ハントの心情



「おーい、ニコラ〜」

「ん?」


 それから数日、ニコラ非番。散歩をしていたら、ハントが手を振りながら近付いてくる。貴族のくせに、しょっ中会いに来て…暇なのかな?と毎回思う。

 外でこうして知り合いに会う可能性もあるので、きっちり胸は潰してあってバレずに済んだ。


「………犬、飼い始めたのか…?」


 ニコラは1人ではなく。大きな犬を連れていた。


「そんな余裕ないよ。これは犬の散歩のバイト」

「……バイト?兵士の給料じゃ足りないのか…?」


 自然と、肩を並べて歩き出す。その姿はまるで、仲の良い友人のようだった。

 ただハントは、未だにニコラに触れるのを躊躇う。びびび…プルプル。恐る恐る、頭を撫でてみる。ニコラは気持ちよさげな、猫のような顔をする。


「生活だけなら平気。でも…沢山貯金しなきゃ」

「欲しいものでもあるのか?」

「んー?別に。ただ…お金はいくらあっても困らないでしょ?アール達にも良いもの買ってあげたいし」

「…………そっか」


 ニコラは絶対、施しは受けない。なのでハントは、頑張れよと応援しかできなかった。



「兵士の仕事はどうだ?」

「思ってたよりキツくないよ。結構楽しいかも」

「そうか。その…変な奴に、絡まれたりしてないか?」

「?ハントみたいな?」

「そうそう、俺みたいな輩に……どういう意味だっ!?」

「冗談だよ」


 くすくすと笑うニコラ。その笑顔を見ては…引き下がるしかない。


「ボクね、意外とモテるんだよ?5歳の女の子には何度もプロポーズされてるし、年上のお姉さんにも誘われちゃった」

「へえ。……5歳の子はともかく、彼女つくらないのか?」

「(わたし女だしね〜)いいや。恋愛ってよく分かんないし。ハントは?モテるでしょう?」



 正直、モテる。顔が良くて剣の腕も立ち、武術の名家生まれ。なので王宮のメイドや、下級貴族令嬢はこぞって熱を上げている。


「……いいや。俺もまだいらないかな」

「そっか」



 ハントはチラッと、ニコラを見下ろす。



 痩せ細っていて、簡単に壊れてしまう子供。最初は生意気な物言いも腹立たしかったが…今は可愛いと感じる。

 高価なプレゼントは断固拒否するが、お菓子なんかのちょっとした差し入れは受け取ってくれて。気まぐれな猫みたいで…誇り高いライオンのようで。


 兄であるロットも、しょっ中ニコラの話をする。相当気に入ってんだな…と密かに感心していた。

 家族想いで、努力家で、ちょっとがめつい少年。敵にはとことん厳しいが、身内には激甘だ。



 そんな姿に、ハントは惹かれた。腕を折った罪悪感もあるが…この子を守りたい、と強く願う。



 そっと…犬のリードを掴む手に、ハントは自分の手を重ねた。宝物を扱うように、優しく。


「……どうしたの?」

「…手伝い」

「んー?バイト代はボクのだよ?」

「いらん…」


 だよね、とニコラは声を上げて笑う。

 まるで無邪気な女の子のようで、ハントの心臓は高鳴った。


「(う、嘘だろ…!?俺は男、こいつも男だぞ…!?)」


 別にドキドキするからといって、全てが恋ではないだろうけど。恋愛経験の乏しいハントは、自分の感情を持て余していた。


「(なんでハント、手を繋ぐんだろう?温かくて大きい手…ちょっと安心するかも…)」


 ニコラもまた、嫌な気分ではなかった。お兄ちゃんがいたらこんな感じかな〜…と妄想してみる。

 ロットが長男、ハントが次男。ニコラは長女、アールが三男。そして妹3人…それはなんて、楽しそうだろうか。




 それから2人は無言で30分ほど歩き、犬を家に送り届けて。バイト代を貰って、ニコラは封筒を胸に抱き大はしゃぎ。


「やった!このまま銀行に持って行こうっと」

「……他にもバイトしてるのか?」

「う?うん。アールと一緒に、色々ね。

 ボク裁縫得意だからさ、依頼されて古着を繕ったり、リメイクとかもやってるよ!そうだハント、いらない服あったらちょうだい」

「服?着るのか?」

「うん。ボクは別に、服にこだわりないし。アールも着れると嬉しいな。ああでも、貴族っぽいのは勘弁ね!」


 古着…お下がり。なんか兄弟っぽい…ハントはふふっと笑った。





 夜。ハントはクローゼットを漁る…ニコラが着れるような、子供時代の服なんて残っていない。

 ここは兄に相談だ。しかしロットも同様、大きいサイズしかない。


「「……………」」



 こうなったら、手は1つ。

 双子は新しい服を大量に買い。2人で叩いたり引っ張ったり、踏んだり絞ったりしてみて。ついでに目立たない所に、小さいソースの染みも付ける。

 洗濯して…ニコラの家に持って行った。



「わ、こんなに!?ありがとう!!」

「っ!!!」


 もしも新品だったり、高級品だったらニコラは拒絶したが。適度にヨレている、明らかに古着なら喜んで頂きます。

 勢いのままハントに正面から飛びつき、首に腕を回してぎゅっとハグをする。

 ハントは心臓が暴れるのを感じつつ…ニコラの腰と背中に腕を伸ばす。


「(細…怖い…けど。温かい…)」


 それに柔らかくて、いい匂いがする。

 あ、やべ。もしこの子が女の子だったら…俺、惚れてたわ。男でよかった…と安堵した。




 まあ女の子なんですが。ハントがそれを知り、混乱の極みに達するのはまだ、先のお話。

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