれた。
彼女はその闘志に憧れた。
「私にも出来るだろうか、プロレスが……」
しかし、彼女は少し小柄。
身長も158センチしかない。
だが、女子プロに憧れた。
そして、高校生時代からレスリング部に入り体を鍛え上げる。
しかしアマレスラーとしては成績を振るわなかった。
それでも最低限の体力を獲得していた彼女は高校卒業と共に女子プロの入門試験を受けて見事に合格する。
それから更に体を鍛え上げ、技を磨き上げた彼女はついにプロとしてデビューした。
しかし、彼女は弱かった。
デビュー戦から連続して連敗連敗大連敗。
それが一年間続く。
一年間一度も勝利出来なかった。
健闘するが、試合には勝てない。
何故に?
キャリアが無いだけではない。
身体が小さい。
身長が低い。
筋肉量も少なかった。
プロレスラーとしては細くて小さかったのだ。
だが、どこの女子プロ団体も選手不足。
やる気があれば、誰でも試験に受かるのが現状なのである。
しかも、事務所側は彼女に強さ以上にアイドル性を強く望んでいた。
そう、彼女は可愛かった。
お尻まで届く長い黒髪。
顔立ちも乙女っぽくって可愛らしい。
更にお姫様のような清楚な振る舞い。
なのに負けず嫌いな気構え。
やられても、やられても立ち上がる根性。
そこを買われたのだ。
女子プロを観に来る客層の中には、可愛い女の子がプロレス技に苦しむ姿に興奮する変態も少なくない。
彼女は、そのような変態的な客層にバカウケだったのだ。
だが、ある日の試合で事故が起きる。
巨漢のトップ女子レスラーのラリアットを食らった彼女は宙を舞う。
ラリアットと衝撃に体が回転して頭からリングに叩き付けられた。
普段なら受け身を取れば大事にならない技である。
ラリアットぐらい日常的に受け身が取れなければレスラーとして失格だ。
試合にすらならない。
しかし彼女は、その日に限って受け身をミスする。
しかもクリティカル的な大ミスである。
少し斜めの角度で頭から落ちてしまった。
強い衝撃に、不味いと言葉が脳裏に過る。
そして、首から聞いたことのない音が響き、激痛と共に視界が暗くなる。
音が聴こえない。
試合中の歓声が瞬時に消えた。
だが、意識はあった。
霞む視界にはリングのマットが斜めに映る。
声が出ない。
身体が微動たにも動かない。
レフリーが駆け寄ってくるのが見えた。
そして、試合終了の合図でレフリーが両腕を高く振るっていた。
試合が終わった?
それと同時に彼女の意識が闇に包まれる。
意識を失ったのとは違う感覚。
初めて感じる感覚である。
死んだ───。
本能で分かった。
自分は死んだのだと──。
そして、考える。
レスラーがリング上で死ねるのは本望なのだろうか?
それとも恥なのだろうか?
そのようなことはキャリア一年目の彼女には、まだまだ分からなかった。
それよりも、せめて試合で一勝ぐらいしたかった。
勝ち無しでレスラー人生を終わるほうが情けなかった。
それが悔いとなる。
「私がもっと強ければ、一勝ぐらい出来たのだろうか?」
その疑問は欲望に変わる。
「私がもっと巨漢だったら一流のレスラーになれたのだろうか?」
その欲望は願望に変わる。
「次に生まれ変われるならば、もっと巨漢で筋肉質に生まれ変わりたい。プロレスが強ければ、他に何も望まない」
そして、願望は何故か叶えられた。
何故にかは不明。
だが、叶えられた。
とにかく叶えられたのだ。
その不思議な理由に彼女の理解が届くのは、まだまだ先の話である。
それから彼女が目を覚ますと、眼前に長い髭の老人が胡座をかいて鎮座していた。
その周りに輝くは目映い魔法陣。
LEDライトだろうか?
空は暗く稲妻が轟いている。
「ここは、どこだ?」
異様な景色。
状況が飲み込めない。
すると背後から中年男性の声が聞こえた。
「勝ったぞ。これて鉱山の権利は我が村の物だ!!」
「鉱山?」
首を傾げる彼女。
そして、彼女が振り返ると背後に居た中年男性と目が合った。
彼は彼女を見て驚愕に打ち振るえたような表情を浮かべている。
その口から可笑しな単語がこぼれ出た。
「ゴ、ゴリラ……」
ゴリラとは、あのゴリラだろうか?
ジャングルに生息しているゴリラだろうか?
「ウホ?」
それにしても女性の顔を見てゴリラとは失礼な話である。
それよりも少し風が寒く感じた。
その風で彼女は自分が全裸なのにやっと気付く。
「きゃん、なんで私は裸なの!?」
慌てて体を捩り胸と股間を手で隠した。
だが、その胸元は片腕だけでは隠せないほどに大きい。
それは彼女の胸が豊満になったわけではない。
引き締まった筋肉で巨乳化しているのだ。
しかし、それは巨乳と言うより分厚い筋肉の塊。
オッパイとは別物に窺える。
しかも胸を隠した腕も筋肉で極太だ。
まるで競走馬の後ろ足のように腕の筋肉が太いのだ。
だが、その裸体を老人と中年男性がガン見していた。
それは流石に恥ずかしい。
彼女は二人の視線に赤面してしまう。
「ちょっと、女の子の裸を見ないでよ。なんで私、裸なのよ~!?」
「「女の子……??」」
彼女にも何が起きているか理解出来なかったが、男たちにも何が起きているか理解出来ていない様子たった。
その証拠に男どもが声を揃えて叫んだのである。
「「こいつ、女だぁぁあああ!!!」」
失礼極まりない話である。
19歳の乙女を捕まえて、何を叫んでいるのであろう。
それよりも今は服が欲しかった。
普段はリングで水着姿を晒しているとはいえ全裸とは異なる。
これでは変態ではないか……。
彼女は露出狂の趣味は無い。
「こっちを見るな!!」
叫びながら彼女はトーキックを放っていた。
中年男性を惨くも蹴り飛ばす。
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