第24話 文具店デート
ベイスンレイスの王都ルシタニアはきっちりと区画整理されている。北側は王宮を囲むように貴族の邸宅が立ち並び、さらにその周りを王家に承認された商売人が店を構えていた。
王家に承認された店は高級な商品を取り扱っており、貴族たちが好んで買いにくるため、貴族街と呼ばれている。
ロンメル家の屋敷は貴族の邸宅が並ぶ区画に建っているので貴族街に近いのだが、ひとつひとつの邸宅が大変大きいため、馬車で移動することが常識であった。
「ルシタニアは道が広いよね」
窓の外を眺めながらランティス様がポツリと言った。
「王都の北側は特にそうですね。馬車での移動を考えて作られたと言われておりますから」
お母様がランティス様の言葉を受けて答える。
そうなんだ。知らなかったわ。
わたくしからしてみれば当たり前の道なので、なんとも思っていなかった。
そう思いつつ外を眺めていると、どこかの馬車がわたくしたちの馬車を追い越していった。
「レインフォレストは道が広くないのですか?」
「ここまでは広くないね。そもそも馬車の需要があまりないから」
「……どうやって移動していますの?」
「歩くか魔法を使うか。羽のある獣人は飛ぶほうが速いし、ヴィノも自分で走るほうが速いよね?」
「まぁ、そうですね。あ、でも急ぎの場合はじゃんじゃん魔法使いまくりますけど。殿下は飛べますよ? 今度乗せてもらいますか?」
いいことを思いついたという表情でわたくしに提案してくるヴィノ様。それからランティス様を見やるとニッコリと微笑まれた。
「リシュアが良ければ、いくらでも飛ぶよ?」
ランティス様もノリノリである。
確かにちょっと興味はあるが、『乗る』ってどういうことかしら?
ランティス様におんぶされている姿を思い浮かべていると、ランティス様が戸惑うように声をかけた。
「リシュアは獣の姿が怖いかな? だったら絶対飛ばないから。安心してね?」
獣の姿? あ、そうか。竜の姿で飛ぶってことね。
全然違う姿を想像していたので、わたくしは思わず笑ってしまった。
「ふふふっ!」
「リシュア?」
「ごめんなさい。ランティス様におんぶされて飛んでいる姿を想像してしまって」
「あぁそうか。そもそも竜を見たことない……よね?」
「そうですね。ランティス様が良ければ竜のお姿を拝見してもよろしいですか?」
「……!! もちろんだよ!!!」
ランティス様が破顔する。
その可愛い笑顔にわたくしは釘付けにされた。
笑顔は何度か見たことがあるが、可愛いという感想は初めてかも知れない。
今までは浄化されるような神々しさだとか、14歳にあるまじき色気だとか、自分の語彙力を疑う感想しか言わなかった記憶があるが、今回は可愛いしか出てこなかった。
なんなのでしょう、これは。胸がキュンキュンして止まらないのだけど。
わたくしの胸は、ハートの矢で貫かれてしまったようだ。
そうこうしている内に、最初の目的地についた。
文房具を取り扱うお店だ。
白い壁に温かみのあるブラウンの窓枠が上品だ。その窓は陳列窓になっていて、高級感ただよう文房具たちが綺麗に並べられていた。
馬車は店の入口にゆっくりと横づけた。降りる準備をしてくれた従者が扉を開けてくれる。
ランティス様は変装の指輪を装着すると先に降りて、わたくしとお母様をエスコートしてくれた。
変装の指輪をつけたことで、つややかな黒髪は金髪に色を変え、太陽の光を浴びる度にキラキラと輝いている。
髪型はハーフアップ。実は初めて髪をくくらせてもらったあの日から、ランティス様の御髪担当はわたくしになった。
毎日部屋へ赴いているわけではないが、わたくしと会うときはいつも髪をおろしているようになったので、わたくしも髪をくくることを楽しんでいた。
今日はお母様にも手伝ってもらったので、ハーフアップの両サイドを編み込んである。
今日のランティス様は、白いブラウスに銀の刺繍が入った紺色のベストとジャケットを羽織っている。首元にはレースのジャボと青い宝石をはめたブローチが輝いていた。
ズボンも紺色なので、今日は少し地味なんだな、と思ったが、金髪になったことでコントラストが効いて、なんだか大変目立っている気がしなくもない。
あれ? 目立ってよかったんだっけ?
元々見目麗しい人だが、今日は一段とキラキラしていた。
わたくし、隣に立っていてもいいのかしら? 少し離れていようかな。
色々考えていると、我が家の従者が店のドアマンに声をかけた。入り口で会話をしている姿を見てランティス様が首をかしげた。
「あれは何をしているの?」
「名乗りですわ。今日は予約もしておりますので予約確認も兼ねておりますけれど」
「へえ。初めて見たよ。文具屋さんにドアマンが立っているのも新鮮だ」
「レインフォレストにはドアマンはいませんの?」
「文具屋さんにはいないね。ホテルにはいるけど」
文化の違いというものね。面白いわ。
程なくして店に入る。するとランティス様は感嘆の声をもらした。
「すごいね。こんなに広いとは」
両サイドの壁には、文房具の絵が描かれた大きな額縁が等間隔に飾られていて、その絵の下にはショーケースに入ったサンプルが置かれてあった。
店の中央にもショーケースが等間隔に並べられて、一番奥にはカウンターが見えている。
「なんだが宝飾店に来たみたいだ」
「レインフォレストでは陳列方法が違いますの?」
「文具屋さんでは見たことがないな。僕が知らないだけかもしれないけど。おしゃれだね」
ランティス様が、ショーケースを覗き込みながら楽しそうに話す。わたくしから見れば、いつもと変わらない店の風景だったので、ランティス様の反応に驚きつつも少し嬉しかった。
「商品がゆっくりと見られるからわたくしも大好きなお店ですわ。カウンターの奥にはお部屋もありますから、座りながら買い物もできますがどうしますか?」
「まずは店内をじっくり見て回ろうかな。リシュア、付き合ってもらえる?」
「もちろんですわ」
今日は案内するつもりで来たのだ。このお店に関してはわたくしの方が詳しいのだし、と意気揚々と歩こうとしたら手を握られた。
「待って、リシュア。店内は広いから手を繋ごう? 僕、迷子になっちゃうから」
そんなばかな。
確かに店内は広いが、混んでいるわけではない。それに、待ち合わせ場所になりそうなランティス様を見失うはずはないのだ。
わたくしに気を使ってくださったのね。
今のわたくしは12歳だもの。
「はい。ランティス様」
そう言うとランティス様はまたもや破顔した。
今日のランティス様は眩しすぎる。わたくしの瞳、今日一日持つかしら。
そんなことを思いながらランティス様から目をそらすと、ニコニコ顔のお母様と、ニヨニヨ顔のヴィノ様が目に入った。
「あの、これは」
いたたまれなくなったわたくしは2人に声をかけるが、お母様に遮られてしまった。
「大丈夫よ、リシュ。お母様のことは気にしないで。ヴィノくんがエスコートしてくれるから。お店から出るのはダメだけど、店内でいる分には全然2人でいてくれていいから!」
「いや、あの」
「夫人のような美しい人を、今日一日エスコートできるなんて恐悦至極にございます。さあ、参りましょう! 時間がもったいない」
「ええそうね、行きましょうか」
そう言うやいなや、お母様とヴィノ様は店内を回りだしてしまった。ちなみにヴィノ様も変装の指輪を装着済みなので馬感は皆無である。
「気を使われてしまいました……」
「楽しんでいるように見えるけど? 夫人もノリが良いよね。ヴィノの三文芝居に付き合ってくれるのだから」
「も、申し訳ございません」
「え? 怒ってないよ? さあ、僕らもデートを楽しもうか」
デート?
わたくしはその言葉に固まってしまった。
だが、ランティス様はそんなわたくしに気づくこと無く、満面の笑みで歩きはじめた。
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